7.まずは制服を脱いで
「あー……暇だなぁ……」
アカネとの取引から週末を跨いで早5日。
保健室では相も変わらず閑古鳥が鳴いていた。
「アカネさんよぉ、確か俺の支持率をあげてくれるとかなんとかって言ってなかったけか? このままだと俺、クビになっちゃうよー?」
「……あんたねえ、まるで私が何もしてないみたいな言い方するのやめてくれない?」
この五日間、アカネはユーリの支持率をあげるべく奔走していた。
その成果が全く出ていないのは、他ならぬユーリ自身に原因がある。
そもそも、欠点しかないと言っても過言ではないユーリの支持率をあげること自体、容易なことではない。
そんなユーリの唯一の特技が回復魔法なのだが、どういうわけかその回復魔法がかえって支持率を下げる要因となってしまっている。
というのも、アカネが連れてきた怪我人に対し、治療と称してセクハラ行為を繰り返しているのだ。
結果として、悪評が広まるばかりで、支持率は上がるどころか日に日に下がり続けている。
このままでは本当にクビになってしまうというのにも関わらず、当の本人が一番やる気がないのだから救いようがない。
五日間でユーリがやる気だったのは、セクハラとナンパの時だけだ。
「あんた、こっちは治療の度に下着まで晒してるんだから、ちょっとはやる気になってもらわないと困るのよ」
「そう言われてもなぁ」
「な、何よ、不満でもあるわけ?」
「そりゃあるさ。『制服を脱ぐ』って言うから期待してたのに、蓋を開けてみたらスカートすら捲らせて貰えないなんて、がっかりにも程があるぜ。ダリアンさんならともかく、お前のブラジャーごときでやる気になる俺ではない!」
そう言って拳を掲げるユーリに、青筋を浮かべるアカネが傍にあった模擬剣に手を伸ばしかけた時──。
「……す、すみません。お邪魔してもいいですか……?」
「っ!?」
突然の第三者の声に驚いたアカネが振り向くと、保健室の出入り口に一人の生徒が立っている。
「もちろん歓迎だ。ほら、入ってこい」
驚くアカネとは対照的に、余裕の態度で手招きするユーリ。
何とも影が薄い薄緑髪の少女は、視線を彷徨わせながら俯きがちに部屋へ入ってくる。
「私はアカネ。あなたは?」
慣れた手つきで折り畳み式の椅子を準備したアカネが、緊張を解そうと声をかける。
「あ、ありがとうございます。わ、私は高等部一年のクララです」
クララと名乗った少女が遠慮がちに椅子に座ると、ユーリが目にも止まらぬ早さでクララの前までやって来る。
こういう時のやる気だけは一級品だ。
「知っていると思うが俺はユーリ、回復術士だ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
「さて、それじゃあ早速治療を始めるとしよう。……そうだな。まずは制服を脱いでごふ──ッ!」
「きゃっ!?」
その時突然、ユーリが椅子からひっくり返った。何を隠そう、アカネの犯行である。
何事かと驚くクララに対し、アカネはユーリを踏み越えると満面の作り笑いを浮かべる。
「あ、あの、ユーリ先生は……?」
「あー、こいつのことは気にしなくていいから。とりあえず私が治療の内容について聞かせてもらうわね」
クララは久々にやってきた患者。更に、アカネや、アカネの連れてきた生徒たちを除けば、初めて自主的に尋ねてきてくれた患者でもある。
既に悪評が広まりつつある中、この機を逃すわけにはいかない。アカネは本気だった。
「それで、今日はどこを怪我したのかしら?」
「い、いや、あの……今日治療してほしいのは私じゃなくて、この子なんです」
「?」
そう言ってクララが差し出してきた手の中には、一羽の小鳥が包まれていた。
よく見れば、小鳥は羽根を怪我しており、羽毛には血が滲んでいる。
「校庭の隅で飛べなくなってるところを見つけて、回復術士の先生なら治してもらえるんじゃないかと思ったんですけど……」
「あー……」
クララの頼みに苦い表情を浮かべるアカネ。
アカネの知る限り、ユーリが美人や美少女以外の治療を引き受けたことはない。
ユーリの人間性からして、小鳥の治療を快く引き受けるとは考えにくいのだが……。
「その治療、引き受けよう」
いつの間にか復活したユーリが「俺に任せろ!」と言わんばかりのキメ顔で手を差し伸べている。
支持率アップのため、尻を蹴りあげてでも治療を引き受けさせるつもりだったアカネとしては、意外な展開に目を丸くする。
そんなことを露知らないクララは喜んで小鳥をユーリに預ける。
僅かに身じろぎする小鳥に慌てかけるクララだったが、それをユーリが視線で制す。
ユーリはハンカチを取り出すと、小鳥を優しく包み込み、テーブルの上にそっと置く。
その仕草にいつものぞんざいな感じは微塵もなく、あるのは患者に対する気遣いだけだった。
そんなユーリの想いを感じ取ったのか、小鳥は身じろぎを止め、大人しくジッとしている。
「さあ、元気になる時間だ」
ユーリが囁くのと同時に、その指先に光が生まれだす。
徐々に大きくなる光が指先から溢れ、少しずつ垂れていく。その先で眠る小鳥が気持ちよさそうに目を細めている。
傍から見ていても伝わる光の温かさに、クララはすっかり魅了されていた。
視線は奪われ、瞬きすら惜しいと思えてしまう。気を抜けば呼吸さえ忘れてしまいそうだ。
しかし、それこそが当然の反応なのかもしれない。
既に治療の現場を何度も見ているアカネでさえ、この瞬間だけは未だに胸が高鳴るのだから──。
「よし、綺麗になったな」
治療を終え、血の滲んだ羽毛をハンカチで拭き取ったユーリは満足そうに頷く。
小鳥がパタパタと羽根を動かしている様子からして、怪我もちゃんと治っているらしい。
「アカネ、お客様のお帰りだ。窓を開けて差し上げろ」
「わ、分かったわ」
アカネが窓を開けると、小鳥はユーリの手から勢いよく飛び立っていく。
その元気な姿にクララも安心したらしい。遠ざかる小鳥に笑みを浮かべながら小さく手を振っている。
そんなクララとは別の意味でホッと胸を撫でおろしているアカネだが、やはり腑に落ちない点が一つだけある。
「……どういう風の吹き回し? 生徒からの頼みとはいえ、動物の治療なんて。あんたらしくもない」
「そうか? 俺は基本的に動物の治療は引き受けるぞ」
「なに、あんたって動物が好きだったの?」
「嫌いではないが、特別好きってわけでもないな」
「じゃあどうして」
「動物の恩返しって、ロマンチックだろ?」
そう言って不敵に笑うユーリに、アカネは「似合わない」と思わずにはいられなかった。
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