「青い少女、赤い世界」3
ノースリーブの白ワンピースに色の薄いスキニージーンズを履く女は二階の私に視線を合わせてきた。
「あら、いたの?ちょっと手伝って」
鼈甲の黒縁眼鏡をかけた幸の薄そうな女。
黒のキャリーケースを携えて家に入って、基帰ってきたのは私の姉の静恵である。深い森を思わせる静かな声は名前の通りである。
重そうに荷物を室内へ運び込む姉を視界の端でとらえつつ、これ見よがしに渋い顔を張り付けてギシギシと音をたててゆっくりと階段を降りてやる。
妹である私を下女か何かと勘違いしているらしい姉に対する細やかなる抗議だ。
聞く耳持たずの姉には効かないのだろうが、幾分か気分は晴れる。
嫌々持ち上げてみると、人の死体でも入っているんじゃないかと思うくらい荷物が重い。
ただの田舎帰りの荷物が何故こんなに重くなる。こんなちょっとした用でも大荷物を用意するとは、ひょっとしなくとも内の姉は莫迦なのではないだろうか。
こんなものを私に持たせるなと半目で睨み付けてやる。
視界内に入っているにも拘らず反応がないのを見るに、どうやら私の姉は聞く耳持たずの頬被りのようだ。
「室外機動いてないからてっきりいないかと…」
ワンピースの胸元をつまんでひらひらしながらずかずかと我が家に上がり込む姉。ここは名前とは大違いで足音だけ聞けば、さながら遠雷を思わせる。
男の目がないのをいいことに、女らしさの欠片もない所作になっている。こっちが本当の姉だろう。
「…はぁ…。壊れたから」
「…壊れるって?………ああ…」
遠雷が止む。続いて呆れ返る声が聞こえる。
廊下から居間のスクラップになったエアコン、そして首と胴が離れた扇風機が見えたらしい。全く見逃してくれればいいものを。どうして悪戯の類いと言うものは、こうもめざとく見付かるようになっているんだか。
まぁ、エアコンと扇風機の同時スクラップが悪戯の範疇に入っているかは甚だ疑問だが。
「……あんたねぇ…また……。今度はあれ壊したの…?」
「…だったらなんなの……」
「………何で後先考えないの」
なにも私は後先を考えていない訳ではないのだが、生来考えた上での行動が裏目に出やすいきらいがある。
昨晩のあれは忌々しい小言の抵抗のつもりだったのだが、目の前に広がる状況が状況なだけに抗弁をしたところで徒労に終わるに違いない。この程度は長年の直感で分かる。
それを理解すると、途端に私の心の中から反論する気がみるみるうちに失せるのだ。
無駄なことに割く時間が勿体無い。
適当に事実を並べたてれば無難に事はすむだろう。
「……ママが苛つくことばっかり言うから、手近なものを明後日の方向に投げたの。そしたらその先にエアコンがあった。…これでいいでしょ」
「………そう。…にしてもあっついわね」
母親譲りの合いの手、小言付だ。
私を除いた我が家の女性は一々嫌味を言わねば生きられないのだろう。録でもない血筋だ。途絶えてしまえこんな家。
私はその括りに入れられたくないのでむすっとしながらも黙っている事にしよう。