6.義務なんて知るか!
レナード家での最高のディナーを終えたユーリは今、宿屋への道のりの途中だった。
電灯に照らされるユーリの影の隣には、もう一つ小さな影がある。
「どうして私があんたを宿屋まで送っていかないといけないのよっ!」
ユーリの隣で不満そうに頬を膨らませているのは、言わずもがな、アカネだ。
「そんなの当然だろ? もし帰り道の途中で変な奴に絡まれたらどうするんだ」
「知らないわよっ! 第一、女生徒に送られるなんて教師として恥ずかしくないわけ!?」
「何を恥じることがあるんだ。俺は戦えないし、お前はオーガみたいに凶暴なんだから。適材適所ってやつさ」
「あら、さっきの一発じゃ足りなかったようね。もう一発、逝っとく?」
「そうやってすぐ手を出そうとするあたり、まさにオー……じょ、冗談に決まってるだろ?」
慌てて弁解するユーリの姿に、アカネは思わずため息をこぼす。何というか、教師としても男しても、情けなさすぎではなかろうか。先ほど、無茶苦茶な理論で母を治療してくれた者と同一人物とは、とても思えない。というより思いたくない。
「そういえば、お前が俺にして欲しかったことって何だったんだ?」
薄暗い夜道で不意に尋ねられたユーリの質問に、アカネは思わず立ち止まった。
そうだ。ユーリをわざわざ屋敷に招いたのは、母の治療のためではない。
全く意識していなかったといえば嘘になるが、それでもやはり本来の目的とは違う。
「あんたには、私のトラウマ治療に協力してほしいの」
母の火傷が治り、過去の事件を想起させるようなものはなくなった。
しかし、それで全てが解決したというわけではない。魔法は相変わらず使えないままだ。
このままでは本当の意味での解決とは言えない。それに何より、他ならぬアカネ自身が魔法を使いたいと心から願っていた。
「トラウマ治療の協力ぅ? 馬鹿言え、そういうのは俺みたいな回復術士のやるこっちゃない!」
「なっ!? 回復術士とかいう以前に、あんた教師でしょ!? それなら生徒の悩みを一緒に解決するのが義務ってもんでしょうが!!」
「義務なんて知るか!」
「あんたがそれ言う!?」
「いや、協力ったって何すればいいんだよ。回復魔法はトラウマを治せるような便利なもんじゃねーぞ? 美人を脱がすのとはワケが違うんだからな?」
回復魔法をそんな使い方するのはお前だけだよ! というツッコミを必死に耐える。これ以上、ユーリのペースに巻き込まれては話が終わりそうにない。
「あんたにトラウマを治してもらおうなんてハナから考えてないわ。私はただ、あんたに回復術士として治療してもらえれば、それでいいのよ」
「治療? それがどうしてトラウマ治療の協力になるんだ?」
「あんたも知っての通り、私は魔法が使えないわ。でも、厳密にいえば『魔法が使えない』ってのは間違い。正確には、魔法の発動が上手くできないの」
「……言ってる意味がよく分からんのだが?」
「つまり、魔法自体は使えるのよ。ただ、上手くコントロールが出来なくて毎回暴発しちゃうから危ないってこと。そのせいで今まで何度も火傷してるし……」
「初っ端から火属性の魔法で試そうとするから火傷なんてするんだろ? 慣れるまでは大人しく怪我しないような魔法で試せよ」
「それは嫌。私は、炎使いなのよ」
あまりに真剣な様子でアカネが言うので、さすがのユーリもそれ以上は何も言えない。
恐らくそこが、アカネなりの絶対に譲れないポイントなのだろう。
「だからあんたには、私が火傷した時に治療してもらいたいの。あんたなら何の気兼ねもなく、何度だって治療を頼めるからね。そ、それに…………綺麗に治してくれそうだし」
後半やけに尻すぼみになっていくアカネだったが、とりあえず言いたいことは伝わったはずだ。あとはユーリの返事次第なのだが……。
「断る!」
「なっ!? ど、どうしてよ。治療ならあんたの仕事の範疇のはずでしょ!?」
「どうしてか俺が断るのか教えてほしいか。それはな────めんどくさいからだ!!」
「…………」
ユーリの言葉に、護身用にと腰にぶら下げていた模擬剣を抜くアカネ。
「ここは人通りも少ないし、誰かに見られる可能性も低そうね…………ね?」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着くんだ。は、話せば分かる」
「いいじゃない、ちょっとくらい斬られても。それに、怪我したら自分で治せばいいじゃない」
らしくない微笑を浮かべながら、ゆらゆらと近付いてくるアカネに、ユーリはじりじり後退る。しかしすぐに壁際まで追いつめられてしまい、遂に成敗されるかと思いきや──。
「ち、違うんだ! 俺はどうせ一か月後には学園からいなくなる予定なんだよ!」
ユーリの最後の悪あがきに、振り下ろされていた模擬剣が残り数センチのところで止められる。どうやらユーリの一言は、本人も予想外の衝撃をアカネに与えたらしい。
「ど、どういうことよっ。何であんたが学園からいなくなるわけ!?」
「お、俺にキレられても困るぞ。何でも、新任挨拶が酷すぎたとかで、こわーい女教師にいちゃもん付けられてな。まあ美人だったから、ついスカートを捲ったりしてたら『一か月後の役員会でクビにしてやる』って」
「どう考えてもあんたのせいじゃないッ!!!」
しかし、これは困ったことになった。アカネにとってみれば、ユーリはトラウマ治療のために必要不可欠な存在だ。もし学園から去るなどということになれば、次にいつチャンスが巡ってくるか分からない。
「……分かったわ。私が、あんたがクビにならないように協力してあげる。だからあんたは、私が魔法を使えるように協力しなさい!」
「うーん……。別に、クビになったらなったで困るわけでもないからな。というか、あの学園って基本的に凶暴な奴しかいないじゃん。確かに見た目は良いけど、この際、他にいい場所を探すのもアリな気がするんだよなぁ」
アカネの渾身の提案も、しかしユーリを繋ぎ止めるだけの力はなかったらしい。
こうなったら、残された手段はもう一つしかない。アカネは覚悟を決めた。
「ち、治療してもらう時は制服を脱ぐ、って言ったら……?」
「…………」
アカネの問いに対して、ユーリは無言の状態を貫いている。
やっぱりこんな条件で釣られるわけがないか……とアカネが諦めかけた時、ガッと肩を掴まれる。顔をあげると、そこにはこれ以上ないくらい前のめりなユーリが息を荒くしていた。
「初回のトラウマ治療はいつだ!? 明日か!? 明日でいいよな!?」
とても聖職者とは思えない行動原理に、ユーリはこれからの日々に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
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