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「青い少女、赤い世界」

お久しぶりです。

とりあえず、続けます。


 風鈴の白い音がする午前九時。電気の紐がゆらりと揺れる。網戸の奥、南側の森からは油蝉の一週間限りの断末魔が響いてくる。


 …気だるい。


 高校生最後の夏、それも八月の下旬だと言うのにペンの一つも握らないまま、参考書のひとつも開かぬまま、畳の上の布団に寝転がっている私がいた。蒸し暑い田舎にも馴れはしたが、それがそのまま暑さを克服出来ることと同義ではない。身体にへばりついたTシャツをつまみ上げて涼むくらいしかしたくない。


 窓から見える入道雲の形を観察していると、階段を上る音が近づいてきた。


「…はぁ…」


何気無しにため息が出る。この私の憂鬱が気力を奪うのだから仕方なかろう。汗を拭う手にも重さが増す。きっと思春期なんて言う要らない成長のせいに違いない。


「晶子?起きてるの?あんたももうすぐ大人になるんだからいい加減機嫌直して出てきたらー」


「あーもう、ほっといてっ!!」


 ぼこぼこの襖に抱き枕を投げ付ける。勢い良く起き上がり、また一つく窪みが増えた襖を睨め付けた。


「………はあっ。何でお姉ちゃんとこんなに違うのかしら」


 床を踏む音が遠ざかる。


 そうだ。私は私。私は姉とは違うのだ。早く何処へでも行くがいい。


「………はぁ…」


 私は頭を掻き掻き大の字になる。嫌な時に限って蠢きたがる天井の木目が見下ろしてくる。


 全く、朝から最悪だ。いっそ事故にでもあってしまえばいいのに。


 左手でスマホを無造作に掴み上げる。いつも通り自分のSNSアカウントを開くと連絡はなし。最新の通知は去年の今頃、バンド仲間だった友人の「あっきーさ、現実見たら?」で止まったままだ。私はその手で目を覆った。無性に目頭が熱くなった。


 どいつもこいつも、現実見ろだの大人になれだの。糞食らえだ。


 なにゆえこんなにツマラナイ”みんなと同じ”日常を求めるのか、何もかも自由にならないのを是として奴隷みたいに生かされ続ける社会の中で生きていこうとするのか、私には理解できない。したくもない。


 ………気分を変えよう。


 左手をずらし、窓の外の入道雲を見る。少し大きくなっただろうか。下の方が黒ずんでいる。


 相変わらず聞こえる蝉どもの声に耳を傾けつつ浮かぶフレーズを口ずさむ。


 流行りに乗っかるのは私の趣味じゃない。この頃は少々暗めの曲調になりがちだ。きっと思春期なんて言うくだらない時期のせいに違いない。


 口ずさみつつむくりと起き上がり、十三冊目の作曲ノートに書いていく。つい先々週前まではこれをする度に嬉しくなって金曜日の週末に音楽室の一角を占拠してジャカジャカ弾いてはしゃいでいたが、今はしていない。大した成績も残せていない癖に部屋をずーっと使っている吹奏楽部だかの邪魔になるのだとか。その部活の髪の薄い顧問は、御大層なお話の後にお前のやっている事は無駄だから止めろと宣い、挙げ句の果ては邪魔者扱いをしてくる始末だ。あの禿げジジイには碌な死に方をしないで欲しい。


 目を閉じてペンを置く。


「…はぁー…参ったなぁ…」


 私は頭を掻き掻き真っ赤なギターケースに視線を移す。少し埃がかかってしまっている。早く使ってやらないとギターが可哀想に思えてくる。


 家で弾けば口煩い母親が飛んで来るし、学校には頭から知恵の干上がった禿げがいるし、ジジババの寄せ集まりの自治会だかなんだかは田舎のくせにやに音にうるさいし。こうなると最寄りの駅前まで行くしか無いのだが、なにぶん距離が莫迦みたいに遠い。頼むからもう一駅くらい路線を伸ばして欲しい。まぁ、無理な相談なのだろうが。


 ………。


 前々から一つ案があるのだが、非常に気が進まない。東京近辺で働く姉の家に居候すると言うものだ。東京で音楽ができる。この一点においてはとても魅力的だが、問題はあの姉だ。がさつで口下手な私とは違い、物静かな割に口喧嘩の強いときている。そんな姉にものを頼むのだから、何かしらの交渉材料がいる。


「……めんどくさ…」


 私は頭を掻き掻き本棚に並べられた姉のお古の参考書群をじと目で撫でる。姉は何が楽しくてこんななんの役にも立たないものを延々とやっていたのだろう。気でも違っていたのか。勉強嫌いの私には一生掛けても分かる気はしない。


 作曲ノートを机の隅に追いやり布団を畳む。埃が舞う。物臭で手を出さずにいたがそろそろ掃除でもした方がいいか。


 さて、朝ごはんでも食べつつ何をしようか考えるとしよう。まぁ、これと言ってする事などないのだが、何も決めないよりは幾分かマシだ。


 服の下に手を突っ込み腰を掻きながら廊下に出る。せっかくなので欠伸もかましていく。


 風鈴の白い音がする午前十時。部屋を出る時横目に見えた真っ赤なギターケースには、やけに暗い影が張り付いている様に見えた。


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