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1.俺に治せないものはない

約二年ぶりの新作です。とりあえず物語が一段落するまでは毎日投稿頑張っていきたいと思います。


 回復術士の開祖が言った。

 回復魔法が人々を治すためにあるのだとしたら、回復術士はその発展のための礎でしかないのだ、と。


 大司教が言った。

 回復術士は特別な存在だ。それを世に知らしめるために回復魔法があるのだ、と。


 聖女が言った。

 私たち回復術士を最も必要としているのは患者であり、彼らを治したいという術士の想いに応えてくれるのが回復魔法なのだ、と。


 しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように、とある回復術士が言った。


 曰く、

「回復魔法は誰かを治すためにあるんじゃない。俺が美人を脱がせるためにあるんだよ」と。


 曰く、

「回復術士が特別な存在だぁ? テメーみたいな豚なんかより、美人の方がよっぽど特別だね」と。


 曰く、

「あー……そんなことより、おっぱい揉んでいい?」と。


 そんな彼に対して、ふざけるなと思う者も多いだろう。


 回復魔法の発展なくして一体誰が人々を怪我や病気から救うのか、と。

 回復術士の価値を軽んずるな、と。

 聖職者としての自覚が足りない、と。


 だが、誰一人として、聖職者としての彼を否定することはできなかった。


 なぜなら、彼こそが全ての回復術士の中で最も特別な存在だったのだ。


 それを知らぬ者がかつて、彼を糾弾したことがある。

 貴様のような変態が聖職者であっていいはずがない。お前に治せる患者が果たして本当にいるのか、と。


 その問いに、彼は不敵に笑って答えたという。




「俺に治せないものはない。もし治せないとしたら、そいつはもう死んでいる」と。



 ◆



 由緒あるシリウス女学園。

 その裏庭でひとり、鍛錬に励む赤髪の少女がいた。


 彼女の名は、アカネ・レナード。名家の娘だ。


 可憐な見た目とは裏腹に、決して軽くはない模擬剣を容易く振り回せるだけの実力。その一挙一動は見るからに洗練されており、日々の絶え間ない努力が垣間見えた。


「……ふぅ。さすがにちょっと疲れてきたわね」


 しばらくして、アカネは木陰に腰を下ろす。用意しておいたタオルで額に滲む汗を拭きとると、軽く水分補給も済ませる。

 少し休憩したら、また鍛錬を再開しよう。そう思っていた矢先の出来事だった。


『ウゥゥゥゥゥゥゥ────────ッ!!!!』


 突如、警報が裏庭に鳴り響いた。

 続くアナウンスによれば、どうやら敷地内に侵入者が現れたらしい。


 シリウス女学園の警備はザルではない。

 アカネのような貴族の息女を何人も預かっている以上、警備システム自体はむしろ強固なはずだ。


 それを突破してくるということは、侵入者が相応の手練れであることに他ならない。

 そんな彼らからすれば、温室育ちの女子生徒なんて恰好の獲物だろう。


 しかし、警報を聞いたはずのアカネの表情には焦りは見えない。

 それどころか何食わぬ顔で立ち上がったかと思えば、避難もせずに鍛錬を再開し始めた。


 異常な光景だと、早く避難すべきだと思う者もいるだろう。

 だが、少なくともアカネにとって──否、この学園の生徒にとっては、それが当然の反応だった。


 そもそも、一介の女子生徒であるはずのアカネが易々と模擬剣を振り回している時点でおかしいことに気付くべきだ。

 ここ、シリウス女学園は、学業や芸事を嗜むだけのか弱い(・・・)少女たちが集うような場所ではない。自らで戦う術を持つ「騎士」や「魔法士」を志す者のための、育成機関なのだ。


 いかに少女といえど、現時点で十分に戦力となり得るだけの実力を持った者も少なくない。それどころか、中には本職顔負けの実力者さえいる。

 そんな彼女たちからしてみれば、たかが侵入者などていのいい実践相手でしかないのだ。

 更に付け足すと、学園の教師陣に関しては国内でも指折りの実力者たちが揃っているので、万が一の場合も抜かりはない。


 最早、シリウス女学園そのものが、一つの要塞と化しているといっても過言ではなかった。


 それを思えば、アカネの反応も頷ける。


 今の時点で警報が鳴ったということは、侵入者は遠からず少女の皮を被った兵士たちに袋叩きにされる可能性が高い。運よく女子生徒たちの包囲網を逃れたとしても、その先にはもっと恐ろしい教師たちが待ち構えている。

 敷地内でも僻地に位置する場所で鍛錬しているアカネの下には、まず辿り着くことはない────はずだった。



「や、やっと撒いたか……。な、何なんだここは。まじで死ぬかと思ったぞ……」



 しかしその時、ガサゴソと茂みを掻き分けながら現れたのは、この学園にいるはずのない「男」だった。

 泥や落ち葉で汚れた黒コート。フードを深く被っていて顔は見えないが、その背格好と野太い声は間違えようがない。男だ。


「人を見るたび襲い掛かってくるなんて一体どんな教育を受けてんだ。こちとらお嬢様学校って聞いたから、この仕事を引き受けたんだぞッ」


 予想外の展開に驚きを禁じ得ないアカネ。だが状況から考えて、この男が件の侵入者なのだろう。その恰好からしても、見るからに怪しい。

 一体どうやってこんな場所までたどり着いたのかは不明だが、今のところアカネの存在に気付いている様子はない。今この瞬間に奇襲をしかければ、高確率で優位な状況を作り出すことができるだろう。


「…………」


 しかし、アカネはそうしなかった。

 なぜなら、目の前でボヤいている男があまりに無防備すぎたのだ。かと言って、罠を張り巡らせているような感じがあるわけでもない。単に、覇気がまったく感じられないのだ。


「ちょっと、そこのあんた」


 まるで初等部の子供たちを相手にしているかのような緊迫感の無さに、アカネは自分の優位性を捨てることも顧みずに声をかけた。


 途端、ビクッと顔をあげた男はその視界にアカネを捉えると、見るからに顔を顰める。慌てて踵を返そうとするが、それを見逃してやるほど甘くはない。


「逃げたら斬るわよ」


 低い声でそう威圧すると、案の定、男は借りてきた猫のように大人しくなった。


 やはり、男にはどういうわけか戦う気が全くないらしい。とはいえ、男が侵入者である可能性が高いことも事実。

 アカネは切っ先をちらつかせながら、油断なく男に近付く。


「あんた、ここがどこだか知ってる?」


「……シリウス女学園だろ」


「あら、ちゃんと知ってるんじゃない。ならどうして、その女学園の敷地内にあんたみたいなのがいるのかしら」


「どうしてって、ここの学園長に呼び出されたんだよ」


「学園長に? どうして?」




「教師になるためだよ。俺は今日からここで働くことになってるんだ」




「…………は?」


 男の答えに、アカネは柄にもなく目を丸くした。


「あんたねぇ……。何も知らないみたいだから教えてあげるけど、シリウス女学園は創設以来、生徒から教師、ひいては運営まで全ての席を女性が占めてきたの。男の教師なんて、嘘をつくにしても、もう少しまともなのは無かったわけ?」


「嘘じゃねーよっ! ここの学園長があまりにしつこいから、仕方なく来てやったんだ。最初からこんな危ない場所だって知ってたら絶対断ってたのに!」


「……ふーん。あくまでシラを切ろうってわけね」


 それまでの比較的柔らかい雰囲気から一変して、アカネの目が鋭く細められる。

 その変化は当然男にも伝わったようで、敵意がないことを示すためか両手を高くあげる。


「う、嘘じゃない! 信じてくれ! 手続きだって、ちゃんと正門のところで済ませてある!」


「もしそれが本当なら、そもそも警報は鳴らないわ。侵入者がいるっていう確かな情報があったから、警報が鳴ったのよ。それでもまだ認めないつもりなら、あんた以外の侵入者をこの場に連れてくるのね」


「んな無茶な────あぁッ!?」


 何とも情けない声をだす男に呆れるアカネだったが、不意に訪れた嫌な予感に、咄嗟に男を強く突き飛ばす。

 次の瞬間、ちょうど今まで男が立っていた場所に鋭く尖った氷の刃が数本突き刺さった。


「…………まさか、本当に別の侵入者がいたとはね」


 そう呟くアカネの視線の先には、これまで話していた緊迫感の欠けた男ではなく、見るからに野蛮そうな男が三人立っていた。どうやらこちらが本物の侵入者らしい。


「おいおい、どういうことだぁ? ここには女しかいないんじゃなかったのか?」


「さあね。私もちょっと自信がなくなってきたところよ」


「なんだぁ? てめーら、知り合いじゃねえのかよ」


「冗談やめて。こんなのと知り合いなわけがないでしょ。あんたの目ん玉、ビー玉か何かで出来てるんじゃない?」


 未だに地面に転がっている男を尻目に、アカネはこの状況をどう打開するか考えを巡らせていた。


 恐らく数多くの生徒たちから攻撃を受けながら、ここまでやって来たのだろう。侵入者の内、二人は手負いだった。

 しかし、いくら手負いとはいえ、相手は生徒の包囲網を抜け出せるだけの実力者が三人。このままではアカネに勝ち目がないことは明らかだった。


 せめてどこかのタイミングで隙をつければ──。


 アカネがそう思っていた時、地面に転がっていた男がふらふらと立ち上がる。


「おいお前らッ!! お前らのせいで俺は侵入者と勘違いされて酷い目にあったんだぞ!! もし何かの間違いで俺が死んだりでもしたら、どう責任取るつもりだったんだ!! 女だらけの学園に憧れを抱くのは構わんが、もう少しタイミングを考えろクソがッ!!」


 可哀そうなことに、この男には今の危機的状況が微塵も理解できていないらしい。

 あまりの言いたい放題っぷりに、本物の侵入者たちも面食らっている。


 それは図らずも、アカネにとっての好機となった。


「なッ!?」


 全ての迷いを捨てて敵の懐に潜り込んだアカネが一番最初に狙ったのは──魔法士。先ほど氷の刃を放ってきた男だ。

 男は驚きに目を見開いているが、もう遅い。そこは既にアカネの間合いだ。


 一閃。


 最速で一人を仕留めたアカネは、勢いを殺すことなく次のステップを踏む。


「この野郎──ッ!!」


 仲間をやられ激情に駆られた一人が剣を大きく振りかぶるが、そんな直情的な攻撃が当たるほど、アカネの動きは鈍くない。

 頭上から迫る凶刃をわずかに身体の位置をズラしただけで躱してみせると、剣の柄で相手の鳩尾を抉る。男は短い呻き声と共に、力無く地面に倒れた。


「……これで、残りはあんただけよ」


 あっという間に侵入者二人を片付けてしまったアカネだが、その目に油断の色はない。

 冷静に距離を取り、最後の一人を窺う。


 残ったのは、他二人とは明らかに風格が違い、三人の中で唯一無傷だった男だ。

 既に仲間二人がやられているにも関わらず、動じた様子が全くない。むしろ余裕の笑みさえ浮かべている。

 相当な手練れであることは察するに容易い。恐らくは侵入者グループにとってのリーダー的存在なのだろう。


 しかし、今はそんなことどうでもいい。目の前の敵に集中しなければ、活路はない。


「…………」


 互いに睨み合い、膠着状態が続く。

 あくまで学生の域を出ないアカネにとっては、未だかつて経験したことのない凄まじい緊張感だ。


 だが、そんな空気感を台無しにする者がいた。


「いいぞ赤髪! その調子で最後の一人もぶっ飛ばしてやれーッ!」


 相変わらず緊迫感のない野次を飛ばしてくる男に、アカネはつい視線を向ける。

 なんと男はこの状況で嬉しそうに手まで振っているではないか。呆れて物も言えない。

 アカネが溜息をこぼしながら視線を元に戻した先には────誰もいなかった。


「──ッ!?」


 咄嗟に飛び退くアカネ。その瞬間、視界の端で剣が奔り、同時に鋭い痛みを感じた。


 アカネは自分の油断を呪わずにはいられなかった。

 そして今すぐ下らない野次を飛ばしてきた男をぶん殴りに行きたかったが、非常に残念ながら今はそれどころではない。


 身体を見下ろすと、制服が見事に一筋やられている。それだけならまだしも、痛みと共に血が滲んでくる。どうやら剣先が肌を掠めてしまったらしい。

 とはいえ、最悪の事態もあり得た中で、これだけの傷で済んだことの方がむしろ幸運だったのかもしれない。


 アカネは腹部の痛みに耐えながら、再び模擬剣を構える。

 傷を負ってしまった以上、長期戦は望ましくない。攻撃に転じなければ勝機はないだろう。


「はぁ──ッ!!」


 地面を強く蹴り、最高速度で相手との距離を詰める。その勢いのまま渾身の一撃をぶつけるが、男はそれを容易く受け止める。

 先ほどはうまく相手の虚を突いたが、正面からの打ち合いとなると話は変わってくる。ましてやアカネは手負いだ。


 その後も繰り返し攻撃を仕掛けるアカネだったが、やはりすべての攻撃を捌かれてしまった。


 次第に、アカネの息があがり始めた。制服に滲む血の跡も徐々に広がっている。

 そして遂に、これまで防御に集中していた男が攻撃に転じてきた。


「っ──!!」


 もはや立っているのもやっとの状態なアカネに、男の攻撃に耐えるだけの力は残っているはずもない。数回の攻防の末、アカネはあっさりと吹き飛ばされてしまった。


 地面を転がる衝撃に顔を歪めながら、更なる追撃に備える。しかし、いつまで経っても追撃を仕掛けてくる気配がない。

 一体どうしたのかと顔をあげてみて、その理由がようやく分かった。


 吹き飛ばされた先に、ちょうど黒コートの男がいたのだ。


 現状において最も場違いで、最も謎な存在。それがこの男だ。

 侵入者の男が追撃をやめて警戒してしまうのも無理はない。


「なあなあ。お前、あいつに負けそうなの?」


「っ!? そ、そんなのあんたには関係ないことでしょ!」


「いや、関係なくはないだろう。お前が負けたら、次は俺が襲われるかもしれない」


「なっ!? この期に及んで自分の心配してるわけッ!?」


「ダメなのか?」


「そ、そんなに私が負けて困るんなら、あんたも少しくらい加勢しなさいよ!」


 尤もすぎるアカネの意見に、しかし男は心底不思議そうに首を傾げた。


「俺、戦えないぞ? 剣なんて持ったこともないしな」


「!?」


 唐突に衝撃的事実を告げる男に、アカネは開いた口が塞がらない。

 戦力になるなんて毛ほども期待していなかったが、まさかそこまでとは思わなかった。冗談抜きで、初等部の生徒の方がまだ戦力になるかもしれない。


 更に酷いのは、この男が自分の無力さを全く問題視している様子がないということだ。

 その口ぶりはまるで「守ってもらうのは当然だ!」と言わんばかりである。


「気が散るからどっか行ってて! それなら私が負けても構わないでしょ!」


「そんなわけあるか!」


「え……」


「もし他の奴らに見つかって、また侵入者と勘違いされたらどうするんだ!」


「……いっそ私が息の根を止めてやろうかしら」


 一瞬でも期待してしまったことを、アカネは深く後悔した。


 だが、お喋りもここまでのようだ。侵入者の男が戦闘態勢に入っている。

 言外に、今ならば奇襲する必要もないと言われているようだった。


「……傷さえなければ」


 侵入者の男は確かに手練れだったが、雲の上の存在という程でもなかった。

 万全の状態なら、実力自体は恐らく拮抗していただろう。だからこそ余計に歯痒いのだ。


 すべては、自分の油断が招いたこと。今更どう足掻いたところで、時間は巻き戻らない。

 そんなことは分かっている。それでも尚、思わずにはいられなかった。


 傷さえなければ──と。




「服を脱げ」




 今しがた自ら戦力外であることを明かした男の言葉に、アカネは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 まさかこんな緊迫した状況で、そんなことを言われるとは思うまい。


 だが、呆けるアカネの目の前にやって来た男は、慣れた手つきでブラウスのボタンを外していく。


「な、何するのよ!?」


 思わず払った手が、男のフードに当たる。初めて露になった男の顔に、アカネはこんな時にも関わらず、目を奪われてしまった。


 一点の曇りもない真白色。純白の髪に陽の光が当たって、幻想的な雰囲気さえ感じられた。


「ジッとしてろ。治してやる」


「っ!? あんた、回復魔法が使えるの……!?」


 回復魔法。先天的な才能に大きく左右される魔法で、術者の数が極端に少ないことで広く知られている。

 少なくともこんな場所に偶然居合わせるような存在じゃないことだけは確かだ。


 しかし、男の表情はいたって真剣だった。冗談を言っているようには見えない。

 目の前の傷を治したいという気持ちが強く表れていた。


「こ、これくらいで十分でしょ」


 アカネにとって、それは藁にも縋る思いだった。

 頬を朱に染めながら、ブラウスを胸の下あたりまではだけさせる。


 男の指先が、肌にそっと触れる。

 粗野な言動とは裏腹に、その手つきはまるで大切な宝物に触れるかのような繊細さだ。


 表情も真剣そのもので……否、心なし鼻の下が伸びているように見えるのは気のせいだろうか。


「やっぱり若いからか肌がぷにぷにしてるな~。はぁ~気持ちいい~」


「…………」


 いっそ侵入者よりも先に成敗してやろうか、とアカネが本気で考え始めた時だった。


 アカネの身体に触れる男の手がふいに光り始める。


 その光はとても温かく、心地いい。羞恥心も忘れて、思わず身体を預けてしまいそうになる。


 徐々に大きくなる光はアカネの身体を包み込むだけに留まらず、ワインがグラスから溢れるように流れていく。


 それは、アカネがこれまで見てきたどんな景色より美しく、神秘的だった。


 時間にして、僅か数秒と言ったところだろうか。

 光は名残惜しくも粒子となって消えていった。




 ぷにぷに。

 ぷにぷにぷにぷに。

 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。

 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。

 ぷにぷにぷに………………ぷに。


「いつまで触れば気が済むのよッ!」


 自分の腹部を揉み続ける男の手を慌ててはたき落としたアカネは、そこで違和感に気付いた。


「ほ、ほんとに傷が治ってる」


 痛みも傷痕も全くない。まるで最初から傷なんて無かったかのような錯覚を覚えるほどの完璧な治療。術者の腕がいい何よりの証拠だ。


「何だよ、疑ってたのかぁ?」


「そ、そういうわけじゃないけど……。あんた、一体何者なの……?」


「俺はユーリ。今日からここで働く回復術士さ」


「なっ……!?」


 回復術士。回復魔法を主に扱う彼らは、その需要に反して、圧倒的に数が足りていない。

 かく言うシリウス女学園も、前任の回復術士が定年退職してから一年、後任が見つからない状態がずっと続いていた。


 専属の回復術士の有無は、学園の評価にも直結する。

 学園長直々にスカウトしたという話も、あながち嘘ではないのかもしれない。


「さあ、傷は治してやったぞ。次はお前の番だ」


「な、何の話よ」


「寝ぼけてんのか? あいつを倒すんだろ?」


「っ!」


 ユーリの言葉に、アカネはハッとした。

 すっかり侵入者の存在を忘れてしまっていたが、これまで攻撃を仕掛けられなかったのは運が良かったとしか言いようがない。


「この俺が治療してやったんだ。まさか負けるなんてことはないよな? あいつを倒して、ちゃんと俺を守ってくれよ?」


 この期に及んで自分の心配とは、一体どんな神経をしているのだろう。


 それに、簡単に言ってくれるが相手は手練れだ。

 万全の状態なら──とは思っていたが、必ず勝てると断言できるほど自惚れてもいない。


 しかし、どうしてだろう。アカネは不思議と負ける気がしなかった。


「当然よ。あいつを倒して、あんたを守ってあげるわ」


 そう断言するアカネの表情には、どこかの回復術士のような不敵な笑みが浮かんでいた。



お読みいただき有難うございます。

もし、この作品が「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマや評価等を頂けると幸いです。毎日更新の励みにもなりますので、是非お願いしますm(__)m

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