ハードラック
図書資料館で出会った少女、彼女はタイヨウ達が調べていたハードラックに興味を持っていた。しかしそれはハードラッカーであるタイヨウにとって、都合が悪いだけでなく彼女にも危険が及んでしまう可能性がある。だか無下に避ければ余計に怪しまれ、ハードラッカーである事が知られてしまうかもしれないのだ。
「さてさて、どこでお話しよっか?」
互いに昼の途中だった事から、挨拶を交わした後は三人で食事を済ませたのだった。
「そうだな、やっぱり館内の方が落ち着いて話が出来るかな」
「リップルちゃんはどうしたい?」
「あ、私はどこでも構いません……です」
「じゃぁ館内に戻ろっか!」
「そうだな」
「はい」
館内にもどる為に三人は歩き出した。短い歩幅のリップルに合わせる為に二人はゆっくりと歩く。更にここに来る時走っていた分余計に西側の出入り口が遠く感じる。その時間を利用してレイリーが話を切り出す。
「ねね、リップルちゃんの事聞いてもいい?」
「あ、はい、大丈夫……です」
「ほんと?リップルちゃんってどこに住んでるの?」
「私は東地区の一般居住区……です」
「ここからだと少し遠いよね?」
「そうなのか?」
「はい、歩いて1時間と少し……です、でも大通りを歩いていれば帰れるので少し安心です」
この街は東西南北それぞれの大門から、街の中心にあたる時計台まで大通りで繋がっているのだ。
レイリー 「そっかぁ、ここにはよく来るの?」
「いえ、たまに……です、やっぱり遠いのでおばぁちゃんも心配しますので……」
「リップルちゃん可愛いからお家の人はみんな心配するよねっ」
照れ隠しなのか、肩を撫でる長い髪を少し摘み両手でいじるリップル。
「いえ……可愛くなんて……」
そんな姿に問答無用でハートを撃ち抜かれるふたり。
「 ((かわいい))」
「それに家族も、おばぁちゃんだけなので……」
「えっ、ごめんね……」
「だ、大丈夫ですっ、おばぁちゃん大好きなので寂しくないです!」
「じゃぁ帰りはおそくならないように気をつけなくちゃな」
「は、はい」
「リップルちゃんいい子だからおばぁちゃんも鼻が高いねっ」
「いえ、そんな……」
そうこうしている内に西側の出入りに到着し、タイヨウを先頭に館内へ入る。
「さてさて、到着……うぉっ?!」
「なになに、どしたの? うわっぁ」な
「どうされたんですか?……わわっ!人がいっぱい……ですッ」よのそのに
午前中は割と席に空きがあった館内だったが、昼を境に利用者が急激に増えたようだ。
「コレは……どうしたもんか」
「困ったね、三人分の席取れるかな……」
「そう……ですね」
見える範囲に空席は無く館内の奥も期待出来そうにない。「じゃぁ外で話すか?」
昼食をとっていたベンチならばと提案する。しかし
「あの、外がなんだか賑やか……です」
リップルが指指したのはさきほど三人が座っていたベンチ。それを見たレイリーが声をあげる。
「えー!?さっきまでほとんど人居なかったのに!」
「本当だ……子供達が集まって思いっきり遊んでるな」
「あれじゃ落ち着いて話出来ないね……」
「サイレントルームもいっぱいでした……」
タイヨウとレイリーが話をしている間にサイレントルームを確認をしに行っていたリップル。しかしある事に気が付く。
「あ、サイレントルームじゃお話出来ない……です」
「い、いやまぁ、ありがとうな」
「リップルちゃんは気が利くねー♪」
「うぅ……お役にたてなくてすいません……」
「いやいや、わざわざありがとな」
リップルの頭を撫でながら次の案を模索する。
「こうなったらいっそ、ここを出て別の場所を探すか?」
それに便乗してレイリーもリップルの頭を撫でる。
「それがいいかもねー、どっかこの辺りのカフェとかにする?リップルちゃんはそれで平気?」
「は、はい、大丈夫……です」
二人から同時に頭を撫でられ赤面しているリップル。
「なら決まりだな」
「なるべく東地区の近くで探そっか、なるべくリップルちゃんの帰り道が短くなる方がいいし!」
「そうだな、そうしよう」
「わ、私は別に遠くなっても……」
「だーめっ!アタシ達の方が年上なんだから年下の子の面倒しっかり見なきゃなのっ!」
「そうだぞ、気にする事ないんだからな」
「あ、ありがとう……ございます」
「よしよし♪」
「はうぅ……」
レイリーは結局最後までリップルの頭を撫で回していた。
「じゃぁ東地区の方面に移動しようか」
「はーいっ」
女子二人の声が重なると同時にリップルは解放され、三人は図書資料館の出口を目指し歩き始めた。
「そういえばさ、リップルちゃんはどうしてハードラックを調べてたの?」
図書資料館を出てカフェを探している道中リップルに尋ねる。
「えっと、その……あ、学問所の自由研究……です」
歯切れの悪い様子が気になった二人だったが、自分達にも話せない事がある以上余計な詮索はしなかった。
「そうなんだー、偉いね♪」
「わざわざあのスキルを題材にするなんてなかなか思い切ったな」
「は、はい」
「アタシも昔やったなー、確かヒカリ草の観察日記だったかなぁ……」
「ヒカリソウ?あと一歩な感じの草だな……おっと、ここなんてどうだ?」
「そうだね、ここにしよっか」
「えっ?ヒカリ草?あっ、ちょっと待ってくださいっ」
リップルの様子が変だ。すかさずタイヨウが事情を聞こうとする。
「どうしたリップル?大丈夫か?」
「あっ、ちょっと、出て来ちゃ……ダメ」
「んー??」
二人は顔を見合わせ首を傾げる。
「出て来ちゃった……です」
どこからとも無く聞こえるネコの鳴き声。先に気付いたのはレイリーだった。
「もしかしてこの猫って……」
「私の霊獣…デス」
そこに居たのは小さな黒い猫。いかにも気まぐれそうな顔をしている。
「リップルの霊獣は猫なのか?」
「はい、黒猫のフューリー……です」
「可愛いね♪でも勝手に出て来ちゃったの?」
「はい……時々勝手に出て来てしまうんです」
「それってアリなのか?」
「あんまり無いねー、召喚された時点で主従関係が築かれるからマスターの言う事聞くんだけど……」
「まぁ、何事にも『例外』があるって事だな」
「キミが言うとなんか重みを感じるね」
とは言えこのままでは店に入れない。
「勝手に出てくるだけならまだいいんですけど……」
タイヨウが霊獣を戻す様に言おうとした時だった。
「ん?どうしたんだ?」
……ニャッ!
「わわっ!……どっか行っちゃうよ?」
猫の霊獣は突然走り出し、瞬く間に遠く小さくなって行く。
「だいたいこうなります……です」
「言ってる場合かっ!はやく捕まえないと!」
「でもでも、ちゃんと戻ってくるんだよね?」
「以前3日戻ってこなかった事も……」
「そっかぁ」
「なんでお前らそんな落ち着いてんの?!」
「いつもの事なので…」
「見失っちゃうぞ?!あー……もう見えない」
「しょうがないなぁ!フーちゃん!」
フォッホー!
「はわっ?! 猛禽類……です!」
「難しい事知ってるな?!」
「リップルちゃんの霊獣、黒猫のフューリーちゃん探してー!」
フォッホー!
形勢逆転の一発となるか、空からの捜索を始めた。
「フーちゃん……もしかして、鳴き声から名前を……?!」
「すごい!よくわかったねっ!」
「あれ?俺がおかしかったのかな?」
以前、レイリーのネーミングセンスを安易と言った事が心配になるタイヨウ。
「すごく、かわいい……です」
「ありがと♪とりあえずフーちゃんの後を追えばすぐ見つかるよっ!」
「やめろぉ!フラグをたてるな!」
「……ふらぐ?」
何故か少し楽しげな雰囲気のレイリーとリップルがタイヨウを置いて走り出す。
「行っくぞーっ!」
「おーっ」
あの時三人を真上から見下ろしていたあの真っ赤な太陽は、いつの間にかこの大きな空をオレンジ色に染めていた。その光はまるで今日という日を働き抜いた男達を、お疲れ様、また明日も頑張ろうと労うこのような優しいものだった。
タイヨウはそんな夕日に向かって叫んだ。
「だから言ったじゃーーーーん!!」
「はうっ?!」
「はわわっ?!」
「だから言ったじゃん!俺言ったじゃん!見失っちゃうぞって!フラグたてるなって!」
「フラグとかちょっと何言ってるかわかんないけど、ごめんなさい……」
「ゴメンナサイ……」
「まったく……言わんこっちゃない」
見事なまでのフラグ回収。結局昼過ぎから夕方になるまでリップルの霊獣を探し回るも見つけられなかった。
「フーちゃん居るから余裕かなって……てへぺろっ♪」
「いつもの事だから平気かなって……てへぺろっ……です」
「クソッ、かわいいな!って違うっ!早くしないと暗くなるぞっ?!」
そんな折、リップルがある事を思い出す。
「あっ!」
「どうしたのリップルちゃん?」
「フューリーの大好物……アレがあれば……」
「あれってなんだ?!」
「焼き魚……です!」
「普通かっ!」
タイヨウは反射的に手に持っていた地図を叩きつけてしまった。
「はうっ?!」
「はわわっ?!」
それに驚くレイリーとリップル。叩きつけた地図を拾うタイヨウ。
「なんにしてもそんな物が都合よく「あったよー!」
「そこのお店で売ってた!」
レイリーが焼き魚を購入して元気良く走り寄る。
「あんのかよっ!」
「ありがとうございます……です!これならっ!」
「匂いに釣られて来るかな……」
「あんだけ探して見付からなかったんだぞ?焼き魚ひとつで出て……」
ニャァ……
「来んのかよっ!俺達の苦労はなんだったぁぁあ!!」
「うるさいなぁー、また逃げちゃうでしょ!シーッ!」
「ハイ」
「ご迷惑お掛けしました……です」
ニャァ
「出て来てくれて良かったねっ♪」
悪びれた様子を見せない猫の霊獣に小さい溜め息を漏らしがらも一安心するタイヨウ。
「まぁ、無事で何よりだよ」
「ありがとう……ございました、フーちゃんも……ありがとう……です」
小さくお辞儀をして感謝を伝えるリップル。
フォッホー
その時一人の老婆が現れた。
「あらあら、リップルこんな所でなにしてるんだい?」
「あっ、ローレルおばぁちゃん……」
リップルと老婆の会話を聞きすぐに挨拶をする二人。「「こんばんは」」
「はい、こんばんは、リップル、こちらの方達は?」
「あ、……逃げちゃったフューリーをずっと一緒に探してくれたの……」
「あらあら、それはそれは……リップルがご迷惑をお掛けしました、なんとお礼を申し上げたら……」
深々とお辞儀をするローレル。
「いえいえ!お礼なんてそんな!アタ、私達は何も……」
「それに最後は、リップル……ちゃんのおかげで見つかりましたし、僕達は何も」
「この子のそばにいて下さっただけでも安心出来ます、本当にありがとうございます」
何度もお辞儀するローレルにつられ、タイヨウとレイリーも頭を下げる。
「この子は人見知りが激しくて……なかなか人と仲良くなれないんですが、すごく良くして頂けたんだなぁとこの子の顔を見てすぐ分かりました……本当に、本当にありがとう」
「おばぁちゃん……あ、ありがとうございました……です」
「そんなそんな!わ、私達も本当に楽しかったですし、賢くて可愛い子だなって!」
「はい、妹が出来た様な楽しくて嬉しい気持ちになれました」
「この子が……リップルがこんなに優しい人達に巡り会えて……わたしも本当に嬉しく思います」
目頭に涙を浮かべるローレル。
「良かったらまた、遊んであげてください……」
「もちろんです。こちらからも是非、またリップルちゃんと遊ばせてください」
「責任を持ってお預かりします」
「うぅ……あのっ!」
身体をタイヨウとレイリーの正面に向け立ち直すリップル。
「ん?どうしたのリップルちゃん?」
「れ、レイリーお姉さん、た、タイヨウさん、今日はありがとうございましたっ!また良かったら……うぅ……」
最後のひと言まで勢いが保てず言いよどむ。それを察してレイリーが代弁するかたちをとった。
「うんっ!一緒に遊んで一緒に勉強もしようねっ♪」
「あぁ、また遊ぼう、今度はフューリー逃がすなよ」
「……ハイっ!」
「今度何かお礼をさせて頂きたいので、小さな家ですが遊びにいらしてください」
「ホントですかっ?!ありがとうございます!楽しみにさせて頂きますっ」
「では、僕達はここで失礼します」
軽くお辞儀をするタイヨウとレイリー。
「失礼しますっ」
それに応えるローレル。
「どうかお気を付けて……」
「あの、ありがとうございました!……です!」
「リップルちゃんまたねっ♪」
「またなっ!」
暮れゆく夕日に向かって歩き出すタイヨウとレイリー。時折振り返ると未だ手を振るリップルとその横で優しく微笑み、こちらにお辞儀をするローレルの姿が二人の心に焼き付いた。
リップル達が見えなく無り、一気に気が緩むレイリー。
「……っぱぁぁあ!」
「どうした突然」
「いやぁ、久々に畏まったなぁってさ……」
「そういえばレイリーが自分を『私』なんて言うから驚いたな」
タイヨウの発言にレイリーは少し頬を膨らませる。
「そりゃぁ目上の人の前だし?アタシだって常識くらい持ち合わせてますよっ!そう言うキミだって 、『責任を持ってお預かりします』キリッ、なんてカッコつけちゃってたじゃんっ♪」
ニヤニヤしながらタイヨウを嘲笑う。
「うぐっ……まぁローレルさんを安心させたいって思ったから……な」
「やっぱりキミは優しいね……」
「ん?なんか言ったか?」
「べっつにー♪」
タイヨウを悩ませるハードラックというスキルがあったからこそのリップルやローレルさんとの出会い。しかし、だからこそ出会った人達を巻き込見たくない思い。未だ目に見えての不幸に直面していないタイヨウにとって、少しだけこの出会いを楽しみたいと心のどこかで甘えが出てしまうタイヨウだった。
「ねねっ」
「ん?」
「今日は何食べよっかっ!」
「そうだな、何食べよう」
空はいつの間にか、眩い光で埋め尽くされていたーー