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 二の囁き  ならず者 ~白鳥side~

これまでの、あらすじ。


 白鳥雪奈と名乗る転校生から、黒田はお昼に誘われる。なんだかんだで心地よさを感じつつ、心を閉ざしたいが故に錯覚だと思い込む黒田。

 だが食堂に現れたのは、黒田と同じ部活動メンバーの千原眞菜という人物。学院のことを教えると言いつつ、不穏な空気に気付いた黒田は面倒事になる前に立ち去る事を選んだ。

 皇神すめがみ学院高校は、カトリックで名高く、そこそこ有名な学院だ。


 県外からの入学志願者も多く、幼稚園から短大まで一貫して存在している。


 皇神とは、神を敬うという意味で、名前の通り宗教的な考えが根強く、信仰心の強い者がほとんどである。だがそれだけではない。


 皇神学院は普通科と宗教科、そして就職科がある。


 その名の通り、普通科は単に進学するため。


 宗教科は卒業後、普通科に加えて宗教に入信するための、きっかけを作るもの。家庭事情によるものなど様々。これは宗教科目以外は普通科と合同である。


 最後に就職科。これは既に夢が決まっていて、その道を本気で進む人が選ぶコースだ。それは主に部活動の延長線で、生徒一人一人が発想力と行動力を身に付けることが最大のメリットとなっている。



「とまぁ、ざっくりした“学校自体の”説明はこんなもんですかね~?あとはまぁ、髪と目。マジで目立つんで、学校でくらいは止めた方がいいですよ」

 手遅れかも知れないですけど……。そう一言付け加えて白鳥に顔を寄せ、小さく呟く。

「どうして普通科にいらっしゃるんですか?私ならともかく、アナタはここへ来るべきじゃないはず」

 白鳥の顔からはいつの間にか、笑みが消えている……。

 神妙な面持ちで千原の話に耳を傾けていたが、ふっとほくそ笑んでから、黙って千原の額に手を伸ばしだした。

―そなたも知っての通り、宗教科は信仰心の強い者が集う場所。そこへ行けば心を蓄える事は出来るが、こちらとしても、少し面倒な事になっている。知っての通り、我は“ならず者”。存在を保つために出向く事は無い。我が契約者は他界の死者。死して望みを叶え、その魂を継ぎし者に想いを託した。だが忘れるな。我らは“同種”だが“同志”ではないという事を。

 それは白鳥の心の声。額を通じて、直接的に脳へ心の声を伝えたのだ。

「まあウチが言うのもアレですけど、そんな警戒しなくても大丈夫ッスよ。別に手を出そうとしていないし……。むしろ協力的になってあげてるんスよ?ま!信じる信じないは自由ってことで!じゃに~!」

 それ以上は何も言わず後を去った。

(単なる気まぐれなら…いいのだけれど…)

 私が転校してくる前から接触している、という事は用心するに越したことは無いでしょうね。十中八九の確率で彼女は私と同じ、悪魔……でしょうから。あんなにハッキリと私の目を見て声を耳にし、話した内容さえ天界に通ずるものがあった。

(この話を黒田君にした方がよいのでしょうか……?少し様子見ですね)


―翌日

 学校内では噂程度にしか認識できていない生徒も数多いらしく、注目を浴びる事は相変わらずだった。小声で何かを話している人が多くいる。嫌悪・嫉妬・憎悪・羨望……。まったく面倒な生き物だ、と白鳥は感じていた。

 教室で、ふぅ…と思わず小さな溜息をこぼす。隣では黒田君がこちらを見ていたが、視線が合った瞬間に目を逸らされた。

 ニコッと笑い掛けるが、反応はない。

「まったく気難しい方ですね……。ネコみたいです」

 その呟きは彼に聞こえないくらいの小ささで、でも言わずにはいられなかったのだった。その視線の先に気付いたのか。一人の女子クラスメイトが遠目から、声を掛けてくる。

「そう言えば昨日から結構気にしてるけど、いつもあんな感じだよ?素っ気ないしノリも悪いけど、根はいい人!みたいなね」

「ツンデレだから根気がいると思うよ~?」

 次第に白鳥の席を囲むクラスメイトは、黒田の話で盛り上がっていった。その話に関してだけは、流すこともなく白鳥は耳を傾け続けていた。

 この髪色が気にならない方も居るようですし、そういった方とは接するようにしますかね……。

 昨日の様子では私と接触したことで、母親に関する記憶は蘇っていそうにありませんでし、契約権も正式には継承されていないのでしょうか……?これだから“ならず者”は不便でなりません。彼の現状が全くもって分からないとは……。


 担任の先生から部活動に入部するよう言われ、とりあえず用紙は預かったものの、どこにするか全く目処がたっていない。

(さすが皇神学院、名門校なだけはありますね……)

 この時点で既に色んな部からの勧誘が来ていた。特に白髪といことを差し引いても、目立つ風貌をしているので、すぐに目に付くのだ。いくら黒く染めたところで顔の出で立ちが端正なのも相まって、あまり効果は出なさそうだ。一部では「白髪の転校生」と噂になっている程らしい。

 そう言えば千原は物理研究同好会に所属し、黒田君はいくつか掛け持ちしてる内の一つがパソコン部に所属。千原と顔を合わせず尚且つ、黒田君の動きをよく知れる立場にあった方がいいでしょうね。とりあえず見学してからの方が、彼も警戒を解きやすいでしょうか……?

 そう思って放課後になり、パソコン部への案内図を見て教室へと入ったのだが、白鳥は絶句した。

「お?ユッキーじゃん!見学?入部?」

 白鳥の姿を見付けるなり、タタタッと駆けていくが対照的に、黒田は作業に黙々と取り組んでいた。作業台の上にはデスクトップパソコンと、大量の本やプリントが積まれていた。まるで事務仕事をこなしているみたいだな、と苦笑いしてしまった。

 凄い集中力ですね……。

 デスクトップパソコンに向かい、キーボードを打ち込んでいる様は、いかにも仕事の出来る人!というような雰囲気が滲み出ていた。何をしているかはサッパリだったが。

 ユッキーと呼ぶなり話しかけてきたのは、紛れもない千原だった。

「……ところで、変なあだ名を付けないでもらえませんか?」

「えー?友達♪って感じでいーじゃん?仲良くしよーよー!」

 敵意のこもった笑顔を向け合う二人が互いに、食えない。と思った瞬間であった。やはり協力的だと言うのは誘い文句か、と白鳥は警戒心を強めた。

 こうなれば候補に入れるだけ入れて、別の方法を使ってみましょうか……。


「……部長さんは、いますか?」

「ちょっと待ってね~……」

 片手入力をしながら、ここにいますよ。というようなアピールをしてくれる。教室の窓際で一番前の席に部長と思しき人物がいた。

 一区切りついたのか、はいはい~っといった、軽やかな足取りで来てくれる。

「ボクがパソコン部の部長、加藤秀かとうしゅうだよ!」

 秀、という名前が気になった白鳥は、黒田を一瞥してから、はじめまして、と話し始めた。

「どうも。白鳥雪奈です。あの……加藤先輩…その、彼の量がとても多いように思うのですが」

 その質問に虚を突かれたような顔をして、頬を掻きながら困ったように答えだした。

「実は恥ずかしい話なんだけど、ボクは体が丈夫な方じゃなくてね?その日の具合によっては休むこともあるんだ……。君も今気にしたとおり、黒田くんがボクの部長代理!一つしか違わないのに、とても優秀で、よく頑張ってくれてるんだ。だからボクも活動できる範囲なら、頑張ろうと思ってる次第だよ」

 なんて酷い部なんでしょう……。例えるならば、ブラック企業ですね。何故部長として選ばれたのか……。

 周りを見渡して、白鳥は納得した。ネクタイの色を見る限り、他に三年生がいないのだ。白鳥の行動で察した加藤は、補足するように説明しだした。

「去年、本当はもっと部員が居たんだけど…急に退部する人が出てきて、芋づる式にね。確か退部したのは普通科の人達ばかりだった筈だから、ボクらみたいな就職科と、会わなかったんだと思う」

 そうですか、とだけ答えて、見学として来たこと。活動内容や時間は正直、どうでも良かったが、聞かないと怪しまれるので聞いた上で入部届けにサインした。

 まったく人間というのは、心底面倒です。こんな紙切れなんて、いくらでも誤魔化せるのに何故……。

 頭の中で憂鬱な気持ちを纏めていると、提出を求める理由を、ふと考える。

(……証が欲しいんでしょうか?かつて私がそうであったように。ここにいるよ、とでも…訴えているのでしょうか……)

「それじゃ、よろしくね!白鳥さん♪」

 こちらこそ。と返し、去り際に昨晩の内に用意したメモをスッ…と黒田のパソコンの傍へ忍ばせた。千原は白鳥の行為に、気付いてはいない。メモに記されていた内容は、

『これを見ても、声を出さずに不審がられないように、気を付けてください。大切なお話があるんです。このメモを見た日が忙しくないなら、屋上へ一人で来てください』

と、いったものだった。


 パソコン室を後にし、屋上へ向おうとした時だった。

「ねぇねぇ!今って一人なの?……噂の転校生だよね?」

「!」

 三人の見知らぬ男子生徒に声を掛けられた瞬間、馴染んだ気配を感じ取った。


 もう来ましたか……。あまり力を使いたくはないのですが、もし彼が後で来るならば巻き込んでしまいますからね。

「……その噂の転校生に、何の用でしょうか?手短にお願いします」

「用はないけど、純粋に気に入らねぇんだよ……」

 先程とはうって変わって、全員が据わった眼差しを向けながら呟く。

(致し方ありません。屋上へ彼らを呼び寄せましょう)

 少しの沈黙の後、全員が動き出した。無言で屋上へ向かいだす白鳥と、それ追う三人。罠だと分かっていながら、男子生徒の三人は屋上へとやって来た。バンッ!と勢いよく開けられたドアからは、ケタケタとした笑い声、人間にしては不自然な動き。否、もはや彼らは人間ではない。悪魔とは心の迷いや隙に入り込み、言葉巧みに魂を奪おうとする。彼らは悪魔に心を乗っ取られてしまった、成りの果てである。白鳥は被害や騒ぎが起きないように、周囲に結界を貼り出す。

 あんな雑な隠れ方……余程、私が気に入らないのか、倒せる自身があるのでしょうね。だが甘く見ないで頂きたい。

「私の頂いたお代は、とても大きいモノ故、きっちり働かせて頂きます。どうぞ、ご覚悟を!」

 声を張り上げた瞬間、三人は後ろに飛び退いた。屋上のような狭い場所では、三人は多過ぎたのだ。

「知ってるぞ“ならず者”!お前の契約者が誰なのか。お前の“ならず者”と呼ばれる理由を!」

 この中で一番大きな悪魔が叫ぶように語りだした。便乗するように、他の悪魔も話し出す。次に口を開いたのは、対照的に小柄で細身の男だった悪魔だ。

「そうそ♪お前、人間の血が混ざってるんだってな~?悪魔が~?人間と~?交わりを持っちゃうなんてね~?」

 小柄な悪魔に対して、話し方に苛立ち始める白鳥。話す内容は散々言われてきた事なので、あまり気にはしていないようだ。が、嫌味たらしく言われると、うざったく感じてしまうのだろう。それも人間の血が混ざっているのなら、他の悪魔より尚更。

 黙って少しの間、耳を傾けていたのは“ならず者”を狩りに来たのかを確かめたかったからだ。白鳥のような純粋な悪魔でないモノは、悪魔からも忌み嫌われる。人間でも悪魔でもない、“ならず者”を狩るために人間界にいるのか、という事実を確認したかった。そうでなければ場合によっては、黒田の身が危険に晒されることになるからだ。

「……話は終わりましたか」

 いつもと同じ声色で、問うた。


  ◆  ◆  ◆

「……あーあ、ユッキーなーんかピンチっぽい?」

 屋上の遥か上空の気付かれない場所で、屈託の無い笑みを浮かべているのは紛れもない、千原だった。

 その笑みは純粋に見える、けれど残酷な笑い。


 アナタの苦しんでる顔が大好きなの。そう言っているようにさえ見えてくる。


(距離をとらなくても感付いてるみたいな風はあったけど、まぁ念入りにしといて損はないし)

「せいぜい頑張って、楽しませてくれよな?まだ開幕したばかりなんだから……」

 いつものような口調、変わらない姿。それでも今の彼女には決定的に、普段との雰囲気が変わっていた。上空で白鳥の戦いを傍観しながら、これからの行く末を見たいかのように。

  ◆  ◆  ◆


 早く片付けなければ、黒田君が来てしまいますね……。

 負ける事など微塵も考えず、白鳥は黒田の身を案じていた。いくら結界を張ったとしても、その気になれば壊すことさえ可能なのだ。そうしないのは、彼らの狙いが白鳥自身だから。閉じ込めたつもりが閉じ込められたような状況になってしまっているが、彼女はそれが今の最善と考えているようだった。

「それだけ分かれば良いのです。彼に手を出すことは、私が許しませんので」

 白鳥の背後から黒い靄が出ると、御伽噺に出てくるような羽と尻尾が。そして転校生初日として来たような赤い瞳の片目に、手のひらを向けた。

 その手に光が収束し、何かの形を形成していく。

 光は、やがて剣の形となり、白鳥の両手で力強く握られる。

「……力を使うことに躊躇なしか。いいのか?姿を保てなくなるぞ。まぁ手加減はせんが」

 先ほどまで口を開かなかった、寡黙な褐色の肌をした悪魔が言った。

 悪魔にとって存在を保つことは難しい。存在する為には人間や、特に契約者からの心が重要となってくる。それが信仰心。神を信仰するが故に天使と悪魔の存在を肯定する。信仰心があるから神から人間への加護として、悪魔から護ってくれるのだ。信仰するものに悪魔は手を出す事は出来ない、それと同時に、とても恐ろしい存在にもなり得る。だが悪魔がいるからこそ、神も尊さを示唆することが出来る。

 白鳥は先ほどの悪魔が言っていたように、人間の血が混ざった純粋な悪魔ではない。悪魔としての力は自己の存在を肯定し続ける事を糧としている為、使い続ければ消滅してしまう。

「力を使うと覚悟した時から、先のことなんて考えていません。それより私の心配をしている場合ですか?」

「な……!」

 タンッ!と地を蹴り、間合いを詰める意外な速さに、褐色の悪魔は驚きを隠せなかった。白鳥のブンッと空を切る音が響く最中、初撃で一人の悪魔を排除した。まさかの展開に瞠目しているが、その実力に順応しだす。そして小柄な悪魔が、歯を食いしばりながら、白鳥に向かって問いかけてきた。

「貴様……その力をどうして扱える……!それは聖剣の、忌々しいエクスカリバーだろ!」

「今気付くとは……さすが下級の悪魔なだけはありますね」

 白鳥は涼しげな態度で、さり気なく先程の鬱憤を晴らした。そのやり取りを見て、大きな悪魔が一言、口を挟む。

「“ならず者”故か」

 聖剣とは神の加護を与えられた剣のことである。中でも白鳥の持つエクスカリバーは英雄、アーサー王が持っていた剣として知られている。普通の悪魔ならば、加護の力を恐れ、持つことすら不可能とされている。だが白鳥は、人間の血が入り混じっているからこそ、聖剣を扱えるのだと気付いたのだ。

「危害を加えないのであれば、見逃して差し上げます。退くなら今ですよ?」

 毅然とした態度が、より一層、小柄な悪魔を苛立たせた。

「クッ……!」

「……退くぞ。聖剣を相手に我らが挑むのは、褒められたものではない。それにサタン様の命でもない」 

 褐色の悪魔は冷静に、勝ち目がないと悟り、学校外へと飛び立って行った。途端に抜け殻のように、くず折れる三人の男達。心に潜む悪魔が出て行ったのだから、現象としては当然である。

(ですが話し合いの場としては、邪魔な存在です)

 少しの間、逡巡した後、三人の襟首を乱雑に掴み、出合った場所へと連れて行った。

 本来実在するかも疑われる悪魔は、普通の人間に認識されることは無い。また白鳥が普通の人間にも認識されるのは人間の血を利用し、悪魔としての力を隠しているのだ。そうでなくても半分は人間なのだから、隠さずとも白鳥の場合は認識されてしまう。

 周囲の結界も解き、黒田が入れるようになった瞬間すぐに、背後でドテッ!と大きな音がした。

 振り返ると、黒田が顔面から勢い余って転んだようだった。顔面を押さえ、軽く呻いている。勢いもあったから、余計に痛がっているのだろう。

「……んなんだよ、ったくよ!」

 むくりと起き上がると、白鳥と目が合う。

 今の白鳥の姿は制服が消えており、転校初日のような白髪に紅い瞳をしている。羽根は小さく尻尾は肩くらいまで伸びていて、白と黒が交互に色付けされたゴシックのようなヒラヒラした膝丈までのドレススカートは、パニエもないのに膨らみがある。肩は黒い布でふんわりと羽織り、その白い肌の色を際立たせているかのようだ。ケープと靴も黒一色で、二の腕が見える程度に露出されているせいか、少し大人びて見える外見に見える。靴下もモノクロのハイソックスという目立ったな服装という状況での遭遇。

「…………」

「…………」

 互いに黙り込んでしまうのは、逃れられなかった。

前と比べてとても長文になりまして、すみません。


学院名も凄く悩んだんですが、カトリックっぽさを出したい!と調べた結果、

すめ‐かみ【▽皇神】


《「すめがみ」とも》

1 神を敬っていう語。すべかみ。

「山科の石田(いはた)(もり)の―に(ぬさ)取り向けて」

2 皇室の祖先である神。皇祖の神。すべかみ。

「そらみつ大和(やまと)の国は―の(いつく)しき国」

という意味らしく、こうなりました。

ちなみに本編で


説明文がちゃんと役割を果たしてくれているのか、執筆側としては凄く不安な回でした。

むしろ説明しか無いじゃないか、って自分でも思ってます。

精進しますので、お付き合いして頂ければ嬉しいです。

次回、過去篇です。

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