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鈴音さんの推理


「僕には解らなかった、その冷やされていた理由を推理してほしいんだけれども」


「そんなの私にもわからない。わからないということは、私の理解を越えているからか、全く目的が無いからか」


「もったいぶった言い回しで降参宣言かな」


「理解を越えていることを考えても仕方がない。今の私が持っている情報からでは真相を垣間見ることすらできないということ。


 全く目的を持たない人についてはそもそも存在するか疑わしいけれど、いるとすれば、その人に目的は無いというのが答え。つまりこちらも考えても仕方がない。


 要するに少し違うアプローチを試みるということ」




 鈴音さんがくどい言い回しを弄し始めると、大抵笑顔になる。おそらくアタマを使うことが快感なんだろう、と肇は理解している。


「私にはグローブが冷やされていた理由を、まともに考える気が起きない。もし正気の頭でグローブを冷やすことに至った人がいるなら、その人に質問すればいい」


「だから、その冷やした人は誰かを探っているんでしょ?」


「グローブを冷やすような人のことは、肇くんがいくらか考えた。もしかしたら、肇くんの言った通りかもしれない。でも、グローブを冷やすような人はいない、という私の理解でならば、1人だけ怪しい人物がいる」


「へぇ、1点賭けとはすごい大胆だ。ひょっとして博才があるんじゃないかな」


 肇の皮肉など歯牙にもかけず鈴音さんは続ける。


「グローブを冷やすような人はいない。つまり、グローブは冷やされていなかった。


 なぜなら、南浦彩華が取り出す振りをしただけだから」




「ただ単に第一発見者だから細工ができる、というだけでは認められないよ」


「もしグローブを冷やす人物がいるとすれば、その人物が越えなければならない障害がいくつもある。一方で南浦さんなら材料の入った袋にグローブを入れておけば、まるで冷蔵庫に最初から入っていた風を装うだけで良い」


「その子は冷蔵庫からグローブを取り出して何がしたいんだ」


「私の考えでは、冷蔵庫に注目を集めたかったからだと思うの。南浦さんは顧問をはじめ、あらゆる人に家庭科室の冷蔵庫を注目してほしかった」


「冷蔵庫が壊れかけだから、新調してほしいとかかな」


「壊れかけかもしれない。でも今は関係ない。冷蔵庫がどのように使われているかに注目してほしい、といえば良いかな」


「まだわからん」


「今回のことで冷蔵庫の使用に制限がかかったはず。なぜなら顧問のチェックが厳しくなったから。そして、これが南浦さんの目的だった」


「グローブじゃなくて、何でもいいじゃんか」


「何でも良かったと思う。南浦さんにとってグローブはその程度のものだから顧問が預かったままでも惜しくない。


 けれども、グローブならではの利点があったことは指摘したい。それは人数の多い野球部に疑いがかかること。グローブにしたことで、南浦さんは、誰の物かは見当つかないものの野球部の奴がやったはずだという曖昧な状況を作ることができた。


 そうすることで、本来ならば自作自演を疑われる可能性があるのに、疑いは野球部に向かう」


「そんなことをするからには、動機があるはずだ」


 肇は自分が都合のいい合いの手役になっていることに、自嘲するが、心地は悪くなかった。


「冷蔵庫のチェックを厳しくしてほしいということは、つまり、冷蔵庫の使用に納得がいかなかったからということ」


「冷蔵庫を使うのは、料理部がメインだろうか。一方の料理科の方の使い方が気に入らないってことかな」


「たぶん。他に冷蔵庫が使われるとすれば、あとは南浦さんにとって関係のない調理実習の時くらいでしょうし」


「要するに料理部料理科の冷蔵庫の使用を邪魔したかった、ということか。でもこれだとまだ、解明し足りないことがあるんじゃないかな」


 肇はようやく鈴音さんに反論するチャンスを得たことに、喜びを隠せない。そんな肇の様子を眺めている鈴音さんの目の前に馬拉糕が運ばれてきた。湯気の立つそれを半分に割る。閉じ込められていた中の餡の薫りがテーブルに舞う。片割れを肇に渡した。


 蒸しパンか饅頭の親戚だとあなどりつつ食べた。だからその芳しさに驚く。けれどもそれは永く続かない。ほわんとした一瞬の至福はもう胃の中に消えた。


 鈴音さんも馬拉糕を飲み込む。そして、ここからは憶測になるけれどと言った。




「料理部料理科の人たちは、本当に一生懸命なんだと思う。どうしても遊び感覚だけで続けていることを許容できず製菓科と区別するほどには。調理師学校を目指す人もいるそうだし、仕方ないと思う。




 しかし、一生懸命になりすぎた料理科の行動が、南浦さんにとって許容できないこともあった。だから今回の騒動を起こした。


 冷蔵庫は食材を保存するためのもの。南浦さんは冷蔵庫であるものが保存されているのを発見してしまった。いくら料理に本気だとはいえ、決してこの冷蔵庫に有ってはならない物。おそらくアルコール。




 ワインをはじめアルコール類を用いることが料理ではよくあること。この馬拉糕にだって紹興酒を用いることがあるそう。


 その学校のルールを詳しく知らないけれど、中学にアルコールの持ち込みは許されていないんじゃないかな。


 にも拘わらず、冷蔵庫にアルコールを見つけてしまった。当然、南浦さんは部が活動停止にでもなったら困るとでも言ったんじゃないかな。そんなことで解決したなら今回の騒動は起きなかった。




 そして南浦さんが顧問には言えない理由があった。進学校を目指して猛勉強中の永瀬葵の存在。


 南浦さんはもしアルコールのことが広まれば、次のようなことが起こると考えたんじゃないかな。


 ひとつ、永瀬葵さんに余計な心配をかけてしまう。もしかしたら、南浦さんは永瀬さんの苦闘を時々見聞きしていたのかも。


 そんな人の邪魔になるようなことは出来ない。たぶん、同じ理由で、アルコールを発見した時、永瀬さんには相談することさえ出来なかったでしょう。


 ふたつ、南浦さんが顧問にたれ込むことで、もし部が活動停止になれば、現在、ほとんど姿を見せないとはいえ部長の永瀬さんが何らかの責任を問われるかもしれないと考えた。


 確かに彼女は何もしていない。しかし、部長であるから責任を問われ、その評価がいわゆる内申書に影響すれば、公立高校進学がダメになるかもしれない。


 南浦さんがどう考えたかまではわからない。なんにせよ、彼女はできるだけ穏便に冷蔵庫の使用を厳しくしようとした。


 熟考の末、グローブが冷やされていたかのごとく振る舞うことに決めた」




 拉麺、餃子、それに馬拉糕の分を支払ったのに、鈴音さんの支払額はその倍ほどであった。


 鈴音さんは足取り軽く駅のホームに向かう。ステップを踏むような彼女に手をひかれる肇。そんな彼の目にコンビニエンスストアの灯りが差し込む。




 檸檬サワー、ビール、チューハイ、ワイン、日本酒、焼酎、ウィスキー




 肇が入店しようと足を向けると、鈴音さんは彼を抱きよせた。そして、今日はダメ、と耳元で囁く。


 肇が呆気に取られていると、鈴音さんがスマホを取り出した。そして肇にある人物からのメッセージを見せた




「鈴音さん、お兄ちゃんがお酒をのもうとしたらゼッタイに止めてくださいね」

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