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神の左手 悪魔の右手  作者: 山櫻 茉莉華
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はじまり 続

全身が現れるまで一分程度だった様に思うが、

実際には時間が止まっていたのだから数秒すらも経っているはずはなかった。


気が付くと俺は「それ」の両手を握りしめたまま、地面に尻餅をついていた。


目の前には。

真っ黒なタキシードに身を包み、

まるで執事の様な恰好の背の高い男が俺に手を握られたままの姿勢で、

薄っすら微笑むような表情をしながら腰を屈めて立っていた。


そしてこう言った。


「そろそろこの握っている手を離してはもらえないか。」


そう言われて俺は、慌てて握っていた手を離した。


目の前の男が発したその声は、さっきまで地面の下から聞こえていた

イケボのそれだった。

ただ俺はあのようなやり取りの中で暢気に、

『イケボは外見もきっとイケメンなんだろうなぁ。

 でもって強面で筋肉隆々タイプかなぁ。』などど勝手に思っていたので、

目の前に現れたのが背が高く足の長い細身の男だった為、

ちょっと面食らってしまったのだった。


そしてもう一度、目の前に立って俺を見下ろしている男を見上げた。


男を引っ張り上げるのに確かに力はいらなかった。

地面から生えている手首から上の両手を自分の両手でぎゅっと握る程度で、

あとは勝手に上がってきた。

と言うより、下から何かの力で押し上げられた様な感覚だった。

最初に説明していなかったが、

生えている両手は小さな噴水の様に手首の部分で合わさっており、

よって俺は自分の手首をクロスすることなくその両手を握ることが出来た。


目の前の男が口を開いた。


「かたじけない。お前のお陰だ。」


そう言って左手を差し出した。

その手を俺も左手で握り返すとグイッと引き上げて立たせてくれた。


「いえ、こちらこそ。

 それより、どうして俺が左利きってわかったんですか?」


…ったくどうでもいいことばかり口から出てくる。

他にもっと訊かなくちゃならない事があるだろうが、俺。


「お前の事はもうなんでもわかる。」


「こ、怖い事言わないでください…!」


その男は、どぎまぎしている俺に一瞥をくれると、

抑揚のない声で淡々と話し始めた。


「出身は北海道の最北端である稚内。

 父親の転勤の為、本当は来たくなかった東京へ引っ越してきた。

 実は一日でも早く本州を出たいといつも考えている。

 

 都心学園高校2年4組、出席番号1番、秋鹿(あいか) (あゆみ)

 男子故に「あゆむ」と呼ばれがちだが、

 実は女の子が生まれると思っていた両親が三日三晩考え抜いた名前の為、

 生まれてから男の子だとわかっても命名は変えようとはしなかった。

 

 勉強はあまり好きではないが何故だか程良く出来るので、

 たいして勉強しなくとも毎回のテストでは、

 最低でも70点台をキープし続けている。

 そして芸術面には特に秀でており、努力せずに音楽と美術は優秀。

 

 ああ、それから。

 同じクラスの窓から2列目、前から5番目の席に座っている、

 道桜(どうおう)…。」


 「わああああああああ!

  もういい、もういい!もうわかった!

  わかったからやめてくれーーーー!」


俺がそう叫ぶと同時に今までとまっていた時間が再び動き出し、

急に辺りがザワザワと賑やかになった。


しかし、

相変わらず周りの人達には『彼』(本人がどう言おうと俺には

人間の姿をした成人男性にしか見えないので、正体や名前がわかるまで

『彼』と呼ぶことにする。)は見えないらしく、

道の端には寄ってはいるものの一人で呆けて立ち尽くしながら、

何やら独り言をぶつぶつと言っている俺を往来の人達は、

思いっきり怪訝な顔をしながら邪魔そうに避けて歩いていく。


「相変わらず僕以外には見えていないんですね。」


「ふん。本当は見えている。」


「え?」


「自分の意志で見ようとしていないだけだ。

 そこいらに生えている雑草や転がっている石ころと同じで、

 意識して見ようとしなければ人間という生き物は何も見えない。

 心情であったり、そのものの本来の姿だったりな。

 

 神や悪魔だって、本当はいつも人間のすぐ傍にいる。

 なのに人間は、幽霊や悪霊といった類には興味を示し怖れ慄き、

 お祓いだの除霊だのと騒ぎ立てる。

 己も死んでしまえば、

 人の眼には容易には見えぬ肉体のない魂だけになると言うのに。」


「…。」

俺は絶句した。


こんな当たり前の事を改めて言われて俺の思考はたちまちフリーズした。


『人は死んだら人の眼には見えないものになる。』


『彼』のその一言で。

たった一瞬で俺はすっかり不安と恐怖に支配されてしまっていた。

いやそんなこと、当たり前過ぎて意識なんてしたことなかった。


毎日なんて、人生なんて、普通に1日が過ぎて行けばそれで良かった。

いや、良いと思ってた。

ただただ、それだけの繰り返しだと思っていた。


生きていればもちろん嫌な事だって沢山あって、

でもそれを忘れるくらいのちっぽけだけれど嬉しい事があって…


俺は。


当然の様にこの世に生まれてこられて、

時には喧嘩もするけど両親や兄弟がいて、そして友達がいて好きな人とかがいて、

その中で楽しい事や辛い事、頑張る事や怠ける事やそういった色々な事があって。

そしていつか誰かと結婚して子供が出来て親になって、

平凡にそうやって年を経って死んでいくんだろうって思っていた。



小さい頃、誰かが言った。


「平凡に生きる事が一番難しい。」


本当に幼かった俺はどういう意味でその人がそう言ったのかわからなかったから、

「この世で一番難しいとされている平凡という生き方で生きる!」

と、5歳の誕生日に両親に言ったら、


「平凡を目指したら平凡にしかなれないぞ。

 そんな人生つまんないからやめなさい。」と言われたので、

俺は余計に平凡という言葉に魅力を感じたのを覚えている。


俺は昔から自他共に認めるちょっと変わっている子供だった。


だから俺はそうやって一生を終えて行くものだと、

それしか考えていなかった。


そしてそんな思考の中でふと、ある出来事が頭をよぎった。

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