テンプレートな夢
近未来のとある国で、ある噂が広がった。事の起こり始めは、多くの人間が同じ夢をみたという噂がたった。次第にその夢の内容が明瞭になっていき、噂がさらに拡散した。その夢は奇妙な内容で、かつその夢を見た人は、ある事に関してある同じ感情を抱くといわれた。昨今流行の話題となりつつあった、動物を改造して人間と同じ姿形のサイボーグにするとい事に対して、何やらもの悲しくて仕方がなくなるのだという。夢の内容はこうだ。
ペットたちが体を改造され、人間の形のサイボーグになり桜の木の下に並べられている。改造された彼らが、地面を走る他の生物、昆虫や鳥やらをみつけて、つかまえて、ぐしゃぐしゃに解体する。踏みつぶすために改造されたペットたちに手や足が増えて、怪物のようになっていく。こんな奇妙な夢を多くの人が実際に目にしたのだと、ある時から、都市伝説的にそんな夢の内容がかたられ始めた。
実際こうした夢を一時期、その国の多くの人々がみたことは確かだった。というのも後に実際に大規模な調査が行われたからだった。それをみた人に共通するものもあった、彼らがメタバースに意識をつなげたまま入眠していたことだった。そうしたサービスが近頃流行しているのだ、しかし、犯罪らしき痕跡やハッキングらしき痕跡はみつからずにいた。
この夢はある程度現実の問題に連動していた。この時代、アンドロイドが普及していて人間のサイボーグ化や動植物のサイボーグ化の実験すら始まっていたからだ。しかし、夢は夢でしかなく、害もなかった。この夢に対し本格的に調査が始まったのは、この夢が現実に影響を及ぼしたその時からだった。その頃その国で法律が通ろうとしていたペットのサイボーグ化を認めるための法案が、少ななからずこの夢のうわさの影響によって、もともと賛成が多かったにもかかわらず頓挫しようとしていたからだ。そもそもこの法案は、ペットの合意なしにサイボーグ化をすることを許さず、その代わりに、その時代に許されたいくつの方法で合意が確認された場合、サイボーグ化し、その頃普及していたアンドロイドと同様の知性を持つことを許す法案だった。しかし同時期に流行したこの夢が、ペットの本当の気持ちなのではないかとか、ペットに人間の知能を持たせると危ういのではと言い始める人もあらわれ、少数派だった反対派が一気に多数派に転じた。
この夢によって、一度この法案の進展はストップし、この奇妙な夢に関して警察が、たまたま同時期に捜査しはじめた。というのも元々警察には心当たりがあったのだ。その頃、メタバースの技術は発展しメタバースヘッドセットは“良い夢を見るための装置”としても機能していた。というのも様々なメタバース空間で、入眠中の顧客に、眠る間良い夢を見せるために眠りを妨げない程度の情報を脳に送り込む。すると、人々はいい夢が見られるらしく、このためのメタバースサービスが巷に流行していたし、そもそもかつてこれに対するハッキングが行われた事があったのだ。
“今回もそのたぐいでは?”
そう疑いが立ち、警察はかつて夢をハッキングした過去を持つ犯罪者をすべて洗い出した。その中に“彼”はいた。彼は、天才的サイボーグだったが、その“正体”を決して明らかにせず、名前だけがしられていた。ここではAとしよう。そのAも今回調査の手が向けられたが、その調査の途中で彼とはほとんど接触がとれなかった。後々わかることだが、彼はその頃すでに死んでいたのだった。あらゆる調査の結果彼は死の直前にハッカー仲間に、今回の夢に酷似した物語を、サービスをハッキングする事によって睡眠中の人々に見せる計画を打ち明けていた事が明らかになり、やがて、彼の死体とともに彼の最後の隠れ家も、粘り強い調査で明らかになった。だが“夢”の問題は解決しなかった。
というのも人々が件の夢を見始めた頃にはすでに彼は、病気によって他界していたらしいのだ。では計画は?誰がハッキングをしたのか?それは、たしかに彼がコンピューターに彼の計画を実行する準備をすべてプログラムにしていたことまでは分かったが、それは実行されていなかった。それに大量の“同じ夢”をみた人々のメタバース用ヘッドセットをしらべたが、ハッキングの痕跡もなかった。では、ハッキングが行われず、ハッキングによってもたらされるはずだった事と同じような現象がたまたまおきたのか?結論からいうと警察はそう結論づけざるをえなかった。
もちろんこの話は、公にならなかった。実際、亡霊がコンピューターをハッキングするという仮説もさながら、きっと人間はこのことに興味を持たなかっただろう。なぜなら誰だもが、“ペット・愛玩動物”としてのサイボーグは愛せるが、もともと人間に嫌われていた生物がサイボーグ化することなど興味もないし、彼らに権利を認めようともしなかっただろうから。
というのも、この病気で亡くなったAのサイボーグのもとになった生物が彼の解剖によって明らかになったが、彼はゴキブリだった。彼の残した記録によると、彼は違法に自分を改造した。もともとこの計画の目的は、動植物のサイボーグ化の中で行われるであろう差別を世に訴えるためだったとされる。彼は、計画のノートの中に、本心を語っていたとされる。自分は害虫であるためットや人間同等の権利も与えられなかったしこれからも、与えられることはないだろうと思えたために今回の件を計画し、ペットという、動植物の中では人間に優遇された存在のサイボーグ化が取りざたされる中で、彼らに嫉妬したためハッキングの準備を整えていたのだということらしかった。そう考えると、件の夢はどんなに悲しい夢なのだろうと、警察関係者は語った。