言葉の原価
好きだ?愛してる?傍にいたい?
馬鹿じゃないの?
頭がドーパミンで溢れかえってハイになって薬中と変わんないじゃない
言葉にすればいいと思ってるの?
物だろうが言葉だろうが量産すればするほどその原価は下がるの
どんどん値段が安くなっていくって知ってる?
そう言ったら あんたは意地になって出来るだけそんな言葉を言わないようになった
口に出そうとして 一度止まって考えて やめる
おかげでその表情から気持ちばっかが飛んでくるようになったわよ鬱陶しい
でも鬱陶しいけど嫌じゃないって言ったらあんたは笑って手を繋いだ
その所為であんたの言葉の原価は10円くらい上がったわ
「俺の好きの原価は今いくら?」ってあんたが訊いたから
「16円」とあたしは答えた
あんたが少し苦笑いで「ならそっちの原価はいくら?」って訊くから
「都心部の庭付き一戸建て2戸分」と答えてやった
そしたら もうちょっと下げてくれよって あんたは大笑いして
結局その日の最後に あたしの言葉の原価は ほんの少しだけ下がったんだ
会えない日が続いた
ボタンを押せない電話口であたしの中で溢れる言葉がインフレを起こした
あんたからの電話が来ない限り 言葉のインフレは止まらない
結局あんたは電話もメールもなし
それなのに授業が終わって出てみれば 教室の外で待っていやがった
何やってんだと鞄で叩いたら 走ってきた とあんたは笑う
誰もそんなことは聞いてない
だけど単純にもあたしの中のインフレは止まった
代わりにあいつの言葉の価値が ますます下落したのだけれど
あんたと一緒にいる間 ずっとこの差異は解消されないんだろうなって思ってた
あんたと言葉を交わすたびにその距離は縮まったり遠ざかったりして
延々とそんなやり取りをするんだって思ってた
なのに 突然
あたしたちの差異は逆転して
あたしは一生 その差異を縮めることができなくなった
あれだけ煩かったあんたは 本当に何一つ言わなくなって
あれだけ大量生産してた筈なのに 今じゃ口どころか瞼さえ開けてくれない
喋るたびに 無駄によく動いてたその腕と手は
白くて 固くて 冷たくて 本当にスイッチが切れた機械みたいだった
ねぇ あたしの言葉を聞いてよ
動かないあんたに叫び続けて あれだけ高かったあたしの言葉は行き場をなくして
もう銭単位まで 下がってしまったじゃない
好き 愛してる 傍にいて
叫べば叫ぶほど あんたの言葉の価値ばかりが上がり続けて
どんどんどんどんあたしを置いて 遠ざかっていく
この距離は一生縮まることのない 二人の永久差異
どうしようもないくらい 遠くて遠くて
泣いてもその距離は縮まらなくて 叫べば叫ぶほど距離は遠ざかって
何を言っても 答えをくれないあんたの所為で
あたしのデフレは きっと一生 止まらない
需要者のみつからない供給なんて 虚しすぎると分かっているけれど
fin.