乙女心と鶴のひとこえ
「んん……」
窓から差し込む朝日が顔を照らしてタイヨウは目を覚ました。
「……はぁ」
窓の外からは既に活動を始めているこの街の、この世界の人の声が聞こえる。
「よっと」
窓を開けて外の空気を体に浴びる。清々しい爽やかな朝……と感じる事は出来なかった。
「ははっ、夢じゃ……ないんだな」
タイヨウはこの世界で生きて行かなければならない。この世界のどこかに居る幼馴染みのアオイを探し、この世界のどこかにある二つの宝玉を使い、この世界の神エリウスに神力を取り戻させる使命がある。
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「彼女はね、この世界『セルソフィア』のどこかにある『光の宝玉』を探してもらってるんだ、だからキミは『闇の宝玉』を探して欲しい、
そして最終的にエリウスの神殿に行って二つの宝玉を神座に捧げるんだ」
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「そういえば、アイルはこの世界の事をセルソフィアとか言ってたな、アオイは今どこにいるんだろう……とにかく色々と調べないと何も始まらないな」
この世界で二日目の朝。言い知れぬ不安がタイヨウを包み込むも、同じ世界にいる幼馴染みを想い自らを奮い立たさる。そんな折、部屋のドアが控えめにノックされた。
「おはよぅ……起きてる?」
消え入りそうな声だったが、レイリーの声だとすぐにわかり返答をするタイヨウ。
「あぁー、起きてるよ!ちょっと待ってくれ!」
ロックを解除しドアを開けると、明らかにもじもじした様子のレイリーが立っていた。
「あ、お、オハヨ……」
「お、おう、おはよう」
ふたりを包む微妙な空気。
「あの、昨日は迷惑かけて……ごめんねっ」
タイヨウにとっては忘れるはずも無い昨晩の出来事。
「……覚えてるのか?」
「覚えて……マス」
レイリーは俯いているのにも関わらず恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしているのがタイヨウにはわかった。
「まぁ、あれだ、あのケーキはもう食べるのやめようなっ」
「ハイ……」
「……入るか?」
「ウン……」
「(なんなんだ?!なんなんだこの微妙な空気!付き合って二日目の中学生か?!同じクラスだけどなんか照れくさくていつも通りに話も出来ない、一番楽しい時期のあれか?!知らんけど)」
レイリーの様子から見て昨晩の事を覚えているのは間違い無いと思ったが、タイヨウにはだからこそハッキリさせて置かなければならない事があった。
「あ、あのさ、覚えてるな…分かってると思うけども……
寝てるレイリーに俺は何もしてないぞ……?」
「ワカッテマス……」
「(じゃぁなんだそのモジモジいぃ!逆か?!逆なのか?!据え膳喰わぬは男のなんちゃらで、こっちは準備してたのに求めてくれなかったけど、よくよく考えたら酔ってたせいってのを自分で気が付いて恥ずかしい的な女の子の思春期特有のあれか?!知らんけど!)」
「「あの…」」
「「あっ」」
「(クソぉーー!いつから俺の人生はこんなルートにシフトしたんだ!?あ……昨日からか)」
お互い言い淀んでしまい訪れる静寂。
フォッホー フォッホー
そんな静寂を破ったのはレイリーの霊獣だった。レイリーの部屋には専用の止まり木が置いてあるがこの部屋には無く、落ち着かない様子で飛び回るうちに金庫上の卵に着地しようとしているのだ。
「フー助っ?!」
「あっわわ、フーちゃん!卵の上にとまったらだめ!」
フォッ?
言うが遅く卵の上に着地してしまい卵が大きく揺れる。
次第に揺れは大きくなりやがて
「ヤバイ落ちるっ!」
「だめっ!」
二人が同時にダイビングする。レイリーが先に卵をキャッチしたと同時にレイリーが壁に頭をぶつけないようにタイヨウは抱き寄せる形で庇った。
「危なかったー!よかったー!」
「いててて、レイリー大丈夫か?!」
「卵は無事だよ!」
「卵じゃなくて、お前にケガが無いか聞いてるんだ」
レイリーにケガが無いか心配になり無意識に強く抱いてしまっていたタイヨウ。
「えっ?!アタシは別に…ッ?!(もしかして抱きしめられてる?!)」
「ならよかった……すごい勢いでダイビングしたから、ケガしたらどうしようって無我夢中だった……」
「あ、アリガトウっ(ぎゅーされてる……)」
レイリーは顔を真っ赤にし、頭の中に響き渡るほど胸の音
を高鳴らしていた。
フォッホー フォッホー フォフォフォフォフォ!!
「いだだだだだ!」
そんなふたりの甘い時間に終止符を打つかのように部屋に響き渡るタイヨウの悲鳴。
「あっ、離されちゃった……じゃなくて、フーちゃんダメだよ!メッ!!」
フォー……
「まぁ昨日はフー助に助けられた様なもんだし今回は許してやるか……いいよレイリー、卵も無事だったしケガも無かったし」
「でも……もし卵が割れちゃってたら大変だったんだよ?」
レイリーの心配をよそにタイヨウは頭をポリポリかきながら言った。
「えっとだな、多分その卵めちゃくちゃ堅いからこのくらいの高さから落としても、びくともしないと思うぞ」
実は昨日、タイヨウは森の中を歩いてる時に手を滑らせて卵が落下させてしまっていた。さらには下り傾斜の森の中を200m爆走するという事があったのを話した。
「そうなの?!……でも、それでも!中に居る子はびっくりするでしょ!」
「ハイ、スミマセン……」
「フーちゃんも分かった?!」
フォッホー……
「まったくもー、……アレッ?!」
卵を元の場所に戻そうと持ち歩いていたレイリーが異変に気付く。
「どうした?」
「今、卵の中が動いたよっ?!」
「本当か!生まれるのか?!」
「まだわからないけど……もっと動くようになったらそろそろかも!フーちゃんの時も同じだったもん!」
「そうか、ついに俺にも霊獣が……」
「ちゃんと元気に動いて良かったぁ、ごめんねタマちゃん……もう怖いの無いからね」
「タマちゃん?なぁレイリー、もしかして卵だからタマちゃんなのか?」
「えっ?そうだけど?」
さも当たり前かのような表情を見せるレイリー。心の中で「マジかコイツ」と思ったタイヨウだったが、
「おかしいかな?」とキョトン顔を見せたレイリーの可愛さに思わず「おかしくないです」と即答してしまった。
「んー?とりあえずタマちゃんは、また金庫の上に居てもらってっと、さて!」
朝訪ねてきた時のしおらしさは何処へやら、いつの間にか元気なレイリーに戻っていた。
「ん?」
「ごはん!朝ごはん行こう!」
確かに朝からひと騒動あったおかげで忘れていたが、タイヨウも丁度お腹を空かせていた。
レイリーの提案で朝食を食べに行くことになり、並んでホテルをでようとすると支配人に捕まった。
「おはようございます」
「げっ」
昨晩のフロントでも一件もあり、出来れば今朝は関わりたくなかったタイヨウ。
「おはようございます!」
そんなタイヨウの気持ちはお構い無しに元気に挨拶するレイリー。
「ゆっくりお休みになられましたかな?」
「(くっ、どっちとも取れるような上手いこと言いやがってエロジジイめ)」
「はいっ!おかげさまで!」
「(余計な事言うな!)」
「それはそれは」
終始含み笑いを浮かべながら話す支配人にタイヨウが反撃する。
「あの、そうゆうんじゃないですからっ!」
「おやおや、そうゆうの、とはどう言った事でしょう?」
このまま話していれば支配人のペースに呑まれると判断したタイヨウは、レイリーを先を歩かせ足早にホテルを出ようとする。
「もういいです、急ぎますので」
「あ、お客様」
「はい?!なんです?!」
「よろしければ、ダブルベッドのお部屋へご案内も……」
「ッ!結構ですっ!」
支配人に軍杯が上がったのは言うまでも無かった。
道中、結局レイリーとの関係の誤解を解く事はおろか余計
に悪化させた気がしてならないタイヨウ。
「もー、どうしたのー?そんなプンプンして」
「……何でもないよ、はやく朝メシ行こうぜっ」
「あー、もう待ってよー」
『キッチン・バー フロスタント』
「昨日は気づかなかったけど、この店フロスタントって名前なのか」
「うん、朝早くからやってるから街の職人さんとかもご飯食べに来てるよ」
「ふーん、夜は夜で居酒屋みたいに経営してるんだよな?すごい頑張るな」
「朝昼晩をここで食べる常連客も居るみたいだよ」
「はぁーっ、強者だな」
話をしながら店の扉を開けると、出迎えたのは昨晩の野太い野郎の声では無く、まるでお花畑が広がるような透き通った声が店内に響き渡った。
「いらっしゃいませー!あ、レイリーちゃんおはよー!」
「ユリスちゃんおはよー!今日も元気だねっ」
「もっちろん!私の取り柄は元気だもん!」
レイリーと親しげに話す少女の名前はユリス。実はこの店に足繁く通う常連客の中にはユリス見たさに来る者も少なくないらしい。
「あ、ごめんなさいお客様!すぐに席にご案内します!」
行儀良くお辞儀をするユリスの姿に、タイヨウを含む店内の客の視線が集まる。
「あ、はい」
「あの子はユリスちゃんって言ってね、ここのマスターの娘でこの店の看板娘なんだよっ!」
元気も愛想も良いこの店の看板娘。
「こちらの席へどうぞー!」
「ありがとう」
「ユリスちゃんありがとうっ」
彼女が動けば店内の男の目が動く。
「レイリーちゃん、こちらの方は?」
「今だけ仮でパーティ組んでる人だよ!」
「ミソラ タイヨウです」
それはタイヨウとて例外では無く、これはもはや男として生まれたからには避けて通れないであろう本能。
「ユリス ハートネットです!このフロスタントのマスターの娘で、朝昼の部を担当してますっ!今後もご贔屓にお願いしますっ!」
ここであえて効果音を付けるのであれば、「たゆんったゆん」であると考える。そしてタイヨウの理性が語りかける。
「(ユリスちゃんか……喜べお前ら巨乳枠だぞ、
身長は低いのに巨乳で、いっぽん三つ編みだぞ?エプロンはもう……原型留めてないんだぞ……?)」
誰に語りかけているのか、などと野暮な事を言うつもりは無い。そこにあるのは確かなる母性。それだけでいい。
「むむむ……オッパイばっか見てる……」
男性から女性に向けられる視線と言うのは、男性が思っている以上に女性は気付いていると良く聞く。そして男性が本能に従っている時と言うのは、あまりに無防備なのだ。
「さて、何にしようか……なぁレイリー、オススメあるか?」
「知らないっ、好きなのにすればー?」
「な、なに怒ってるんだよ」
「怒ってないもん!」
明らかに不機嫌なレイリーだったが、タイヨウにはその理由に検討が付かず無難な物に決めた。
「なんなんだ?んー、とりあえずモーニングセットでいいかな、レイリー決まったか?」
「キミと同じの!」
「あ、はい」
喜怒哀楽の激しい今日のレイリーに一抹の不安を残しつつも、とりあえず注文を済ませようと店員に声をかける。
「すいませーん」
「はーい!ただいまー!」
何人か居る店員の中で、偶然にも近くに居たユリスがタイヨウの対応をした。
「むむむっ」
「お待たせしましたー!お伺いします!」
朝のピークは過ぎたとは言え、なるべく客を待たせまいと小走りで駆け寄るユリス。そして全てに等しくかかる重力の影響を人一倍に受け、揺れに揺れる母性。それはまるで一つの生命かのように暴れ回る。
「えーっt「モーニングふたつ!」
「「え?」」
意図せずタイヨウとユリスの声が重なる。
「ユリスちゃん!モーニングふたつ!」
「え、うん、あっ…はい!モーニングふたつありがとうございます!」
「レイリー?なんか様子がおかしいぞ?」
「……ふんっ」
「あの……レイリーさん?」
「……なに」
「なんで怒ってらっしゃるのですか……?」
「……知らないっ」
女心と秋の空、とは良く言ったものだ。
「(なんか俺やらかしたかな……)」
今日のレイリーに至っては山の天気と同じくらい変わりやすいと思うタイヨウだった。
「レイリーの気に触ることしたなら、ちゃんと謝るからさ……」
少しの沈黙がふたり包む。
「きみは……悪くないよ」
レイリーには思う事があった。
「(昨日の夜の事があってからなんか恥ずかしくて、でもおんぶしてくれてる時はなんか安心出来て……)」
「そ、そうなのか?」
「うん……」
まだ出会ったばかりのタイヨウに心を許している自分の気持ち。
「(朝もアタシの事かばってくれて、ぎゅーされて……なのにユリスちゃんのおっぱいばっか見て……おっぱいばっかり)」
「ならいいんだけど……」
「やっぱり君が悪いっ(なんかモヤモヤするかも……、めんどくさい奴って思われた、かな)
プイッと顔を逸らすレイリー。
「えぇっ?!(なんだコイツめんどくさ可愛い!)」
「ふんっ」
「俺はどうすればいいんだよ……」
「んー!ずっと目つぶってろー!」
「そんな無茶な」
「お待たせしましたー!ごゆっくりどうぞー!」
「ユリスちゃんありがとうっ」
「モーニングは飲み物おかわりできるからいつでも言ってね!」
もはや喋るだけでも揺れていると錯覚しだしたレイリー。
「ッ!、ありがとうっ!」
一瞬言い詰まった様子のレイリーを見て不思議に思ったタイヨウだったが、あまり気にせず食事を始める。
「ん?まぁいいか、いただきまーす」
「いただきます……アッ、おいしい」
料理のおかげか、先程までの暗い雰囲気では無くなっていたが以前レイリーの元気は無かった。
「ふぅ、ごちそうさま」
「ごちそうさま……」
どうにかしてレイリーを元気付けたいと辺りを見渡して何か無い探すタイヨウ。そしてテーブルに置いてある手拭き紙に目を付けた。
「おっ、この手拭き紙使えるぞ」
口元を拭く柔らかい紙とは別に、テーブルや手を拭くための硬めの紙。正方形の紙を半分に折った形容器に収まっているため、タイヨウにとっては好都合だった。
「ねぇ、キミ何してるの?」
「んー?ちょっと待っててな……コレをこうしてっと」
「何か作ってる?」
今まで見たことも無い折り方で、瞬く間に姿を変えるたった一枚の紙。
「出来たっ! ほらっ、やるよ」
「 すごい!なにこれ?!」
タイヨウが作っていたのは折り紙で作った鶴だった。幼い頃から手先は器用だったタイヨウは特技は?と聞かれたら折り紙と答える程のものだった。
「結構良い出来だろ?自信作だっ」
タイヨウから受け取り手の平に乗せて眺めるレイリー。
「わわっ!すごい!よく出来てる!」
「こうゆうのは得意なんだよなぁ」
もっと他の取り柄が欲しいと思っていた事もあったが、今となっては悪くないと思うタイヨウ。
「可愛い、ありがとう!」
満面の笑を浮かべ無邪気に喜ぶレイリーを見て、やっと肩を撫で下ろす事が出来た。
「やっと笑ってくれたな」
「えっ、」
「なんかずっと思い詰めた顔してたからさ」
「ごめんね、心配かけて……」
その理由は他人からしてみれば下らない事だったかも知れない。しかしレイリーにとっては初めて感じた感情だったのだ。
「レイリーは笑ってる顔の方が似合ってるぞ」
今まであまり見なかったタイヨウの笑顔にレイリーに甘酸っぱい感情が芽生え始める。
「うぅぅぅ、ありがとう……」
「でも辛い時とか泣きたい時とかあったら俺でよければチカラになるからさ」
「うんっ」
「俺じゃ頼りないかもしれないけど……ははっ」
「そんなこと無いよ、昨日のキミの背中……すごく安心したんだよ……」
まるでふたりだけの時間が流ているかのような、そんな優しい感覚だった。
「お、おう、なら良かったよ……」
「うんっ」
そんなふたりの会話を最初から最後まで聞かざる得なかった後ろの席の人は「朝っぱらから砂糖吐きそうだわ」と笑顔で店を後にしたと言う。
「さて、そろそろ戻るか」
「うん、そだね。あっ、ユリスちゃーん!」
「はーい」
レイリーに呼ばれた事が嬉しく普段より早いペースで駆け寄ってきたユリス。
「グヌヌ…… あっ、ユリスちゃんごちそうさま、お会計お願いします!」
「はーい!ありがとうございます!伝票ここに置いときます!」
「ごちそうさまー」
意気揚々と店を出て来たタイヨウとレイリー。食事の味や満腹感に満足しただけではなく、タイヨウの咄嗟のほろ酔いプレゼントが幸をそうしたようだ。
「朝食までご馳走になってよかったの?」
「あぁ、にしても二人で1000シルなんて安すぎるだろ」
「ほんとだよねっだからこのお店好きなんだー」
「これはしばらく通いつめるだろうな」
「うんっ、ねね、また今度さ紙で何かつくってくれない?」
「ん?もちろんいいけど?」
「やたっ!」
「気に入ってくれた見たいだな、良かったよ」
「うんっ!」
結局レイリーの元気がなかった理由は分からなかったが、何はともあれ笑顔が戻った事に一安心していた。
「じゃぁとりあえず一回もどって卵の様子見るかな」
「そだね、気になってたし!」
「まだ聞きたいこともあるからな、また色々聞いてもいいか?」
「もっちろん!なんでも聞いて!」
「助かるよ」
「あっ!じゃぁさ!今日の質問のお礼はこの鶴って事にしといてあげるっ! 」
「そんな物でいいのか?」
何気なく作った折り鶴。元の世界では大多数の人が作れるであろう庶民的な物。
「いーの!だって……世界に一つだけの、アタシだけの鶴だもん!帰ったらどこに飾ろうかなっー♪」