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2.戦うのは俺の仕事じゃない



 侵入者騒動も一段落して、生徒たちは今、式典ホールに集まっていた。

 これまでにも何度か似たような騒動はあったが、今回のように緊急集会が開かれるのは初めてだ。


「初等部の子が侵入者に連れ去られたってホント?」


「私は、生徒が加減を間違えて侵入者を瀕死の状態まで追いやったって聞いたけど」


 様々な憶測が生徒間で飛び交う中、学園長のグリム・ランドリッヒが壇上にあがる。

 過去の英雄として今なお多大な尊敬を集めるグリムの登場に、生徒たちは緊張の色を強める。


 しかし、グリムに連れられて現れたもう一人の登壇者を見て、生徒だけでなく教師陣までもがざわめき始めた。


「皆さん、こんにちは。本日、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。当学園の新しい先生を紹介するためです」


 拡声器を通して告げられた学園長の言葉に一層強くなる会場のざわめきは、次の一言で最高潮に達した。


()が、この度お招きした新しい回復術士の先生です」


 それは、グリムの言う新任教師というのが「男」であることを明確に宣言した瞬間だった。


 その事実に困惑する者、興奮する者、忌避感を露にする者、目立った反応を見せない者。

 反応は様々だったが、拡声器が男の手に渡ると、会場は不思議と静まり返った。

 皆、学園史上初となる男の教師がどんな人物なのか見定めようと躍起になっているのだ。


「あー……紹介に預かった、回復術士のユーリだ」


 しかし、ユーリと名乗った男からはどうにも覇気が感じられないし、やる気も感じられない。

 栄えある一人目の男の教師にしては些か役不足なのでは、という第一印象を抱かずにはいられなかった。


「早速だが俺は今日、死ぬほど散々な目に遭った。侵入者と間違えられて斬られそうになったり、焼かれそうになったり、潰されそうになったり、串刺しにされそうになったり。挙句の果てに、本物の侵入者たちからも襲われて、本当に酷い一日だった」


 ユーリの言葉に何人かの生徒は心当たりがあったのか、気まずそうな表情を浮かべる。


「俺としてはこんな物騒な職場で働くなんて絶対に御免だったんだが、合法的に美少女の服を脱がせられることを考えたら、案外悪くないのかもしれない……なんて思い始めたところだ」


 その一言で会場の空気が凍り付いたのは言うまでもないだろう。


 皆が皆、自分の耳を疑わずにはいられなかった。

 まさかこんな大事な場面で、そんなセクハラまがいの発言が飛び出るわけがない。冗談にしたって酷すぎる。


 あわよくば聞き間違いであって欲しいところだが、周りを見渡せば皆同じように困惑の表情を浮かべている。

 ユーリの隣に立っているグリムに関しては、諦めたような表情でどこか遠くを見つめている。


「何はともあれ、怪我したらまず俺のとこに来い。治療はもちろん、全身マッサージのサービス付きだ」





「納得できません!」


 学園長室。普段はほとんど誰も寄り付かない静かな場所に、今日は珍しく大きな声が響いていた。


 声の主である女教師、マフユは氷魔法を得意とする魔法士だ。

 薄氷色の髪に、雪のように白い肌。切れ長の瞳に落ち着いた雰囲気で、常に冷静さを欠かない彼女は、優秀な教師としてだけでなく大人の女性としても人気が高い。


 そんな彼女がこんなにも感情を表に出しているのは、やはり昨日の一件が原因だろう。


 学園始まって以来の男性教師として赴任してきた回復術士、ユーリ。


 シリウス女学園は本来、男子禁制の乙女の花園。そこに男の教師が赴任してくるということ自体、異例中の異例だ。

 しかも、今回の人事はすべて学園長による独断で行われたものであるというのだから、反発も少なくない。マフユもその一人だった。


 ただし、マフユは他の者のように全てを否定しているわけではない。


 回復術士を雇うことのメリットは十分に理解できたし、敬愛してやまない学園長の人選ならば男といえど間違いない────はずだった。


 しかし、現れたのは公然とセクハラ発言を繰り返すような変態教師。いくらマフユとて看過することは出来なかった。

 

「どうしてあんな男を雇ったんですか!?」


「もちろん回復術士としての腕を見込んでのことですよ。確かに彼は人格的にすこし問題があるかもしれませんが、回復術士としての腕だけは本物ですから」


「優秀な回復術士なら既に何人かの候補を擁立していたはずです! そこまで彼に固執する必要性は感じられません!」


 マフユの発言は尤もだ。

 正式な回復術士の不在については、学園の優先事項として役員会でも幾度となく話されてきた。


 確かに、回復術士は稀少な存在だ。供給の割に、需要も多い。

 だが、由緒ある女学園が本気で探して、それでも見つからないという程の稀少性もない。

 時間はかかったが、学園側のもうけた基準値を満たす優秀な回復術士を数名見つけることに成功していた。もちろん、全員女だ。


 そんな彼女らを蹴ってまで、あんな男を選ぶ理由があるとは思えなかった。


「今回の人事を快く思っていないのは私たち教師陣だけじゃありません。生徒たちも皆、少なからず動揺しています。保護者たちから抗議の声が届くのも時間の問題ですよ!」


 今からでも遅くはない。即座に今回の人事を撤回すべきだ、とマフユは語尾を強めるが、学園長の意思は固いようで反応は芳しくない。

 それでも、このままではグリムの責任問題にもなりかねない状況で、マフユも退くわけにはいかなかった。


「……学園長を疑うわけではありませんが、彼は本当に優秀なんですか?」


「と、言いますと?」


「聞くところによれば、彼は戦えないそうですね。先日も危ないところを生徒に助けられたとか。この学園の教師になろうという人間がそんなていたらくで──」




「────それの何が問題なんだ?」


 マフユの言葉を遮ったのは、学園長ではなかった。


「ユ、ユーリ……」


 渦中の人物であるユーリが音もなく学園長室の入り口に佇んでいた。


 曇りのない白髪と白衣に身を包む姿だけ見れば、真っ当な聖職者に見えるのかもしれない。

 しかし、先日の発言を聞いた者からすれば、見た目なんてとても信用できない。不敵な笑みを浮かべるその表情もまた然りだ。


「何が問題、とはどういうことですか?」


「? そのまんまの意味だが?」


「……まさかとは思いますが、自分が戦えないことを全く問題視していないわけじゃありませんよね?」


「問題視する必要があるのか? 俺は回復術士だ。治療ならともかく、戦うのは俺の仕事じゃない」


「なっ!?」


 確かに回復術士というのは元来、その存在意義は「回復」にこそあり、戦闘はあまり得意としていない。それはマフユも承知している。

 しかし、それはあくまで得手不得手の話であって、全く戦えないこととは話が違う。ましてや生徒を守る義務がある教師のしていい発言ではない。


「あなたの回復術士としての腕前がどれほどのものなのかは知りませんが、初めからだれかに守ってもらう気しかないというのは怠慢ではないですか?」


「怠慢とは心外だな。俺は回復術士として貢献できるし、そんな俺が誰かに守ってもらうのは当然の権利──否、義務と言ってもいいね。むしろ俺がいなくなることの方が、世界の損害だ」


「……学園長、この男を一度治療院で診てもらうべきかと。主に頭を」


 やはりマフユには、一体どうしてこの男が選ばれたのか理解できそうにない。

 もしかしたら学園長はこの男に何か弱味でも握られているのではないだろうか、とマフユは冗談抜きで考えずにはいられなかった。


「そんなに怖い顔ばっかしてると、せっかくの美人が台無しだぜ? 性格もなかなかキツいみたいだし、それじゃあ恋人が可哀そうだ……って、案外誰とも付き合ったことがなかったりして」


「そ、そんなの貴方には関係のないことです!」


「あれぇ、もしかして図星だった? せっかくこんな可愛い下着を穿いてるのに勿体な~い」


「っ!?」


 何やら気色の悪い声がやたらと下の方から聞こえてきたかと思えば、いつの間にか移動していたらしいユーリが当然のようにスカートを捲っているという信じられない光景が目に飛び込んできた。


 慌てて飛びのくマフユ。咄嗟に放った得意の氷魔法が深々と床に突き刺さる。

 寸でのところ身を躱したユーリがぎょっとした表情を浮かべているが、マフユとしては確実に当たるようなもう一発をお見舞いしたいくらいだ。

 そうしないのは、この空間で一番の焦りを見せているのが他ならぬグリムだったからである。


 かつて、偉大な魔法士として人々の畏敬を集めたグリム。マフユが最も尊敬している魔法士といっても過言ではないだろう。

 そんなグリムが当たってもいない氷魔法に対して、これまで見たこともないような動揺を見せている。まるで心臓を握られているかのような動揺ぶりだ。

 それこそもし本当に魔法が当たっていたら……と考えると、思わずマフユは身震いせずにはいられなかった。


 しかし、今の反応から、どうやらグリムが本気でユーリを重要人物として学園に招いたらしいということが不幸にも分かってしまった。


「っ────!?」


 その時、またしてもいつの間にか近付いてきていたユーリが、マフユのお尻を撫でる。

 全身がぞわぞわという嫌な感覚に襲われるマフユに、ユーリは続けて胸にまで手を伸ばす。


 何とか我に返ったマフユが肘鉄を食らわすと、ゴッという鈍い音と共にユーリが床に投げ出される。

 これで多少は懲りたかと思いきや、ユーリは鼻血を垂らしながら満足そうなにやけ(・・・)顔をしている。変態だ。


「ぐふふっ。お胸はちょっと物足りないけど、お尻のラインはドストライクだっ」


 ……本当にどうして、学園長がこんな男をそんなに高く評価しているのか。訳が分からない。

 まったく反省している様子のないユーリに、マフユはこめかみを押さえながら肩をぷるぷる震わせる。普段の冷静沈着なマフユを知る者からすれば想像できない姿だ。


「次の役員会で貴方の進退を問います!! 精々、それまでの短い教師生活を楽しんでおいてくださいッ!!」


 まさに堪忍袋の緒が切れたといった雰囲気のマフユは、それだけ言い残すと、扉を壊しかねない勢いで学園長室から飛び出していった。

 

お読みいただき有難うございます。

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