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不眠の見張り番  作者: 白昼夢遊病
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第二話 長い夢のはじまり

いわゆる過去回想です。

 僕は、古月(フルツキ) 葉介(ヨウスケ)。以前は両親と一緒に、日本の片田舎に住んでいた。頭が変になるくらいの勉強の末に、ようやく東京の大学の一回生となり、あの春上京して一人暮らしを始めた。

 両親がおらず、つまらない勉強からも解放された僕は、自由な生活を謳歌していた。具体的には、夜更かししまくり、ぐうたら寝てばかりいた。確かに講義やバイトはあるのだが、それ以外はひたすら自堕落な日々を過ごしていた。むしろ、その講義やバイトでの疲れとストレスで、怠惰は増していった。当然生活リズムは次第に崩れていき、昼夜は逆転しはじめた。それでも外で活動するために無理やり寝起きしていると、睡眠時間は3,4時間くらいになっていった。

 そんな頃だろうか。眠らないといけない時に眠れず、眠ってしまうと中々起きられない自分に気づいたのは。今までは両親のおかげで目を覚ませていたが、自分は本来規則正しい生活が送れる人間ではなかったのだ。そんな自堕落な自分が、一人暮らしに際してついに本領を発揮しだした。


 昼間は眠気と一緒にふらふらと出歩き、夜にはやけにすっきりとした心地でバイトをしたり遊んだり。そんな毎日を送る自分に呆れこそすれ、嫌気はなく、存外それなりに楽しかった。異変が起こる前までは。

 講義がまた始まった頃なので、10月くらいだったろうか。何をしても、何もしなくても、ベッドの中でまんじりともできず、いつものように目の冴えた嫌な時間を過ごしていた。いっそ起きてしまえばとも思うが、眠らなければいけなかった。徹夜の先に待っているのは、ぐちゃぐちゃになって整うことのない思考と離れることのない頭痛だからだ。以前講義のレポートのために徹夜した時、その辛さを思い知っていた。

 いずれ力尽きたように眠れるはずだと思っていたし、その通りにいつの間にか眠っていた。しかし、目を覚ました時、混乱した。空がまだ暗かった、いやすでに暗くなっていたというべきか。僕は一日中眠っていたのだ。眠りに落ちる前にスマホで見た時刻が午前5時、起きた時にスマホを見て午前1時くらいだったので、正確には20時間くらいの睡眠だったのだろう。幸いなことにその日は休みで、何も支障はなかったのだが、休みが丸々潰れてしまった。ひどく損をしたような気持ちになり、自堕落な自分を責め立てたが、むなしいだけだった。そこから休みの一日を取り返すように起きていたが、次の朝日を拝んだ途端、頭がねじれるような感じがして、太陽に頭の中をかき回されているような嫌な気分になった。その時は吸血鬼みたいに太陽を嫌がる真似事でふざけながら、カーテンを閉めた。

 目覚まし時計を買い、少しは早く寝ることを意識するようにしてからは、もうあんなことは起こるまいと高を括っていた。だが、講義とバイトで溜まった疲労を抱え、日付の変わる前に珍しくベッドに入った月曜日、更なる異変が起きた。

 長い眠りから起きた時にはもう夕方で、確実に寝坊をしていた。講義を幾つか受け損ねてしまったが、まぁ一日くらい行かなくても死にはしないと、そう思い直した。ひどく遅い朝飯を用意しながら、毎日の日課であるゲームのデイリー報酬を手に入れようとして、初めて違和感を覚えた。連続ログインボーナスが途切れていたのだ。昨日もらった一日目の報酬に続いて、二日目の報酬がもらえるはずなのに、今日も一日目の報酬を手に入れていた。ゲームの不具合かなにかだと思いながら日付を確認した時、目を疑い、自分を疑った後、頭が真っ白になった。たぶん顔も青ざめていたんじゃないかと思う。

 その日はすでに木曜日、あれから三日経っていたのだ。パニックに陥った頭の中で、僕は失ったものを数え始めていた。目の前のゲームのデイリー報酬は今日の分は間に合っているが、二日分取り逃している。それだけでもう、頭を抱えたくなるレベルだ。終わってしまった三日分の講義は、全て誰かにノートを見せてもらわないといけない。そこで宿題が出されでもしていたら、もっと面倒なことになる。冷蔵庫にあるパックの弁当やおかずは、消費期限がとうに過ぎていることだろう。まさか死ぬなんてことはないだろうが、やっぱりちょっと気になる。それよりなにより、その日はバイトがあった。今ならまだ間に合いそうだった。

 そこまで瞬く間に考えて、取るものもとりあえずバイト先に急いだ。雑に飲み込んだ朝食を吐きそうになりながら走っていき、なんとかその日は間に合ったのだった。しかし、長く眠っていた体は重くて鈍く、傍から見ればチンタラした仕事だったことだろう。ようやく仕事を終えて帰路につき、落ち着いた時に、僕はあの忌々しく長かった惰眠のことを思い出した。

 確か、夢を見ていた。いつものように夢の内容なんてさほど覚えていないのだが、僕の好きな西洋風ファンタジーな感じだった気がした。その世界で、自分が今まで会ってきた同年代の友達や知り合いと一緒に冒険したような記憶があった。夢は楽しかった。だが現実で沢山のものを取り逃したように、代償は大きかった。あの夢の続きを見たかったが、次に眠れば、もっと長い時間眠ってしまうのではないかという恐怖が少しずつ湧いてきた。下手すると、もう眠りから覚めなくなるのではないか、とも。だが、そんな怖れを振り払うように一人笑ってみた。それでもいいじゃないかと強がりを言った。眠っている間なら、こんな嫌な現実も見ないで済むんだから、と。


 しばらくは、陽が出る前に寝て、講義の前には起きられる日が続いた。しかしこんな時に限って、嫌なことばかり重なった。

 三日間受け損ねた講義の内容をノートに書き写すには、同じ講義を受けた学生に写させてもらうしかなかった。しかし、講義の数は多く、大学に知り合いなど皆無の僕には、それすら困難を極めた。書き写させてもらう相手を探すのも、その話を切り出すのにも、そして抜けた講義の内容に付いていくのにも、普段以上のエネルギーを費やすしかなかった。

 アルバイトの清掃業にはようやく慣れてきて、元々会話があまり必要とされない仕事だったので、働いた経験のない自分にもなんとかこなせるようになってきていた。ただその日は、慣れのせいで油断し、一日の疲れで動きが緩慢になっていた。いつもならぶつける失敗などしない用具入れのカートを、よりによって派遣先の店のお客様のそばで転がしてしまった。その後のことは、今でもあまり振り返りたくはない。

 失敗を重ね、その失敗を埋め直すことに一生懸命になっていると、自信なんてものはすぐに削れていく。高校生までは「どうにかなるでしょ」と根拠なく自信を持っていたが、大学生にもなるとそんなことも言っていられなかった。遠く離れていても事あるごとに両親から電話が鳴り、将来のことや規則正しい生活、やらないといけないことを教え諭されることが、僕にとっては大きかった。両親が電話越しにかけてくるプレッシャーは、何度も何度も僕の自信を揺らしていって、この時にはもう、風前の灯火だった。

 本当にどうでもいいことばかりだと思った。勉強や仕事や将来のことなんかに心を乱されるのが嫌で堪らなかった。そんな辛い日々であっても、癒しや現実逃避になるものは確かにあった。その中でも一番好きで、その動向をネット上で追い、応援をしていたライブ配信者が、その秋に突然引退した。引退宣言の文を気が狂うぐらい読み返し、頭を抱えては、アーカイブとして残っていた動画を漁りまわった。もっと応援していればと、悔やんだものだった。

 大好きな配信者の元にも逃げられず、僕は、仕方なくベッドへと潜り込んだ。しかしよりによって、最近越してきた隣人の生活音が、薄いマンションの壁を通り抜け、僕の部屋へと響いてきていた。変わらず時を刻む目覚まし時計の針の音。水道管の低い唸り声。明るくなった外から聞こえる鳥のさえずり。そうしたノイズが、イヤホンと耳の隙間から侵入してきていた。また、眠れなくなった。そんな自分が嫌になり始めていた。

 もっと布団の中に、ベッドの奥に逃げようとし、僕は掛布団で体全部を覆った。やっぱり、僕は外の世界には向いていなかった。僕はこの布団の中の夢の中でしか生きていけない。そう自分を自分で閉じ込めていくように、背を丸め、体を折り畳んでいった。誰にも開けられなければいいなと、淡い期待を抱きながら。


 それでも、一日の始まりは訪れた。母さんが僕を呼ぶ声がして、渋々目を開けた。日課のように明かり取りの窓を開け、つっかえ棒で開いたままにする。窓の外には、夢にまで見た田園風景が広がっていた。それも山に遮られたような手狭なものでなく、遥か彼方にまで伸びていくような緑と黄の田畑が、そこにはあった。田畑の間を縫っていくあぜ道には小さな人影がぽつりぽつりと見えては動き、朝の日常を垣間見せていた。あれほど苦しんで眠れなかったはずなのに、寝起きは快調だった。このまま昼も夜も越えていけそうなくらい生き生きした呼吸と胸の高鳴りが、頭や体を巡っていた。寝間着代わりだったトレーナーを脱ぎ捨て、すっかり毛羽立ったチュニックを着込む。

 寝ていた部屋を出て、隣の部屋に入ると、自然光だけで照らされた少し暗い食卓があった。その上には、朝目覚めた自分をちょいと景気づけるには十分くらいの、質素で風変わりな食事があった。席には、部屋の暗さと違って、朗らかな笑顔を見せる母さんと、ひょうきんに話をしている父さんがいた。

 起きてから目に入ったそれらの光景はどう見ても、現実じゃなかった。でも、ずっと前からそうだったみたいに、僕にはこの家のことが何故か隅々まで分かっていて、両親は仲睦まじい姿を見せていた。二人が一切気兼ねのない挨拶を投げてくれると、僕の些細な疑問なんてどうでもよくなった。そんな二人を見たのは久しぶりで、安心して、ここが自分の家だというのを疑うこともしなくなった。

 朝食を終え、家中の部屋を見たが、どこも思っていた通りの内装で、違和感はあっても、人の家だという気はしなかった。僕が寝ていた部屋は、他の部屋と同じように木製の簡素な家具ばかりで見覚えなんてなかった。だけれど、確かに部屋のセンスは僕らしくて、散らかってはいるけれども好きなものが並べられていた。木剣や金具で作った玩具がひどく懐かしく思えた。その居心地の良さはまさしく僕の部屋であって、当たり前のように馴染んだ。けれど、ちょっと前まで着ていたトレーナーは、見当たらなかった。

 家を出ると、そこは丘の上で、そこから田園とこじんまりした村が見渡せた。村はつい最近三日かけて見た夢にも出てきたような感じがした。そうか夢の中なのかとその時思い至ったが、村に対する好奇心が勝って、丘を勢いよく下って行った。村の家々には、親戚や幼馴染や中学時代の知り合い、高校の時の友達、職場の同僚なんかが、まったく変わらない姿で暮らしていた。誰も彼もがファンタジーものにありがちな、農民や狩人や鍛冶屋とかになっているのを見て、少し似合ってないなと度々ニヤニヤしてしまった。その上で、やっぱりこの世界でも皆立派だなと心の底から思った。僕にとって親しみのある人ばかりの村は巡るだけでも楽しかった。自分の庭のように思えている田園と林の間を走っていくと、童心に帰る心地がした。

 そろそろお昼時かと、どうしてか覚えている家への帰り道を歩いていると、見知らぬ人間達が前を歩いていた。三人いて、一人は歩くのも精一杯というように見えた。そんな様子だというのに彼らは丘を上り、僕の家へと向かっていた。

「どうしたんですか! 僕の家に何か用です?」

 彼らが心配になり、思わず声をかけながら、駆け寄っていった。三人は少し驚いたように立ち止まり、歩くのが辛そうだった女性が隣の大柄の男性に寄りかかる。大きな荷物を背負った体格のいいドワーフみたいな老人が、二人の代わりにこちらに向いた。

「おお、ようやく話かけてくれる人が。ワシはジルバと申す者。旅の商人をしておる。ウチの連れが脚に怪我をしてな、休めるところや薬なんかを探しておるところじゃ。村の者は皆、あの丘の上の家を指差すので、とりあえずここを上っておった」

 横の女性は確かに、白く細い脚に応急手当の跡らしい布を巻いていた。長身で耳の長いエルフみたいな彼女は、白い顔をより青くしていて、怪我は大きそうに見えた。

「なぁ、あんたあの家の住人なんだろ? 俺達を家に入れちゃくれねぇか? 早いとここいつを安静にしてやりてぇんだ」

 女性を支える青年は、ぐるりと首だけこちらに向けてそう言い、懇願の表情を見せた。見知らぬ人達だけれど、こんな状態で放っておくこともできなかった。

「両親に聞いてきます。きっと了解を得るので、少しずつ上がってきてください」

 そんな言葉が口を突いて出た。どうやって了解を得るかも考えていなかったが、そんなことは関係なかった。この夢みたいな村の中でなら、僕は何でも出来そうな気がしていた。丘の上まで上り切ったところで、父さんと母さんを説得するために三人のことを正確に伝えようと思い、もう一度一行を見た。それが、三人との出会いだった。


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