「青い少女、赤い世界」2
一定感覚で揺れる視界に母親が入り込む。スマホ片手に階段を降りて居間に行こうとしているだけなのだが一体何の用だと言うのだろうか。二階に私以外がいる筈が無かろうものを。
必然だが、進行方向に動体があれば目で追いたくもなる。よって忌々しくも目が合った。
また面倒な会話を一つしなくてはならなくなったと思うと、常温放置した砂糖たっぷりの炭酸飲料並みにうんざりする。
「……何?」
「…ご飯は?」
食卓にレトルトかスーパーの惣菜しか出たことが無い癖によく言う。
母親なら手料理の一つでも娘に教えてほしいものだが。まるで料理をしないうちの母には荷が重かろう。まぁ、そんな機会があったとしてもこちらから願い下げなのだが。
「………食べに降りてきたんでしょ…。そんなのいちいち訊かなくていいから」
「………」
「って言うかそこ邪魔なんだけど。退いて」
「…はぁ…。勉強もしないで下らない事ばっかりやってるからこんなにふてぶてしくなったんだろうね。少しは真面目になろうとは思わないのかしら」
「………」
自分で私を生んで育てておいて、よくもまあそんな事を言えるものだ。全く録でもない母親を持ったものだと思う。生まれる親を選べればどれだけ幸せか。しかし、そう簡単に世界の法則は変わってはくれないらしい。
言いたいだけ言って母親はパートに出掛けていった。朝から娘にあたり散らかして一体何がしたいのだろうか。
物理的な暴力が無くとも、精神的な家庭内暴力の類いだと言えなくもないのではなかろうか。実際問題私は母親が嫌で家出をしていた事も何度かある。その度に敢えなく警察に補導されていたが…。
何はともあれ、私はあんな女にだけはなりたくないのである。
「……」
録なものが入っていない冷蔵庫を開けて涼む。今こうして涼んでいるのも、昨日親子喧嘩をしている時に私が扇風機をエアコンに向けて投げ飛ばしてどちらも壊したのが原因なのである。
「……あっつ…」
確かに壊しはしたが、謝る気など更々ない。
これは断じて私が意地っ張りだとか、大人げないとかそう言った問題ではない。
毎日毎日あの母親の嫌味ったらしい言葉の数々を耳タコに聞いていれば、誰だったとしてもああなるに違いない。あの時の場合はエアコンと扇風機だったが、状況が違えば何かしら他のものが壊れていた事だろう。
よって当然の帰結に責任も何も無かろうと考えている。
「………」
しかし、夏なのにエアコンを壊したのは少々痛かったと思う。殊勝なことに、この私がちょっぴりやり過ぎたと反省しているのだ。明日は雨でも降るかもしれない。
冷蔵庫の中から冷えたバナナ一本むしり、皮を剥いて果実を噛み潰す。最近の朝のルーティーンはもっぱらこんなものだが、毎日これだと流石に飽きもくる。
まあ、他のものにしようにもこの茹だる様な暑さがやる気というやる気を根こそぎ蒸発させるのだが。
バナナの皮を生ゴミ様のゴミ箱に投げ入れつつ冷蔵庫の戸を背で閉める。
瓶同士がぶつかるくぐもった音が耳に届く。
「……シャワーでも浴びるか…」
する事もそうあるわけでもないし水浴びでもしてこようと自室で服を引っ張り出そうと上の階に上がった矢先、誰も帰ってくる筈がないこの時間帯に玄関の扉が開いた音がした。
一体何事だろうか。
忍び足で階段の下を覗いてみると、そこには黒いキャリーケースを引く私の姉が立っていた。
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