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愛のかたち  作者: 高山 由宇
プロローグ
1/23

小さな女の子と片翼の紳士

 風が吹いています。

 ぽやぽやとした風が、川原に群れるタネツケバナを揺らしました。

 穏やかな風に吹かれながら、あちらこちらと首を傾げているタネツケバナたち。その姿は、まるで何かに困っているかのようでした。

 よく見ると、吹かれて揺れる白い花の中に女の子がいました。

 小さな女の子です。

 女の子は、目も鼻も頬も、顔中を真っ赤に染めながら泣いていました。

 辺りには誰もいません。女の子の泣き声を聞いているのは、タネツケバナたちだけでした。

 その時、なかなかやまない女の子の泣き声が、ぴたりとやみました。

 きっかけを与えたのは、どこからか降ってきた羽です。それは、大きな羽でした。羽というよりも、翼といった方がよいかもしれません。ただ、その翼は片方だけでした。

 片翼が、女の子の上に降ってきたのです。女の子の姿は、純白の翼に覆い隠されてしまいました。

「なに、これ?」

 女の子は、驚きながらも、自分に伸しかかる翼をひょいと片手でどかします。

「うわあ、おおきい」

 見たことのない不思議なものを前に、先程まで泣いていたことなどすっかり忘れてはしゃいでいます。

「ふわふわだあ」

 女の子の言う通り、手を離せばすぐさまそよ風に攫われてしまいそうになるほどに、それはとても軽いものでした。

 しばらくの間、女の子が翼と遊んでいますと、

「ああ、こんなところにあった」

と声が聞こえました。

「だあれ?」

 翼に抱きつきながら女の子が尋ねます。

「私は、君の腕の中のものの持ち主だよ」

 そう答える人物をまじまじと見つめますと、確かにその人には大きな翼が生えているようでした。

 ――右肩にだけ。

「これ、おじさんの?」

 「おじさん」と言いましたが、まるで逆光の中にいるかのように輝くその姿を、女の子が正確にとらえていたかはわかりません。それでも、片翼の紳士は女の子の言葉に気を悪くするふうでもなく、笑って言いました。

「そうだよ」

「おじさんって、てんし、なの?」

 女の子の問いに、

「ああ」

 紳士が答えます。

「ほんとうに?」

「本当だとも」

「そうなんだあ。それじゃあ、これはたいせつなものなのね」

「そうだね。それがないと、私は天国へ還れないのだよ」

「そうなの? それは、かわいそうね」

 女の子は、紳士に翼を手渡しました。

「君は、優しい子だね」

 名残惜しそうに翼を見つめる女の子。紳士は、再びそれを女の子に渡して言いました。

「この子に必要なものとなれ」

 手を翳してそう唱えると、羽は望遠鏡へと姿を変えます。

 それは長く、本当に長くて、レンズの先が見えないほどの長さを持った望遠鏡でした。それにも関わらず、その望遠鏡は軽く、まるで紳士の羽のような軽やかさだったのです。

「なるほど。君は知る必要があるようだね」

「……なにを?」

「いろんなことを」

「いろんな、こと?」

「そう。この望遠鏡が、その手助けをしてくれることだろう」

「え、でも、それじゃあ、おじさんはてんごくにかえれないでしょ?」

「ああ、いいんだよ。私は、地上でやり残していたことがあったんだ。それを、今、思い出した」

「ふうん」

「君が成長して、それがもう必要でなくなった時に返してもらいにくる。これは、私の翼を拾ってくれたお礼だよ」

 そう言うと、片翼の紳士は光の中に消えていきました。それを見つめる女の子の手の中には、雲を突き抜けるほどに長い望遠鏡だけが残されていたのでした。

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