6. 名前
歩く度にパシャパシャと洞窟内に水の音が響く。
見えている道の先から明るい光が差し込んでいた。どうやら、洞窟の入り口に着いたようだ。洞窟にしては随分と短い長さだったように感じる。
「この洞窟から出れば、何か分かるかもしれない」
早足で歩き始める。自分の事について少しでも知りたい……その一心で前へと進む。
「何でもいい。何か分かれば」
更に入り口へと近付き、外へと出る。
「その先は走るなよぉおお‼︎」
風船の声が聞こえ、歩いていた足を止めた。
──目の前に広がっていたのは広大な海。
無言のまま立ち尽くす。もし、走っていたら目の前の崖から落ちてしまっていたかもしれない。
「海があったんだ。この海は何て呼ばれているんだろ?」
後ろから再び風船の声が聞こえてきた。何故、まだ自分を追いかけて来るのだろうか。風船は声量が大きくてうるさいので自分は苦手だ。
「おいおい、良かったなぁ! 落ちなくて! オレが止めてなかったら、今頃お前はポチャンだ」
小さなため息をつく。
果てしなく広がる海を呆然としながら見ていたが、やはり何も思い出せなかった。
「俺は何者なんだ。何でここにいる? やっぱり、分からない」
額を右手で押さえると風船が慌てて駆け寄って来た。
「おいおい、大丈夫かぁ⁉︎ てめぇの事は嫌いだが、仕方ねぇから近くの街の"サマケス"まで連れて行ってやってもいいぜ?」
近くに街があるのだろうか。もしかしたら、自分はその街の住人ではないのだろうか?
……何故だろう。この海を見ていると何か懐かしく感じる。
「"俺は、この海を知っている"」
「ああん? グマノイス海の事を?」
「グマノイス、そう呼ばれているんだ」
辺りには穏やかな波音だけが聞こえている。この音も何処かで……。
突然、風船は体の左右から逞しい両腕を出してきた。驚いた表情で風船を見ていると右手を差し出してきた。
「オレは"フージン"だ! 最強の魔生と呼ばれてる! お前は?」
自分も左手を差し出しフージンと握手をした。
名前を聞かれているが、自分も分からないので答えられない。
「名前、何だろう。分からないな」
フージンは呆れた表情でこちらを見ていた。
「はぁ? お前、何も自分自身の事が分かんねーのかよ? 名前も? 歳も? どこから来たかも? 本当に何でこんな洞窟にいたんだよ?」
「全部分からない」
名前だけではなく、全て思い出せないというのは……もしかしたら、自分は記憶喪失になっているのかもしれない。
「しょうがねぇなぁ、お前は今日から"キオゼン"って名乗れ‼︎」
……何だか、カッコ悪い名前だ。首を縦に振らずにいた。
「記憶が全部思い出せないから、略してキオゼンだ。この最強の魔生であるオレ様に名前を付けてもらえるなんて、お前ベリベリラッキーだぞ?」