勇者、マリアと戯れる1
ウキウキと廊下をスキップしながら進む魔王に、後ろから声が掛けられる。
「魔王様。本当によろしいのですか?」
魔王に声を掛けたのはマリアだ。
「何がかな?」
魔王はマリアに対して聞き返す。マリアは言葉を続けた。
「仮にも彼は勇者ですよ?誘ってもよかったのですか?」
「あぁ、彼の事ね」
魔王はテールの事を意識していなかったようで、マリアの言葉で思い出した後に思い出した。そして魔王はマリアの言葉に納得したように頷いた。
「彼をもてなしたマリアが言えるセリフではないと思うんだけど」
魔王は振り返りジト目でマリアを見た。マリアはそんな様子の魔王を気にした様子もなく受け流すと、魔王に再び問いかけた。
「私は別にいいのです。魔王様こそ、よく彼を城に置いておくと決めましたね」
彼を信頼してないのにという意味を込めたマリアの言葉だ。
「そうだね。僕自身、彼のアイデアは面白いと思ったんだよ。だから使える者は使うんだ」
「もし彼が裏切ったら?」
「その時はその時だ」
はぐらかした様な回答だが、魔王の表情は決意を物語っている。テールを魔王城においておくリスクと責任を理解しているということだろう。
「所で、マリアはどうして彼をもてなしたの?」
今度は魔王がマリアに聞く。
マリアは楽しそうな表情を見せながら魔王の回答に答えた。
「だって私、彼の事を気に入ったのですから」
男が一人、風呂に肩まで浸かっている。先ほど魔王に一緒に動画をとらないかと勧誘をされた男、テールである。
テールは魔王の側近である山羊のご厚意により風呂を先に借りているのである。
この風呂から出たら、テールの人生初の、いや人類史初になるであろう勇者が魔王と食事をすることになる。
「はぁ……こんなことになるなんてな……」
テールはため息を一つ吐き出した。これでもテールは魔王を倒しにこの魔王城に来た、世間一般的に知られる勇者という役柄につくものだ。魔王とは敵対関係にある、はずだ。そんなテールだが魔王の行動に対しダメ出し、また提案をしたことにより魔王自身に動画の作成を手伝ってくれないかと誘われたのである。
「まぁ、仕方ないのかな」
そんなテールが独り言で後悔するのも無理ない話なのかもしれない。
テール自身、魔王の姿を見て戦おうという気はなくなった。それが魔王自身に文句を言ってから自分の暮らしていた村に帰るという予定に変わっただけだ。
ただ、魔王の撮っている動画が人を楽しませるにはあまりにもちぐはぐで、みていられなかったのである。
そして魔王の熱意のある顔に負け、テールは折れ、魔王の動画作成を手伝うことになったのである。
「何があるか分かったものじゃないな」
テールは今の自分の立ち位置を思い返す。
「ただ、やるなら全力だよな」
しかし、思い返すだけだ。テールは自分が魔王の手伝いをすることを了承した。ならテールにできることは一つ。面白い動画を魔王と撮り異世界の住人に楽しんでもらうことだ。ただ、本当に自分でいいのかという疑念もある。
ガラララ、風呂場の扉が開けられた音だ。マリアと呼ばれた山羊の説明ではこの風呂場は異世界の温泉を参考にしているらしく、テール自身初めて使っているこの風呂場の雰囲気を大変気に入っている。
「お邪魔します。テール様。お背中を流しに来ました」
「あぁ、ありが!?」
開けた扉から聞こえた声は山羊の声だ。テールはそれに反応するように扉のほうを向いた。そして言葉に詰まった。
山羊はテールを持て成すべく背中を流しに来た。それはまだいい。問題は別にある。山羊の格好だ。前はタオルと呼ばれる布で隠しているがそれ以外はほぼ裸だ。山羊のスタイルしはいいし理想的なモデル体型だ。しかし山羊の頭をした相手にはテールも興奮のしようがない。そう、山羊の頭なら。
「どうしましたか?何か問題でも?」
「おまっ!おまっ!その姿!」
テールが声を荒げて言う。マリアは自分の姿を確認した後に首を傾げてテールに言う。
「お目汚しでしたか?」
「いや、そんなわけでは……って違う!お前!女なのか!」
山羊の姿は確かに女だ。テールが確認の言葉をかけてしまうくらいには女だ。テール自身、マリアと呼ばれていたこの山羊には性別がないものだと思っていた。
「あぁ、なるほど」
山羊は納得したように頷いた。そしてテールに向かって優雅に挨拶をする。
「申し遅れました。私の名前はマリア、女型の魔族でございます」
それはマリアの口から出された、自分の名前の名乗りだった。