3.制服は脱げよ。話はそれからだ
「あぁ~暇だぁ~」
学園長室での一件がとりあえず済み、校舎内の簡単な案内と仕事の説明を受けたユーリは今、これから担当することになる「保健室」とやらで一人ぼーっと過ごしていた。
説明では休み時間の度に生徒の誰かしらが訪ねてくるだろうということだったのだが、既に二回の休み時間を迎えたにも拘わらず、保健室を訪れた生徒の数は驚異の0人である。
つまるところ──暇なのである。
こんな状況になってしまったのも恐らく先日の挨拶が原因だろうが、ユーリ本人に後悔している様子などは見受けられない。
しかし、こうも誰も訪ねてこないとなると、ユーリとしても本意ではない。
本来なら「何の仕事もせずに給料がもらえるなんてラッキー」となりそうなところではあるが、今回の仕事を引き受けるにあたって、ユーリが一番の目的としていたのは金銭ではない。美少女との触れ合いである。
シリウス女学園には初等部から高等部まであるが、ユーリの狙いは言わずもがな、高等部だ。
基本的に子供には興味がないユーリだが、最近の少女の発育はなかなか侮れないものがある。高等部ともなれば、十分に成長していると言ってもいいだろう。事実、一般的な結婚適齢期と言われているのが16~20までの間だ。
ユーリの予定としては、既に高等部の少女を何人か脱がしているはずだったのだが、初日からこの有様では今後に期待するのも難しいだろう。
「うーん。待っていても仕方ないし、自分から治療しに行ってみるか。この学園なら怪我人には事欠かないだろうし。保健室の出張サービスってのも案外悪くないんじゃ────」
「──回復術士が保健室を離れてどうするのよ」
我ながらグッドアイデアだとテンションをあげるユーリの言葉を遮ったのは、先日共に(?)侵入者を撃退したアカネだった。
思わぬ来客に目を丸くするユーリ。加えて、今は授業中だ。
「こんな時間にどうしたんだ? 授業で怪我でもしたのか?」
「ただのサボリよ」
「なんだ、ただのサボリか…………ってサボっちゃだめだろっ。まあ、俺としては別にどっちでもいいんだが」
まさかのカミングアウトに一瞬遅れて反応するユーリ。教師としては注意すべき場面なのかもしれないが、教師としての自覚もないユーリにとっては誰がどの時間に訪れようが関係ない。大事なのは美少女か否かという点だけである。その点で言えばアカネは少々攻撃的すぎるところはあるものの、十分に合格と言えるだろう。
「ちなみに何の授業をサボったんだ?」
「……ま、魔法実技」
「魔法実技ぃ? 相変わらず恐ろしい授業があるんだな、ここは」
侵入者と間違えられて何度も魔法をぶつけられそうになった記憶が蘇り、ユーリは思わず身震いする。
しかしそこでふと、一つ違和感を覚えた。
「それにしても、魔法とはいえ実技の授業をサボるとは意外だな。この前なんか一人で特訓してたのに、調子でも悪いのか? もしそうなら診察してやるぞ」
もちろん制服は脱いでもらうがな、とぐへへ顔のユーリだったが、どういうわけかアカネの反応が芳しくない。以前のアカネならばここで鉄拳制裁が加えられそうなものだが、今日は何やら大人しい。というより、何かに迷っているような素振りだ。
「そういえばこの前も魔法は使ってなかったな。もしかして、魔法が苦手なのか?」
「……得意、ではないわね」
「まあ、魔法が全てってわけじゃないからな。そもそもこの学園は魔法士を目指す奴がいれば、騎士を目指す奴もいるんだろ。詳しいことは分からんが、お前は剣の腕も良いみたいだし、別に魔法が苦手だからって恥じる必要はないんじゃないか?」
「………………」
ユーリとしては珍しく的確なフォローをしたつもりだったのだが、アカネの表情は曇ったままだ。
そして何やら躊躇するような素振りを見せたり、考え直すように首を左右に振ったりを何度か繰り返した後、何かを決心したように口を開く。
「せ、せんせ…………ユーリって、優秀な回復術士なのよね……?」
「その通ぉーりっ! 俺に治せないものはない!」
「そ、それは心強いわね。じゃ、じゃあそんなユーリに一つだけ頼みたいことがあるんだけど……」
「治療なら任せろっ。ただし、制服は脱げよ。話はそれからだ」
ユーリのセクハラ発言のせいか、再び躊躇するような素振りを一瞬だけ見せたアカネだったが、どうやら遂に覚悟を決めたらしい。赤い瞳がユーリを射抜く。
「わ、私を────魔法使いにしてほしいのっ!!」
「────はい?」
アカネの言葉に、ユーリが珍しくきょとんとした顔をしている。
「魔法使いって……魔法士になりたいってことか?」
「そ、そういうことになるわね」
「いや、だったら魔法実技の授業に出ろよ」
「それは……そうなんだけど…………」
尤もな指摘に言葉を詰まらせるアカネだったが、何やら事情があるのは誰の目から見ても明らかだった。
「わ、私、魔法の才能が全くないってわけじゃないの。むしろ昔は、将来を有望視されてたくらいで。でも今は、魔法がうまく使えなくて……」
「うーん……? 黒魔法で一時的に魔法を使えなくするような類の呪いがあったような気もするが、見たところ呪いをかけられてる感じはしないしなぁ。しかし、それ以外で後天的に魔法が使えなくなるなんて病気は聞いたことがないぞ」
「そ、そういうのじゃないの。原因はもっと別にあるの。でも、それを解決するには、あんたの力が必要なのよ」
どういうことだ──とユーリが尋ねようとしたタイミングで、間が悪いことに授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「詳しい話をしたいから、放課後、ウチに来てくれないかしら。もちろん夕食くらいは御馳走させてもらうわ」
「はあ? なんで俺がそんな面倒なことをせにゃならんのだ」
「別に良いじゃない、それくらい。どうせ暇でしょ?」
「勤務時間外まで生徒と関わるなんて御免だね。それに俺はこう見えて忙しいんだ」
「そんなに忙しいの?」
「あぁ、忙しいね」
ユーリは「繁華街で美人をナンパ」という今夜の予定を想像し、顔をだらしなくニヤつかせる。とても教師とは思えない下品な顔だ。幸い、アカネはそれに気付かなかったらしく、残念そうに顔を俯ける。
「そう……。ウチってあまりお客さんとかが来ないから、夕食に来てくれたらお母様も喜んでくれると思ったんだけど──」
「────ちょぉぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!!! ……………………お前のお母さんって、美人?」
「えぇ、美人だと思うわ。身内だからあまりピンとは来ないけど」
「…………因みに、夕食ってお父様は」
「……お父様はいないわ。私が小さい頃に亡くなってるの」
「………………み」
「あっ、でも別にあんたが気にする必要はないからね。実際かなり昔の話だし──」
「────未亡人キタぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ」
唐突に叫び声をあげるユーリに、ぎょっとするアカネ。
てっきり気を遣ってくれているのかと思ったが、どうやらユーリを買いかぶり過ぎていたらしい。冷静に考えれば、確かにそんなことを気にするタイプではなかった。
にしても、テンションの上がり方が凄い。椅子が後ろに倒れるのも厭わない勢いで立ち上がり、未だ奇声を上げ続けている。ドン引きである。
「はっ、こうしちゃおれん! すぐに今夜のディナーに向けてのドレスアップの用意をしなくてはっ!!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 保健室はどうするのよ!?」
「どうせ誰も来やしねーよ! それじゃあ、放課後に校門のところで集合なっ!」
そう言って保健室から勢いよく飛び出していくユーリの後ろ姿を見送りながら、アカネは早くも自分の選択を後悔せずにはいられなかった。
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