学校一の美少女から「私、あなたの、未来のお嫁さんなの!」と言われたので、とりあえず信じてみることにした
誤字報告ありがとうございます。
僕の名前は三原陽一。
特に珍しくもない普通の姓に、一般的な普通の名。
普通に幼少期を過し、普通に義務教育を終え、普通の高校に普通に入学した。
普通に友達もいて、クラス内でのカーストも普通くらいで、普通に2年生になったばかりだ。
これといった特技もなく、かといって欠点もない。
あらゆることを人並程度にはできるが、逆にいえば人並程度にしかできない。
僕は典型的な、男子高校生Aなのである。
これまでに良い出来事も、悪い出来事もない、起伏のすくない人生を送ってきたし、今後も同じような人生を歩むんだろうなと考えていた。
それなのに……
今現在。
そんな、特になんの特徴だってない僕の目の前には、学校一の美少女、小日向絵里奈さんが、もじもじとした姿で立っていた。頬を赤らめ、ちらちらと僕の表情を伺っている。
いかにも、いまから告白します、という(今まで他人から好意を寄せられた経験がない僕でも分かるほど)あからさまな雰囲気に、僕は棒立ちになっていた。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能、という、この世のすべてを手に入れたかのような、そんな海賊王じみた彼女が、なぜ僕にこんな態度をとっているのか。
本来関わり合うはずのない者同士がどうして、放課後の屋上に二人きりでいるのか。話は今朝までさかのぼる―――――――――
午前八時。
僕はいつもどうり平均的な時刻に学校へと向かった。
もうすっかり見慣れた通学路を今日も歩いていた。途中、自転車通学の友達から『おはよう』とすれ違いざま声を掛けられたので、それに応えた。
眠たい目をこすりながら、自分のペースで歩いていった。
学校には十分ほどで到着し、正門から入って自分の下駄箱の扉を開けた。
ここまではいつも通りだったのだ。
ぽろっと、下駄箱から何かが落ちた。
「ん?」
あいにく、今日はバレンタインではない。
もちろんバレンタインデーだからといって僕の下駄箱に何かが入っているなんてことはないのだが、しかし、バレンタインデーでもないのに、僕の下駄箱に物が入っているというのはおかしい。
拾って確認すると、それは手紙だった。
挑戦状? いやいやあり得ない。
ラブレター? もっとあり得ない。
僕への悪口? ……少しあり得る。
嫌だなぁと思いつつ、僕は恐る恐る中身を確認した。
『放課後、屋上にて待つ』 と、その一文。
中央にデカデカと書かれている。
うん。果たし状だ。
え? 何で僕に?
しかもめちゃくちゃ達筆だし、墨で書かれてあるし。
怖いんですけど……
もちろん、こんな手紙を送ってくる奴に心当たりなどない。
入れ間違えたのか?
そう思ったけれど、手紙の右端にはご丁寧に小さく『三原様』と書かれていた。
終わった……
きっと気付かない所で誰かの怒りを買っていたのだろう。
はぁ、と大きなため息が口から溢れる。
こうなったら……やるしかない!
腹をくくった。
僕は土下座もいとわないのである。
そんなこんなで朝から憂鬱な気持ちを抱えていた。
当然集中できるはずがなく、授業中はずっと窓の外を見ていた。
おかげで先生の話すら、耳に入ってこなかった。
不安とさまざまな考えが頭をよぎる。
僕、殴られるのかなあ。
集団でリンチにされるとか。 今時そんなことがあるか? まぁ、ないとは言いきれない。
少しでも戦うすべを学んでおいた方かいいのかもしれない。
よし。
僕はこっそりとポケットからスマートフォンを取り出し、ライン漫画を開いた。
読むのはもちろん『独学喧嘩』
これでバッチリだ!!
ヤンキーども、かかってこいよ、オラオラ!!
そして、放課後、重い足をなんとか動かしながら、屋上まで赴くと、そこには才色兼備、学校のマドンナこと、小日向絵里奈がいたのである。
ゴリゴリの、筋骨隆々なヤンキーを想像していた僕は肩透かしを食らってしまった――――――
と、こんな感じで時は現在に戻る。
「あ、あの…………その…………」
照れている彼女が何かを言い出そうとしている。
当然僕は彼女と話したことも無ければ、共通の関係もない。
とても告白してきそうな雰囲気だが、彼女には僕に告白する理由なんてないはずだ。
これはあれか?
罰ゲームか何かで無理やり告白させられている、みたいな感じか?
その可能性が一番信憑性が高い。
そういう場合、どう対処するのが正解なんだ?
一旦保留にさせてもらうとか?
『考えさせて』とか言ってこの場を乗り切り、結局返事を曖昧にしてそのまま自然消滅。
なかった事にする、というのが一番無難な方法だろう。
とそんな事を考えていたのだが、実際には、僕の想像の域を遥かに超えた、とんでもないことを言われたのである。
「私、あなたの、未来のお嫁さんなの!!!」
「は?」
僕は、さながら猫ミームのあいつみたいに首をかしげた。
―――――――――――――
「っとつまり、小日向さんは記憶だけ十年後からタイムリープしたってこと?」
「うん。そうなんだ……」
話をまとめると、彼女の体は高校生、しかし、記憶だけが26歳という状態らしい。
今、目の前の、16歳現役女子高生、小日向絵里奈の体には、26歳になった小日向さんが入っている。
タイムリープ。
記憶だけが過去に行く。
そんなことが起こりえるのか?
だが、彼女が言うなら本当なのかもしれない。
小日向さんがそんな嘘をつくような電波野郎ではないことくらい僕でも知っている。
「それはいつから?」
「一ヶ月くらい前から。朝起きたら実家にいて、ビックリして、鏡を見たら高校生に戻ってたの」
なんてこった。
起伏のない人生だと思っていたのに、まさか、こんなハプニングがあるとは。
「信じてくれるの?」
「うん、まぁ、一応はね。何だか小日向さんが嘘ついてる感じがしないんだよね」
「ふふっ。そういうとこ、変わらないなぁ〜」
なんて、まるで僕を知っているかのように話している。
僕からしてみれば、ほぼ初対面なのだけれど。
「じゃあ本当に未来から来たのか、試してみてもいい?」
「おっけ〜。何でも聞いて!」
直近で分かりやすい話題。なんかあるか?
言ってみたは良いものの、未来から来た人に聞きたいことなんて、すぐには思いつかない。
考えておけばよかったなあ、と少し後悔する。仕方ないじゃないか。こんな事態想定外だ。
しばらく悩んでいると、スピーカーから熱いスピーチが聞こえてきた。
そうだ、と閃いたかのように口を開く。
「えっと、じゃあ、今やってる市長選で当選するのは誰?」
「うーーんと……」
小日向さんは少し考える素振りを見せて、それから
「禁則事項です♡」
と可愛く告げた。
おお! なんだか本物の未来人っぽい。
または、単に忘れているだけなのか……
まぁ、いい。
別に最初から、彼女を疑おうなんてこれっぽっちも思っていない。
「十年前も僕と小日向さんはこうして出会ったの?」
そう聞くと小日向さんは、ううん、と首を横に振った。
「違うよ。高校時代、私達にはなんの接点もなかったの。同じクラスだったのに、話したことすらなかったかな。それから、私と陽君が出会ったのは高校を卒業して7年後、くらいの時たったかな」
陽君?
未来の僕はそう呼ばれていたのか。
って突っ込むところはそこじゃない。
「え? てことは、今この瞬間から、君の知ってる未来が変わってしまう可能性があるんじゃないの?」
よくSF映画で見るような話だ。
過去と同じ事を繰り返さないと、未来がまったく違う世界になってしまうという。
「うん。だから、1ヶ月間迷ってたの。色々と考えたんだ……」
今ここで僕に話かけては駄目だったのでは?
未来が大きく変わってしまうかもしれない。
「でもね……」
と、小日向さんは何か言いたそうに、モジモジしながら、そして、意を決したように力強く、僕に言った。
「……じ、じ、じ、自分の旦那さんと、一緒に青春を送ってみたかったのっ!!!!」
そうカミングアウトした。
「……な!?」
思わず照れてしまう。
旦那さんって僕のことだよな?
「付き合ってからずーーーーっと後悔してたの! 高校時代も一緒に過ごしたかったなぁーって!! 制服デートとか、放課後一緒に寄り道したりとか!!」
「えうっ!?」
顔をリンゴのように、真っ赤に染めた小日向さん。
僕は心臓が飛び出しそうになるのを抑え、全力で照れを隠した。
いや、正直恥ずかしくて目が泳いでいた。
十年後の僕!
一体どうやってこんな美少女とラブラブな関係になったんだ?
どうやって結婚までもっていったんだ……
詐欺か? 詐欺でも働いたのか?
「そう簡単に未来なんて変わらないわ。そう結論付けたの」
なんとも勝手な……
「未来に戻りたいとかは思わないの?」
「少し思うよ。新婚生活も楽しかったし///」
『うへへっ』と頬を緩ませ、みっともなくニヤケている。
しかし、学校一の美女だ。そんな姿も絵になっている。
か、可愛すぎる……
ダメだ。落ち着け。
素数だ。素数を数えて落ち着くんだ……
2、3、5、7、11、13、17、19……
61まで数えきって、やっと乱れていた精神を安定させる事に成功する。
長すぎるって?
それは今後の成長次第。
「でも、どうやって戻れるのか、何も分からないし、手ががりもないの」
「タイムリープしたきっかけとかは?」
「それも分かんない。だから、もう、未来に帰るのは半分諦めてる。これはきっと神様が私にくれたプレゼントなんだーって。もう一度、青春時代に戻ってもいいよーって。私、ものごとをポジティブに捉えるの好きなんだ」
その素敵な考え方に心を惹かれていた。
ああ。
彼女はとっても前向きなんだ。
僕には眩しいくらいに。
「だから、今を全力で楽しもうと思うの!」
果たして、もし自分が彼女と同じ境遇に陥ったのなら、こんなに肯定的に今の状況を受け入れられる事はできるのだろうか。
分からない。
けれど、やっぱり僕には―――――――
「私達、付き合うってことで良いよね」
「い、いや、それはなんというか…………まだ頭の整理ができていないというか……」
「え〜〜〜」
ちょっと考えさせてくれ。
「じゃ、今日は一緒に帰ろっ!」
「ちょっ、急すぎない?」
「いいからいいから」
無理やり腕を捕まれ、屋上から連行されるように連れ出された。
放課後。
しかもこの時間帯は下校のピークだ。
多くの学生が、門の前で集まっていたり、玄関で友達と楽しくおしゃべりしていた。
そんな中を僕たちは二人で歩いていく。
注目されるのは当然だ。
ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。
『おい!あれ見ろよ』
『小日向さん!? で隣の奴誰?』
『B組の、確か……三原君? だっけ?』
『まさかあの二人付き合ってるの!?』
『いやいや、それはないでしょ』
『三原って悪い奴ではないんだけど……なんというか……小日向さんには釣り合わないというか……』
『まさかのカップル?』
皆さん言いたい放題だ。
そんな声をもろともせず、小日向さんは僕の腕をグイグイと引っ張ってくる。
「ちょっと、小日向さん! そんな事してたら、みんなから勘違いされちゃうよ」
「そうね。あまり勘違いされるのは気持ちの良い事ではないわね。バカバカしい。私達がカップルみたいだなんて」
「そ、そうだよね。僕たちはただのクラスメイ―――――――」
「夫婦だもの!!」
その言葉に周りから、大声が上がる。
「「「「「えーーー!?」」」」」
こ、小日向さん!?
さらに、勘違いされるような事言わないで下さいよーーー!
『まさか妊娠させた……とか……?』
『最っ底!』
『クズ野郎だ』
『三原……お前……』
ちょっと、ちょっと!
さらに収集できない事態になってるんですけどーーー!
「走ろう!」
「え!?」
そう言って今度は僕が小日向さんの手を取り、この場から逃げるように校門の外まで全速力で駆け出した。
小日向さんの手は僕よりもほんのりと温かかったけれど、それを意識している時間はなかった。
その間、さらに注目を集めるもすべて無視だ。
学校の敷地内から抜け出し、周りに同じ学校の生徒がいないところまで来て、止まった。
「はぁ、はぁ……」
ん? 小日向さんの顔が火照っている。
急に走り出したので、疲れさせてしまったか。
「せっかくなんだし、どこか寄り道してかない?」
どうやら彼女はまだ元気なようだ。
「いいけど……どこか行きたいところでもあるの?」
「うん!」
小日向さんは、未来ではもうなくなっているお気に入りだったカフェに行きたいらしかった。
「うわ、懐かしー」
僕にとってはなんてことない道を、小日向さんは目をキョロキョロさせながら歩いていた。
「こうやって見ると、この町も随分変わっていたんだね」
今の町と10年後の町を比べているらしかった。
「何が変わっていくの?」
「まず、あそこの本屋さん、2年後にはなくなるよ」
「え……」
まじか。結構行きつけだったのに。
「あっちのお弁当屋さんも、後継ぎがいなくてなくなっちゃう」
僕は行ったことはないけれど、昔からあるお弁当屋だ。
歴史あるお店もなくなっていくのか。
別にそんなことでいちいちセンチメンタルな気持ちになったりはしないけれど、
「少し悲しくなるね」
彼女も同じ気持ちだった。
そんな会話を交わしているうちに目的のカフェにはすぐに到着した。
レトロで、とても雰囲気の良いお店だ。
扉を開けると、穏やかなクラシック音楽が聞こえてきた。
あまり音楽には詳しくないので曲名までは分からない。
小日向さんは窓際の席を選んだ。
メニューを手に取ると僕にも見えるようにしてそれを開いた。
「私はこれ」
すばやく指をさした先は、シナモン風味のホットカプチーノだった。
僕は一通りメニューに目を通したあと、普通の紅茶を選んだ。
コーヒーが飲めないので、選択肢が狭かった。
しばらくして、注文したものが運ばれてきた。
「美味し~。やっぱり過去に戻ってきたからには、一度は来てみたかったんだ」
満足そうな小日向さんに、気になっていたことを伝える。
「僕たちって、未来ではどっちから告白して付き合い始めたの?」
「私からだよ」
え? そうなの? てっきり僕からかと思っていた。
「あれは満月の夜、私が―――――――」
「あ、もういいよ」
「え! なんでーー」
長くなりそうなのでやめておいた。
それにしても、小日向さんの方から告白。
未来の僕は小日向さんに惚れられたのか。
小日向さんに釣り合うくらいの、立派な人になっているのだろうか。
僕たちはそれから30分ほど時間を潰し、店内から出た。
空は、オレンジと、ほんの少しの群青で染まっていた。
「ひゃっっ!」
彼女が不意に階段から足を滑らせる。
「おっと」
前にいた僕はハグをするように、彼女を受け止めた。
「あ、ありがと……」
「う、うん……」
「じゃ、じゃあ今日はこの辺でね……また明日ねっ!」
「あ……」
それだけ伝えると小日向さんは明後日の方向へと走って行ってしまった。
『いて!』と電柱にぶつかり、頭を抱えている。
大丈夫かなぁ……
家に帰ると真っ先に自分の部屋に向かった。
電気もつけずに、ベットの上に寝っ転がる。
仰向けになりながら、今日の出来事を振り返った。
僕の結婚相手が、小日向さんかぁ。
信じるとは言ったものの、まだ実感がわかない。
急すぎるよ、ほんと、何もかも。
今まで小日向さんとは住む世界が違うのだと思っていた。
高嶺の花として憧れてはいても特別な感情をいだいていたわけではない。
近づきたいとは思っていなかった。いや、近づけるとすら思っていなかった。
遠くから眺めて、憧れて、綺麗だなぁ、と思う。
そういう意味では、テレビで見る芸能人の感覚に近い。
薄暗く、殺風景なこの部屋が、僕の思考をさらに深める。
そして、思う。
彼女が愛しているのは僕なんかじゃない。
彼女が本当に愛しているのはきっと――――
明日、それを伝えよう。
―――――――――――――
翌日、僕は朝から皆の視線を集めながら登校してきた。
理由は明白。
昨日のことだろう。
僕は目線を下げて、地面のアスファルトだけを見つめながら肩身が狭い思いで学校へと向かった。
案の定、学校中が僕達の話題で持ちきりだった。
彼らはつまり、学校一の美少女がどうして、クラス随一で普通な僕と、昨日はあんなふうに下校していたのかという謎を解き明かしたいらしかった。
色んな説が耳に聞こえてくる。
『実はいとこ説』
『親同士が再婚した説』
『普通に付き合ってる説』
『三原が催眠術の使い手で―――――』
って最後のは何なんだよ!
「おはよーう」
とそこで僕に直接声をかけてくる者がいた。
「お前、結構噂されてんなー」
「ああ……」
とぶっきらぼうに答える。
彼は僕の友人の森西俊二。
高1からの付き合いで、毎朝の、僕の話し相手だ。
「で、どの説が本当なわけ? 俺的にはお前が『催眠術の使い手』ってのが一番有力なんだけどね」
「それだけはないから安心してくれ」
一年以上の付き合いになる友達が『催眠術』説を最有力視していることに呆れ、頬杖をついた。
そんな物が使えたのなら、僕は今頃、新世界の神にでも君臨しているさ。
「じゃあ何が正しんだよ」
「少なくとも、聞こえてくる中に正解はないよ」
当たるはずがない。
誰が『小日向さんが未来人で、僕の将来のお嫁さん』説を提唱するんだ。
仮に誰かが言ったとして、それを信じる奴はいないだろう。
ガリレオが地動説を唱えた時のように。
僕は溜め息を吐きながら、鞄から水筒を取り出し、水をガブガブと飲み込んだ。
ちょうどその時、前方の扉から小日向さんが教室に入ってくるのが見えた。
彼女は真っ先に僕を見つけ、こちらに駆け寄ろうとしたところ、しかし、他の女子達に捕まった。
「ねぇねぇ、絵里奈。三原君とはどういう関係なの?」
と、遠慮のない女子が小日向さんに大声で直接質問した。
そして、また余計なことに、彼女が、余計に余計なことを言った。
「結婚してるよ」
「ぐぉぼっ!」
口に含んでいた水を吹き出した。
「ちょっと来て!」
僕は小日向さんを教室から連れ出した。
―――――――――
朝礼が始まるまでには、まだ時間がある。
僕たちは体育館裏まで来ていた。
ここなら誰もいないだろう。
「さっきはその……口が滑っちゃって……」
「とにかく、これからはそういう発言は禁止」
「はい……」
僕に怒られてしょんぼりしている小日向さんも可愛い。
ってそうじゃない。
今日は真剣な話をしなくちゃいけないんだ。
昨日帰ってからずっと考えていた。
「君に、話さなければいけないことがあるんだ」
その一言で彼女は重苦しい空気を読み取ったのか、真面目な表情になる。
「何でも話して」
少しの沈黙の間、僕は慎重に言葉を選んでいた。
どう切り出すべきだろうか。
結局、昨日内容がまとまらなかった。
もう、いい。
胸の内を全て、さらけ出そう。
「小日向さんの気持ちには答えられない」
はっきりと、そう言った。
「え? それはどういう―――」
「君が好きなのは十年後の僕なんだ………」
そう。
今の僕なんかじゃ、ない。
十年後。
きっと今よりも少しばかり背が伸びていて、顔も大人っぽくなっている。
今よりも知識が増えていて、いろんなことができるようになっている。
たくさんの失敗もして、そこから学んで、それでも失敗して、そのたびに立ち上がって。
会社に勤めて、お給料を貰って、独り立ちして。
ちょっぴり苦いコーヒーだって、平気な顔で飲むことができて。
十年という月日は、僕たち高校生からしたら、長すぎる時間で。
人が変わるのに十分な年月だ。
彼女の気持ちに答えられるはずがない。
「きっと小日向さんは僕に幻想を抱いているんだ。十年後の僕と、今の僕は、ほぼ別人なんだよ……」
彼女は勘違いをしている。
それがずっと僕の心に引っ掛かっていた。
彼女が愛しているのは、素敵なプロポーズができる10年後の僕なんだ。
その勘違いに気づいたら、彼女はもう僕の事なんて見向きもしなくなるだろう。
もちろん、この事を伝えないこともできた。
そうしたら、彼女は誤解をしたまま、僕に好意を寄せてくるのだろう。
でも、僕は彼女に対してそんな不誠実さを持ちたくはなかった。
純粋な彼女に、僕もまた、純粋でいたかった。
「だから、君の期待には――――――」
「(全然、変わってないなぁ)」
彼女はくねくねと身をよじり、しみじみ思い出すように少し微笑んだ。
「え?」
「やっぱり、陽君の良いところは昔から変わってなかったんだね。私に対して純粋でいてくれる所、凄い好きだよ!」
言葉が、出てこない。
てっきり、もう幻滅されるものかと思っていたのに。
「でも、私もごめんね。今の陽君の気持ちを、尊重できてなかった」
「……」
「なんか、変な言い方だけど、私の気持ちは10年戻っても変わらない。これは、今、確信できた。だから――――――」
僕を正面から見つめて。
「今度は陽君から告白してねっ。そしたら、あらためて付き合おっか!」
底抜けに明るい彼女の笑顔に、僕はやっと自分の間違いに気づいた。
勘違いしていたのは僕の方だった。
馬鹿な誤解をしていたのは僕だった。
彼女は、今の僕も、見てくれていたんだ。
「ああ!」
これで。
やっと僕達はスタート地点に立てたんだ。
僕たちはここから始まっていくんだ。
予鈴を知らせるチャイムがなった。
「あ! 行こっか!」
僕達は呼吸を合わせて、良いスタートダッシュを決め込んだ。
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