正と負の感情
時は遡りレインズとアグルの交戦中。
破壊した筈の右腕が再生し、あろう事かサイクロプスの腕は四本に増えていた。
「傷はどうだ、アグル」
「お?なんだ、いつになく優しいな!」
「いや、痛むのであれば患部もろとも凍らせてやろうかとな」
「労わってくれよ……」
四本に増えた腕を慣らすかのように振り回すサイクロプス。
「さて、厄介な事になったな……」
「腕が増えたって事より再生するのがダルイな」
肩慣らしを終えサイクロプスがこちらに向かってくる。
二人は素早く建物から離れ、道の中央に移動しサイクロプスとの距離をとる。
「こうなったらよ、一撃必殺狙うか?」
「しかし瘴気が濃くなり奴自身の魔力も上がっている。呪文の詠唱を長くしなければダメージは通らないだろう」
「俺達の動きを警戒してるからなぁ、殺りづらくなったな」
サイクロプスは街路樹を引き抜きながら向かって来る。
「む、得物も復活か……」
「あんにゃろう……自然を大切にしやがれ!」
「奴の近くに街路樹はもう無い。先程と同様に得物から落とすぞ」
「はいよ!」
レインズが執拗に武器を狙うのには理由があった。
リーチが長く破壊力も申し分ない。
戦いにおいて不利になる事は間違い無いがそれよりも、サイクロプスの攻撃で建物が破壊される事を懸念しているのだ。
「奴に学習能力があれば私の攻撃を一番に警戒している筈だ。今回は私が奴の足を止める」
「じゃぁいっちょビリビリしてもらおうか!」
腕が増えた事により、サイクロプスは街路樹を両手で持ち大きく振りかぶる。
「グウオオオオオオ!」
咆哮とともに叩き付けられ、街路樹はミシミシとしなり葉を舞い散らす。
その時アグルはすでに動き出しており、サイクロプスの後方に控えていた。
「全く……直撃したら危ないだろう」
街路樹の長さとサイクロプスの挙動から距離を割り出し、丁度枝葉で隠れるよう回避したレインズ。
風圧で髪が激しくなびく。
「毛虫が飛んできたな……まぁいい」
サイクロプスは手応えを感じなかった事ですぐに街路樹を持ち上げ、空いている腕で追撃する。
しかしサイクロプスの目の前には、アグルは疎かレインズの姿も無かった。
「あわよくば得物をと思ったが……。まぁ、なんにせよ……一つ目が災いしたな」
レインズはすでにサイクロプスの足下に位置していた。
街路樹を持ち上げられた事で破壊は出来なかったものの、その街路樹の真下を通り足下まで移動していたのだ。
「アグル、準備はいいか」
「いつでもいいぜー!充電完了だ!」
サイクロプスは足下にレインズが居るとは、つゆ知らず後ろを振り返ろうと反転した。
「蒼蓮咲かす血潮となりて、氷華映す氷輪となれ」
サイクロプスの足下でレインズが詠唱をすると、蒼白い魔法陣が浮かび上がり一瞬でサイクロプスの下半身を凍結させた。
「んぁ?思ってた規模とちげー!このまま殺れるんじゃね?」
レインズはすぐにサイクロプスの後方をとる形で引き下がり、追撃の巻き添いを食らわぬようにする。
「いくぞ、ラークス!」
剣を両手で握り、その場で半身に構えで勢いを溜める。
下半身を凍結させられた事に驚いたサイクロプスだっだが、前方で構えて居るアグルを確認すると届かないと分かっていながらも、威嚇のつもりで街路樹を叩き付けた。
「おぉ?わざわざこっちに得物向けてくれたのか?
サンキュー……」
ラークスが肩に乗り尻尾から放電を始めると、アグルの雷属性と同調し剣が紫電を帯びる。
「なぁッ!」
アグルが声を張り上げてからは一瞬だった。
雷鳴のような轟音が響いたかと思うと、アグルは街路樹を縦に切り裂きサイクロプスの上半身に大きな風穴を開けレインズの横に居たのだ。
「む、近寄るな。ビリビリする」
「これでも出力抑えた方なんだぜ?」
「知らんな、ビリっとするのは嫌いだ」
「グウオオオオオオ!」
「ありゃ?」
下半身を凍結され、上半身の殆どを失くした筈のサイクロプスが唸りをあげる。
「まさか……こんな事が有り得るのか?」
再び濃い瘴気に包まれたサイクロプスの身体がみるみる再生される。
「あいつマジか?」
「再生する度に瘴気も魔力も強くなっているな……。
ん?あれは……」
ふとレインズは後方に気配を感じ振り向く。
そこには馬に駆け寄るタイヨウの姿があった。
「何をしているんだアイツは……」
身体の再生を終えサイクロプスが迫り来る中、タイヨウの行動を見届けるレインズ。
「……なるほどな。おいビリビリ」
「んぁ?」
「次で終わらせるぞ」
アグルは力任せに腕を振るうサイクロプスの攻撃を躱しながら反撃を続けていた。
「んな事言ったってアイツの様子だと再生しまくるぞ?」
アグルから受けたダメージが瞬く間に回復、再生していくサイクロプス。
「問題無い。タイヨウが元を断つ筈だ」
「ボウズが元を断つ?!どうやって!」
「さぁな。ただ……切った張っただけが戦いと言う事では無いからな」
「お、おう……?」
その頃ーー
「ふぇええん!」
ギュイー……
「あー!リリィちゃん、キュートが苦しそうだよっ!」
「びええええん!」
ギュ、イー……
泣きじゃくるリリィに強く強く抱き締められているキュートが苦しそうに鳴いている。
「フィールさん!お待たせしました!」
「タイヨウ君?!一体どこに……それは風車!」
タイヨウがわざわざ取りに戻ったのは、ルクトと共に量産し遠征隊一行に配った風車だった。
「はぁ、はぁ、ほらリリィ……コレすごいだろ?」
風に吹かれカラカラと回る風車を差し出す。
「ふぇっ……グスンッ……」
カラカラカラカラ
「すごいー!くるくる回ってるー!」
「リリィにプレゼントだ」
「ありがとー!」
キュー……
リリィに解放させたキュートが力無く項垂れる。
「キュート、ありがとうな。戻ってくれ」
キュイー……
「あっ、そうだフィールさん!レインズさん達が劣勢です!」
「何?!本当かい?!」
「あの化け物腕が四本になってて、苦戦してましたっ」
「レインズ殿と隊長でさえ苦戦しているのか……」
するとタイヨウは突然リリィを抱き上げた。
「フィールさん!とにかくリリィを家に帰しましょう!」
「え、あ、そうだね!」
「リリィ、家がどっちかわかるか?」
「んー、あっ!あっち!」
リリィが指差す方に走り出すタイヨウとフィール。
少し走っていると霧の向こうに人影が見えた。
「あっ!ママ!パパ!ルルも!」
「おぉ!マジかよかった!」
タイヨウとフィールが急いで駆け寄る。
「ママ!」
「リリィ!無事で本当によかった……」
タイヨウがリリィを降ろすと両親が駆け寄り強く抱きしめた。
「パパぁ、ごめんなさい……」
「良いんだよリリィ……本当に、本当に……無事でよかった」
「良かったっすね……フィールさん」
「そうだね、一安心だ」
タイヨウとフィールが肩を撫で下ろしていると、リリィの父が深々と頭を下げお礼の言葉をかける。
「娘を、リリィを助けて下さって……本当に、本当にありがとうございます!」
その後ろでリリィを抱き上げた母も深くお辞儀をする。
「いえいえ」
つられてお辞儀するタイヨウ。
するとフィールが「リリィちゃんに怪我は無いですが、酷く濡れてしまっていますので早く暖めてあげてください」と大人の対応をする。
「ありがとうございますっ、なんとお礼を申し上げたらいいか……」
「当然の事をした迄ですので、お気遣いなく」
「本当にありがとうございます……。所であなた方は一体……」
「我々はーー」
「あっ、フィールさん。俺に言わせて下さい」
「えっ?あぁ……うん?」
タイヨウは一歩前に出ると、深く深く息を吸い込み
「我々は!アイガール アストフトの命により!このストラトスの異常事態を打開すべく参った特別遠征隊部隊である!」
可能な限り大きな声をあげた。
「なっ?!タイヨウ君何を!」
「現在我々の戦力は!氷の暴君として名を馳せたレインズ ロクサーヌを筆頭に!アストフトが誇る一等防衛隊、隊長率いる武装隊が控えており!最寄りの村には別動隊も待機している!安心して欲しい!」
タイヨウの奇行に理解が及ばず、混乱するフィール。しかしこれには意図があった。
レインズとアグルの名を聞いたリリィの父は驚きつつも、その表情には希望を見出した様子だった。
「あ、あの一騎当千、アストクリフ最強の剣士レインズ様とアストフト部隊総隊長のアグル様がここに!?」
タイヨウとリリィの父との会話を耳にした近隣の住民達が窓を開き、外の様子を確認している。
それに気付いたタイヨウは更に続けた。
「ストラトスに住まう人々よ!怯えるな!臆するな!その感情は必要無くなった!希望の光は今ここにあるッ!」
タイヨウの声が街の人々に希望をもたらした。
開いた窓からは、安堵の声と「アストフト万歳!」という勝鬨が各所から上がり負の感情が薄れてゆく。
「そうか!コレが狙いだったのか!」
合点がいったフィールがそれに続ける。
「皆さん!現在、我々遠征隊は交戦中です!未だに外は魔物が徘徊しており危険です!全てが終わるその時まで!もう少しの間我々を信じ辛抱して下さい!」
「おおおおお!」
雨が弱まったのは決して気のせいでは無かった。
まるで負の感情が薄れて行くのに呼応して雲は薄くなり、霧も晴れてきていた。
「お兄ちゃん!」
母の腕から飛び降り、風車をカラカラ回しながらタイヨウの下に駆け寄るリリィ。
「お?どうしたリリィ?」
タイヨウは屈み、リリィと顔を合わせる。
「ありがとう!」
ツインテールを弾ませながらリリィはタイヨウに抱き着いた。
それを見守る街の人々から正の感情が湧き出していたのは言うまでもないだろう。
「ねーねー!キュートは?」
「え"?えーっとだな……」
「リリィちゃん、キュートは疲れちゃったから今は寝ちゃってるんだってさ。だからまた今度遊ぼうね」
「そっかー、わかった!」
「フィールさん、助かりました」
「ふふっ、いいんだよ」
「フィールおねーちゃんもありがとう!」
「またね、リリィちゃんっ」
「おねーちゃん?!」




