1話 自暴自棄な夜に
私はルキノのことが好きだ。
だから夕陽をうけた彼の金髪が、いつもよりキラキラと輝いて見えた。
「この僕が、黒髪のユイと付き合えるはずがないだろう?」
……が、これが私の一世一代の告白の結果である。
本当に大好きな人だったのだ。
眉目秀麗。文武両道。学園の王子様と称される完璧な同級生は、黒髪である私に対しても本物の王子様のようだった。……私だけ、特別なんじゃ? そう勘違いしてしまうほど、優しくて。
入学してから六年。
ずっと募らせていた想いを校舎裏で打ち明けたら、こう言われたのだ。
「勘違いさせてすまなかったね。今の世の中でユイと恋人同士になったら、僕の就職に影響出てしまうかもしれないだろう? そうしたら、ユイも困るんじゃないかな?」
……そう。彼の言うとおり、このエクアという世界で黒髪は忌み嫌われている。
閉鎖国家エクアは空も、大地も、空気も、水も、すべて科学の力で人工的に造られた世界だ。そんな世界を作ったきっかけが、野蛮で愚かで低能な黒髪を持つ人種を排他するためだったらしい。
それは実力主義の軍事学校、このエクラディア学園でも変わらない。
入学試験で平均点以上の成績を修めても、立派な国立病院で精密検査して何も問題がなかった健康診断の結果があっても。
私が黒髪の持ち主で、今、こんな惨めな思いをしている事実は変わらない。
私は俯いて、流れそうになる涙を隠すことで精一杯だった。
「わかった。ルキノのことはもう諦めるから――」
「ユイ……」
あぁ、本当になんて惨めなんだろう。
なんで悲しい思いをしているのは私のほうなのに、彼の碧眼のほうが憂いて見えるのか。
それが余計に腹立たしかったから、私は迷わなかった。
「一発殴らせろ」
「えっ?」
――パシンッ、と。
嫌みなまで美しい夕焼け空に、私のビンタ音が響き渡る。
どんなに絶望しても、必ず朝がやってくる。
それが、エクアという世界で、平等に、普遍的に設定されている事象だ。
「それでルキノくんを叩いて逃げてきちゃったの?」
「うん……私の青春おわったわ……」
どのみち始まってもなかった青春だったのだ。
今年で私たちは十年目の最高学年。もうすぐ二十歳になる。最後の学生生活に少しでも楽しい思い出を作ろうと行動した結果を、私は登校しながら親友に報告していた。
メグはとてもかわいらしい少女である。
くるくるの赤毛のツインテール。赤いぱっちりとした目。童顔で小柄な女の子に、真っ白な制服がとてもよく似合っている。
「でも、ルキノくんもそんな言い方しなくてもいいのにね!」
「それはそう……なによ『ユイも困るだろう?』って……なんで彼氏でもない男の就職先で私が困ることになるんだか……」
対して、窓に反射する私は長いまっすぐな黒髪。染めようとしてもなぜか染まらず、短くしたってどうせ虐められるのなら……と、意地でケアを続けている自慢の髪である。顔立ちは自分ではよくわからないが、スキンケアも人並み以上にがんばっている。背も高く、細身だから、メグからはよく『モデルさんみたい!』と褒められていた。
だけど、どんなに見た目に気を遣っても、黒髪は黒髪。
それだけで、すれ違う生徒たちから睨まれ、舌打ちされるのが当然の毎日。
私が足を止めそうになっていると、親友のメグが腕を絡ませてくる。そのくせメグは足を止めないから、私も歩き続けるしかない。
「そんな悲しいこと言わないでよ~。ユイにはあたしがいるでしょ? 残りの一年間、二人で楽しいこといっぱいしよ!」
ちなみに、こんなに気遣い上手なメグは年下の十五歳である。彼女は入学以降ずば抜けた成績を修め続けて、飛び級しているのだ。うちの学年ではルキノという満点製造機なバケモノがいるため学年二位の座に甘んじているものの、年齢差を鑑みたら十分すぎる秀才っぷりである。
「もう……私、メグと結婚する~!」
「それなら、タキシードが似合うように、あたしがんばらないとだあ! 身長まだ伸びるかな~?」
そんな完璧な女の子が、どうして私なんかと仲良くしてくれるのだろう。
ずっと不思議に思いつつも、私が唯一心を許せる相手。
これからも大切にしよう……そう心に決めたとき、ちょうど教室についた。
このご時世、登録されている教室につけば、自動センサーで扉が開く。
その直後、クラッカーが弾ける音に肩をすくめると、目の前には電子ホログラムがキラキラと虹色に煌めいていた。
そして、クラスメイトたちの明るい声が飛び込んでくる。
『ルキノくん♡メグちゃん、カップル成立おめでとう!!』
「えっ」
その御祝の言葉に、私は固まる。言葉の意味が理解できなかった。
「どういう……こと……?」
隣にいるメグが、気恥ずかしそうに頬を掻く。
「えーと……ユイにはなかなか言えなかったんだけど……実は、昨日そういうことになりまして……」
メグが顔の前で両手を合わせる。
「ごめんね!」
そのあざとい困り顔が、嫌みなまでにかわいくて。
そのあとの記憶が、私にはない。
気が付いたら、もう夜になっていた。
私は教室から逃げ出したのち、何時間も何時間も、ひたすら学園内の公園で噴水を眺めていたらしい。
学園の寮で暮らしている以上、私が行ける場所なんて結局はこの狭い学園の中しかない。申請の許可が下りないと、学園の外には絶対に出られないような防犯システムがついているのだ。しょせん、鳥かごの中の鳥である。
なんで、私がこんな目に遭わなきゃいけないのだろう……。
大好きだった人に告白したら、こっぴどく振られて。
黒髪ってだけで白い目で見られて。野次を飛ばされて。
親友だと思っていた子には、思いっきり裏切られた。
もう、こんなツラい思いをするのは嫌だ。涙すら出てこない。
そもそも、最後に泣いたのはいつだったかすら思い出せない。
毎日がツラくて。
淡い恋心と、やさしい友達だけが、私の心の支えだった。
それが、ぜんぶ戯言だったのだ。
死にたい。
だけど、どうしてもその直後に思ってしまうのだ。
なんでこんな世界のために、私が死ななくてはいけないの?
そのつぶやきは、ほとんど無意識だった。
「こんな世界のほうが滅んじゃえばいいのに」
「それは名案だ」
「えっ?」
なぜか聞こえる返答にまわりを見渡しても、誰もいない……と思いきや、噴水が突如不規則に大きく噴き上がる。
その中から忽然と現れたのは、まるでファンタジー小説から飛び出してきたかのような、黒い外套を着た男だった。
ぴちゃ……ぴちゃ……と粘着質な音は、彼の足音らしい。
なぜ、そんなファンタジーな服の下に、便所サンダル?
長い足は、あっというまに私のそばまでやってきては、手を差し出してくる。
黒いフードの下の目は、星のような黄金色に煌めいていた。
「失恋の腹いせに世界を破滅させてみないか?」