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殺してほしい

 俺の親友が、子供をもうけたらしい。その親友は、亭主と離婚したそうだ。男の子は、そのときまだ2つだった。俺と親友はツイッターでフォローし合うだけの関係で、リプライを飛ばすことはまれだった。

 俺が30歳になったとき、親友と居酒屋で会った。男の子は6つになったらしい。親友は場末のパブスナックで働き、子供は小学校に入れるまで保育園に預けていたという。

「お前の酔った顔は、いつもエロいなぁ」

 俺がそう揶揄すると、親友はけたけた笑った。親友は生ジョッキを二つ頼み、からっと飲み干してしまった。

「健ちゃん飲まないの」

「俺メンヘラだから。薬飲んでるから眠くなる」

 なによ、言ってくれればよかったのに、と彼女は肘を崩す。

「じゃあ免許持ってないの?」

「持ってねぇ。母親がやめとけって言う」

 ふーん。と言った。俺は彼女が、また人に流されて、と毒づくのを想起し、リストカットの傷跡を見せつけてやろうと思った。

「あのね。うちの××、ね」

 子供の名前である。彼女の顔は真っ赤であった。スナックに勤めているのだから酒は強いだろうと鷹をくくっていたが、そうでもないらしい。いつ、「私のこともらってくれる?」と聞いてきたら、どうしようか、なんていう、ピンク色の脳内が妄想する。

「聞いてんの?」

「ああ、聞いてる」

 彼女はジントニックを注文した。俺はキムチチジミに箸を伸ばす。

「――殺してくれ、っつったのよ。あの子」

 彼女のその時の横顔が、妙に色っぽかった。

「殺して、ママ、殺してって何度も言ったのね。それであたし、家を出て行ってその子ひとりにしたの。それで別れた旦那に会いに行った。んで言ってやった。あたしを殺してって」

「そうか」

 俺はジンジャーエールに口をつけた。

「そうか、じゃあないでしょうが」

「俺と寝るか」

「うるさいわね、童貞となんか寝たかないわよ」

 俺はニヤリと笑みを浮かべてグラスを置いた。俺は思いのほかあどけない自分を見出して驚きつつ、

「それが正解だよ。帰ったらその子に言ってやったか? 死ぬってこういうことなんだぞ、いなくなって一人取り残されるんだぞ、ってな」

「正解じゃないわよ」

 刺すような視線で俺を射止める親友。

「そうよ……あたしは正解どころか問題としてこれを認めていないのよ。どうしてあたしに問題が突き付けられなければいけないのよ。あたしは甘えてなんかないわよ? あたしは自分の人生を子どもに選ばせられる義務などないのよ」

「泣けよ」

 俺がそう冷たく言い放つと、彼女はグラスを大きな音を立てて机に置いた。

 俯き、肩をひくつかせている。

「義務はなくとも、権利ならある」

「うるさい」

 垂れ下がった前髪から白濁した液体に混じり、雫が零れた。

「つわりのときくらい泣くのを我慢できないのか」

「ねえ、ありがとう、って言ったら帰ってくれる?」

 俺は肩をすくめ、二人分の勘定を置き、彼女の肩に手を乗せて席を立った。去り際に、

「疲れたときは、いつでも殴ってくれ」

 親友は俺の腹を軽く殴り、号泣し、げろげろ吐いた。

 外に出ると、朧月夜が優しかった。

 つくづく思う。性別とはなんたるか。男と女は平等になるべきと言えど、生来的な役割が違うがゆえに、違う言葉を話すように互いを理解できないのだと。それをすっかり、忘れてしまうのが、男の傲慢なのである。女はそれをよく理解できている。女性は権力がない方が、ずっと強いのだ。



テレビ番組のとあるドキュメンタリーを見たのと、友人がずいぶん前に第二子を出産したことを受けて。

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