どこにでもあるような甘酸っぱい初恋のはなし
短編。
あまりスッキリした終わり方ではないかもしれません。
むかしむかし、女の子には好きな男の子がおりました。
まだその女の子が島に住んでいた、小学校1年生の頃のことでした。
なぜか席替えでよく隣になる、まるで気の合わない、腐れ縁の男の子でした。
ふたりは犬猿の仲で、男の子はよく女の子をからかいました。こちらをじっと睨むように見つめてくるので、女の子が
「なに?」
と尋ねると決まって
「人間」
とニカっと笑って答えるような、小学1年生にしてはひねくれた、意地の悪いいたずらっ子でした。
出席番号も前後。背の順も前後。とまあ、何かと一緒に行動することが多かったふたりだったのですが、女の子の胸の中に「好き」の種が生まれたのは、引っ越しのため島を離れるフェリーに乗り込んだあとでした。
近所のお兄ちゃんも、担任の先生も、仲の良かったクラスメイトもみんな見送りに来てくれました。
ただ、男の子の姿は見えません。少年野球チームの練習があったためでした。
その頃の女の子は『喪失感』なんて言葉を知っているはずもありません。ただ胸にしこりがあるような、それにしてはなんとも物足りないような気持ちになったのでした。
女の子がそんな風な気持ちを抱いたのは後にも先にもその時だけでした。
もともと女の子は人見知りで内気な性格であったため、異性の友達などいないに等しかったのです。そして女の子がそれを『初恋』だったと自覚したのは、もっとずっと先のことなのでした…。
それから月日が流れました。彼女は高校を卒業後、街で1番大きな書店で働いていました。
高校在学時からアルバイトを続けて、今では社員にまで上り詰めました。レジも接客もお手の物です。物腰の柔らかい彼女の接客は、常連のお客さんからも定評があるのでした。
その頃には彼女は犬猿の仲だった男の子のことなんてすっかり忘れていました。
1年に1度くらい、アルバムの整理をするときに
「そういえば、あんな子がいたな。意地の悪い男の子だったな。」
そう思い出してクスクス笑うくらい。後味の悪かった初恋のことなんて1年に1度思い出すくらいで充分なのでした。
ある日のこと。世間では夏休みと呼ばれる8月のある猛暑の日。
彼女はその日も書店で働いていました。チェーン店の社員なんて夏休みはあってないようなものなのです。
ふと、聞き覚えのあるイントネーションの方言が聞こえました。文面は本土の方言と何ら変わりはないのですが、島を出てから一度も聞くことのなかった、独特のイントネーションです。
彼女はレジに立っていました。
「男の子」だった「彼」はひとりでした。レジの目の前にあるコミック売り場で何かを探して「どこにあるのか」とひとりごとを言っているようでした。
彼女は彼から目が離せませんでした。
なぜか彼があの「男の子」であることを確信していました。顔なんて覚えていないはずなのに。
その時です。
彼がおもむろに顔をあげて、レジの方をました。
当然、彼を見ていた彼女と一瞬のことですがバッチリと目があってしまいます。
獲物を捉えたとばかりに、大股で彼は近づいてきました。
「すみません。探してもらいたい本があるんですけど。」
「っは、はい。タイトル名をよろしいでしょうか?」
思わず裏返った声を不審に思ったのか、彼は商品を見せようとしていたケータイの画面から顔をあげ、彼女の顔を見ます。
一瞬彼が目を見開いた…かのように見えました。
そしてそれは気のせいではなかったようで、彼は目を細めて「ははっ」と小さく笑みをこぼしました。
それもそのはず。目があった一瞬の間で、ポカンとしていた彼女の顔が真っ赤に染まったからです。
「店員さん。」
「はっ、はい。何でしょう?」
「人間」
「はい?」
「人間です」
彼はいたずらっ子のようにニカっと笑いました。
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