死んだ彼女が看病しくれているんだ
山井という友人から連絡があった。風邪を引いて動けないので何か食べ物を買って来て欲しいのだそうだ。
別にそれくらいなら構わないと思ったのだのけど、ちょっと不可解だった。僕と彼はそこまで仲良くはない。友人と言っても、少し縁がある程度の間柄だ。彼にならもっと仲の良い友人がいくらでもいるはずなのに。
しかし、彼のアパートの部屋に入ってその理由が分かった。
女性が、いたからだ。
黒い靄の影のような姿をしていたけれど、女性だと分かった。
「悪いな」
と、山井が言った。
「いや、構わないよ。無難にレトルトのおかゆを買って来たけど、良かったかい?」
「ああ、助かるよ」
それから僕は台所を借りてレトルトのおかゆを温めた。“彼女”が近寄って来て、そんな僕を眺めている。警戒しているのかもしれない。「別に何もしないよ」と僕は小声で“彼女”に言った。“彼女”は何も反応をしなかった。僕に危害を加える気はないようだ。
適当な皿におかゆを入れて持って行ってやると山井はお礼を言って食べ始めた。風邪でかなり弱っているはずなのに、彼は妙に仕合せそうに思えた。
おかゆを食べながら彼は言う。
「お前さ、“見える”って言っていただろう?」
――来たか。と、僕は思う。
実は僕には幽霊の類が見えるのだ。あまり信じてはもらえないから滅多に人には言わないのだけど、彼には話した事がある。
「……この部屋に、彼女はいるか?」
だから彼は僕を呼んだのだ。実は少し前、彼は恋人を亡くしている。
「ああ、」とそれに僕は答えた。それから僕はどう続けようかと迷った。僕にはお祓いの類はできない。ただ“見える”だけなんだ。ところがそうして迷っていると、彼はこんな事を言って来るのだった。
「実はさ、彼女が夢の中に出てくるんだよ。近くにいるだけなんだけどさ。看病してくれているんだよ」
僕はそれを聞いて固まった。
……看病?
“彼女”を見てみた。黒い靄の姿で揺れているのが分かった。
彼は続けた。
「そうか。やっぱりこの部屋に来てくれているのか」
穏やかに微笑む。
仕合せそうだった。
それから彼はおかゆを食べ終えた。僕は皿を台所に持っていき、ついでに溜まっている洗い物を片付ける。戻ると、彼はいつの間にか眠ってしまったようだった。
黒い靄の“彼女”は、まだ部屋にいる。
僕は軽く溜息をつくと小声で話しかけた。
「こいつは本心から君を信じているみたいだよ。それでもまだ憑き殺すつもりでいるのかい?」
なんとなく分かった。恐らくは、山井が風邪になっているのは“彼女”の所為なんだ。寂しいから迎えに来たのか何なのか、彼を道連れにしようとしている。
黒い靄は迷うように少し揺れた。そして、それから少しだけ彼の額に手をやると、そのまま外に出て行った。彼の苦しそうな表情が和らいだのが分かった。
僕はそのまま部屋を出た。
後日、山井からスマートフォンにメッセージが届いた。風邪がすっかり良くなったのだそうだ。彼女が看病をしてくれたからだと、そこには綴られてあった。嬉しそうな彼の顔が目に浮かんだ。