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不眠の見張り番  作者: 白昼夢遊病
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第三話 夢のような出会い

「ねぇ! 外に旅人さんが来てて、一人怪我してるみたいなんだ」

 そう父さんと母さんに伝え、この家で手当てしてあげられないか聞いてみると、二人はあっさり承諾してくれた。相手はまだ顔も見ていない、見知らぬ人だというのにだ。父さんは怪我人を入れるために客間へ行き、母さんは早速道具や薬を用意しはじめていた。やっぱり二人は、僕の夢が作り出した理想の二人なんだろうかと頭の片隅で思いながら、玄関を開け放ち、すぐそこまで来ていた三人を招き入れた。

「二人とも構わないそうです! 客間にどうぞ!」

「ありがたいことだ。ニフ、もうひと踏ん張りだぞ」

 ジルバという老人にニフと呼ばれた女性は、怪我していないもう片方の脚に力を込めて、億劫そうに体を運んでいた。

「客間は、あそこか」

 ニフを支えた青年は少し体勢を整えながら、父さんが手招きしている部屋の入口を見つけた。僕は出来るだけ邪魔になりそうな家具をずらし、客間までの道を開いた。そこをニフと青年が少しずつ進んでいくのを見つつ、ジルバさんはこちらに話しかけてきた。

「あの子の傷は、いつできたか分かってないんじゃ。今朝出発した時はなかった。本人もいつの間にか傷があるのに気づいて、知らぬ間に血がそこそこ流れていたらしい。この辺りでは、ああいう怪我はよくあるのか?」

「いや、特に見聞きしたことはないです」

 なにせ今朝この村を知ったばかりだから、そんなことは知るはずがなかった。ただ、今朝から湧いて出てきている記憶によれば、村にそんな不可解な怪我をする人はおらず、近くにそんな不気味な攻撃をするモンスターがいるみたいなこともないらしかった。いつの間にか傷ができているというのは、日本で言うところのカマイタチに似ているが、そんな化け物が村の近くにいるのだろうか。そんな憶測を立てて、怪我人がいるというのに、不謹慎ながらワクワクしている自分がいた。

 客間のベッドに横たえられたニフ。父さんが血の流れを抑えるようにその脚は抱え上げる。脚に当てられた布が外されると、あまり直視したくはない、ぱっくりと開いた赤い傷口が露わになった。それはどう見ても草なんかで切ったにしては大きくて、本当にモンスターや怖い自然現象があるんだという思いが強くなった。

 母さんは、ニフに気つけの効果がある草を噛ませ、その傷を覆うように軟膏を塗りこみはじめた。きっと傷を、露出した神経を触られて痛いのだろう。ニフはたまらずのたうち回った。青年は彼女がベッドから転がり出ないように気を付けており、ジルバさんは何度も彼女を励ましていた。僕は彼女の痛みが伝わったみたいに心がかき回された。少しでも力になれれば、そう思って傍に寄ると、彼女はベッドのシーツと間違ったのか、僕の服の裾を思い切り掴んだ。それで痛みが耐えられるのならと、僕は何も言わず、固唾をのんで治療を見守っていた。

 綺麗な布で傷口をまた覆われ、脚を静かに降ろされると、ニフはぐったりしたようにベッドへ倒れこみ、僕の服からも手を離した。強く握られていた裾は、はっきりとしたシワができていた。しばらく休んでおいた方がいいということで皆意見が一致し、誰ともなく客間を出ていった。


「いやぁ本当にありがとうございます、フルツキ殿。改めて、私はしがない流れの商人をしている、ジルバと申します。先ほど手当を受けた彼女はニフ。こちらの男は用心棒をしてもらっておるリードという者です」

 ジルバさんは父さんに勧められて椅子に座ると、自己紹介をし、同じ椅子の背もたれに手をかけて立つ青年のことも紹介した。リードという、少し僕より年上の見た目の青年は、続いて会釈した。

「リードです。突然こんな風に押しかけてすいません。客間まで借りちまって」

 リードの言葉に両親は微笑んで返し、気にしていないというように軽く首を振る。それを代表するように、僕は横から話に入った。

「気にしなくていいですよ。旅人さんが来るなんて滅多にないんで、むしろ歓迎してます。客間は大して綺麗にしてなかったですから、こっちが申し訳ないくらいで」

「君もさっきはご両親に話を通してくれてありがとう。名前を、聞いてもいいかな?」

「ヨースケです。ヨースケ・フルツキっていいます」

 元々自分の名前を言い慣れていなかったからなのか、いつの間にか染みついていた常識のせいなのか、英語風に姓と名を逆に言ってみると、意外にその名前がしっくりきた。

「ヨースケか、ありがとう。いいお子さんをお持ちだ、フルツキ殿。此度ワシらのような流れ者を助けていただいたこと、感謝を重ねても伝え切れそうにない」

 ジルバさんは父さんたちに向き直ると、心苦しそうに続けた。

「この上、迷惑な願いかもしれませんが、ニフの怪我が癒えるまで、ワシらをここに泊めてくださらんか。怪我を抱えたまま野山を行く辛さは、この地で生きる方々にも十分理解してもらえると思っております。ワシら二人は納屋でも構いませんし、食糧をわざわざいただこうとも思いません。しばらくの間雨風をしのぎ、彼女が休める場所を提供してくださるだけで結構です」

「そんなに遠慮しなくたって大丈夫ですよ! 怪我人をそのまま放り出すわけないですって。ウチなら旅人さんをしばらく泊めておく余裕はあるよ、ねっ」

 ジルバさんの懇願に心動かされ、思わず僕はそう言っていた。そんな僕に呼応してくれるように、父さんと母さんも頷いて、もう一つの客間もしばらく使ってくれて構わないと言い、食事も出してくれることになった。ジルバさんは慎み深く静かにお辞儀をして言った。

「そこまでしてくださるとは、嬉しい限りです。その厚意に甘えさせてもらいたいところですが、ただ居座るというのも無作法というものでしょう。ワシらに出来ることでしたら、お力添えいたします。このジルバ、品の取り揃えや目利きはもちろん、磨いた技で手仕事などもしております。遠慮なく頼んでくだされば、きっとお助けしましょうとも」

「俺も、力仕事なら幾らでもやるんで、任せてください。世話になりっぱなしはやっぱり、お互い気まずくなっちまいますからね」

 二人から色よい返事をもらったところで、リードは早速父さんから薪割りを請け負った。僕はジルバさんと一緒に、二人分の荷物をもう一つの客間へ置きに行った。リードが持っていた重々しい本物の剣にはぎょっとしたが、慎重に運ぶことはできた。客間の窓から、もう薪を割りはじめているリードに荷物を置いたことを伝えると、気さくに手を振って返してくれた。ファンタジー世界の住人みたいな知らない旅人が自分の家に来たことは、凄く新鮮だった。部屋に風が吹き込むように、僕の日常が鮮やかに動き出した気がして、何とも言えず嬉しくなってきていた。


 その日から、僕の家族と旅人さん達の六人での生活が始まった。なにせ旅人とも異種族の人とも話せる機会は人生で初だし、この村の外のことは知らないのもあって、人見知りよりも好奇心が勝ち、事あるごとに彼らに話しかけていた。今にして思えば、それはどう見ても冒険者一行に子供達が群がるよくあるシーンと大差ないのだが、それくらい夢中になっていた。なにせ、この世界のことを彼らに尋ねると、打てば響くように聞いたこともないファンタジックな話が飛び出してくる。しかもそういった話は彼らにとって当たり前のことのようで、何でもないことのように淡々と話してくれる。それがなおさら(なま)の旅人の話っぽくて、いつもいつも聞き惚れてしまっていた。

 そんな話の合間合間で聞いたことを合わせると、彼らは三人とも定住する場所を持たず旅を続けている根無し草、流浪者らしかった。あまり人の事情に立ち入るのは無神経かと思い、旅の理由や三人が一緒にいる理由は聞かなかったが、その流浪生活は長いみたいだった。

 最初に紹介された通り、リードは力仕事や荒事を担当する用心棒。ジルバさんは小間物を売り買いする行商人であり、職人みたいな手仕事もするみたいだった。じゃあニフはどうなのかというと、芸人だと聞いた。一瞬バラエティー番組に出ているエルフの女芸人を想像してから振り払い、もっと詳しく聞くと、舞踊や演奏や占いみたいな色んな芸でお金を取るようだった。芸は身を助ける、みたいなものかと納得した。

 でもニフは、その脚を怪我したのだった。きっとしばらく踊りには支障をきたすだろうし、怪我の跡が脚に残ってしまったら、せっかくの綺麗な脚が台無しになってしまうことだろうと思った。そんなことが、彼女の元へ食事を運ぶ度に思われて仕方なかった。だからだろうか、彼女からついに尋ねられてしまった。

「私の脚、そんなに気になりますか?」

 途端にドキリとし、彼女に背を向けて部屋を出ようとしていた体が強張る。怪我が気になっていたこともそうだが、滅多に見られない女性の生足だとチラチラ見ていたことにも気づかれたのではないかと、内心ビクビクした。それを知ってか知らずか、彼女は続けて言葉を投げかけてくる。

「私が流浪の芸人をしていることを答えてからずっと、会う度に気まずそうに、でも無視もできないって感じで見てますよね。仕事上、ジロジロまじまじと見られるのは慣れてるけど、本当に毎度毎度ちゃんと見られるとちょっと」

「す、すみません! いやあのついっていうか心配というか出来心、じゃなくて、えとえと、怪我人だからやっぱ怪我の具合気になってそれで」

 反射的に頭を下げて弁解をしようとするが、上手く言葉がまとまらない。すると、ニフはクスリと微笑んだ。

「責めてるわけじゃないから安心していいですよ。部屋に入ってくる度にあなたが、律儀に私の脚を見てくるもんだから、なんか変に照れちゃうって、そう言いたくて。仕事で人の目に慣れてるはずなのにね、ほんと」

「僕の視線が不快だったら、今度から母さんに代わりますけど?」

「いいえ、あなたがいいです。ここにずっといると話し相手が欲しくて。あなたとの話が一番面白いので、まだお願いできますか?」

「……僕でよければ」

 まさかそんな風に好印象を持ってもらえていたとは思わなかったが、ともあれ承諾した。願ったり叶ったりだった。僕も彼女から、色んな話を聞きたいと思っていたところだったのだ。彼女をもっと知りたいと、そう思っていた。


 その夜、ニフの治療の経過を診るという母さんに付いていった。今回はあまり脚を見ないようにしながら、遠巻きに見ていた。休んでいた甲斐もあってか、順調に傷が癒えつつあるようだ。しかし、多少動かせるようになった脚を持ち上げながら、ニフはじれったそうに言った。

「強い痛みはだいぶなくなってきたんですが、今度は痒みにも似たじくじくする痛みがありますね。ちょっと落ち着かない」

 それもたぶん傷が治っている証拠なのだろうけれど、ニフにとっては気に食わない感覚らしかった。怪我したところを触ろうとしては止めるような変な動きを何回かしたところで、ニフはこちらを見てきた。

「ヨースケさん。いつも夜中起きているみたいですから、夜話に付き合ってくれませんか? 傷のじくじくが気になって眠れそうにないんです。私が寝付けるまでで構いませんので」

 まずは、彼女の言う通りだった。僕は夜に寝ていなかった。でも、昼間にも寝ていなかった。初めてこの家のベッドで目を覚ました時から、何日もの間、一睡すらしていなかったのだ。それなのに大した疲労もなく、困ることといったら、せいぜい眠れなくて気持ちが切り替えられないことくらいだった。自分の異常さに気づいたところでどうしようもなく、夜通し小さな灯りの下で暇を潰していたのだが、それをニフに気づかれてしまっていたのだろう。

 しかし、この不眠を役立てられそうな誘いが来た。悪いことばかりではないなと思い、誘いに乗って、僕はニフのいる客間で夜を過ごすことにした。少しでも彼女と距離を縮めたいという思いもあったのだけれど、純粋に心配もしていた。最初の夜、血の流しすぎで具合が悪い中、痛みで眠れず呻いていた彼女の声を聞いていたからだった。だから、誘いを断る理由なんてこれっぽっちもなかった。

 椅子の背もたれに頬杖を突きながら、しばらくニフと話していた。彼女の旅の思い出や仕事の様子、多彩な特技について話してもらいながら、僕は一々感心していた。僕はあの現実世界のことをどう話したものかと思ったけれど、自分自身も大して分かっていないのでそちらは脇に置くことにし、三人の話を聞いた素朴な感想とか、旅人に会ってみたかったことなんかを、嘘偽りはないけれど当たり障りもなく話していた。彼女との夜話で舞い上がる僕に眠気なんて来るはずもなく、会話は続けられていたが、二人の一息つく瞬間が重なって、沈黙が訪れた。お互いそれがおかしかったのか、どちらともなく沈黙をごまかすように微笑んだ。

「眠くなりました?」

「いいや全然。楽しくて目が冴えてますよ」

「そうですか。私があなたの枕元に行くことができたら、得意の子守歌で寝かしつけられるのに」

「じゃあ歩けるようになったら、頼もうかな。あ、頼みたい、です」

 少しずつ話す言葉が砕けてきていたのに気づいて、取ってつけたように敬語にすると、ニフは小さく口を尖らせた。何か気に障ったらしい。どう取り繕うか迷っていると、ニフの方が切り出してきた。

「敬語、少し前から無しにしたかったんだけど、今から無くしていい? 肩肘張るような話し方、好きじゃないからさ。そっちは好きにしてもいいけど、敬語苦手でしょ?」

 丁寧な言葉遣いから崩れると、ニフの言葉が一層深みを増し、その身と技芸で各地を渡る旅芸人らしい軽やかさや強かさをそこに感じた気がした。気分が盛り上がってきたせいでボロが出てきていた敬語なんてどうでもよくなり、彼女と対等に話したい気持ちに正直になることにした。

「うん、僕も止めるよ。ニ、ニフとも、こうやって話したかったんだ」

 まだ慣れていない彼女の名前をたどたどしく口にすると、何だか言葉にできない恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてきた。もしかしたら、僕はニフを好きになっているのかもしれないと、思った。

「それじゃ、ヨースケと打ち解けられたし、脚も楽になってきたから、そろそろ横になるね」

「そっか。僕は部屋に戻ってるね」

「明日もよろしく、ヨースケ。夜の精霊の加護を」

「ん? あ、おやすみってことか。うん、夜の精霊?の加護を」

 名残惜しかったけれど、彼女の安眠を邪魔するのも嫌だったから、二度ほど彼女を振り返りつつ、部屋を出た。気遣いのいらない交わした言葉一つ一つを噛みしめる僕は、子供の頃初恋に気づいた日のように、胸をいつの間にか高鳴らせていた。そんなウブな自分に気づいて、なおさら胸が震えるような心地がした。

 でも、ニフは旅人だった。彼女がまたいつか旅に出て、この関係は当然のように終わりを迎えるのだという確信のような予測が、その夜の僕の頭の中でずっと、這いずり回っていた。

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