この世界のシステム
18時をつげる鐘の音が鳴り止んでからも、空には鐘の音がこだましていた。やがてそれは空に吸い込まれタイヨウは切ないような、寂しいような……沈みゆく太陽につられて
心まで沈んでしまいそうな気持ちになっていた。
「すごい綺麗だったね」
「そうだな」
そんな気持ちを知ってか知らずか、レイリーは温かい表情でタイヨウに微笑みかける。
その時この世界で初めて会ったのがレイリーでほんとによかったと、タイヨウはそう思わずにいられなかった。
「なぁ、レイリー」
「はーい?」
「その……ありがとな」
「うんっ……ね、行こっ?」
「あぁ、行こう!」
先程までの陰鬱な気持ちが自然と綻ぶ。
「フーちゃんも行くよー!」
フォッホー
昼に比べると少し気温が下がり繁華街を歩いていても少し肌寒く感じる。見るとレイリーは薄いローブを羽織っているだけだった。
「寒くないか?」
必要があれば自分の上着を貸そうと声をかける。
「ん、大丈夫だよ、もうすぐ……ここ!このお店!」
「へぇ、良さそうな雰囲気だな」
店の看板を照らす照明に不具合があるのか店の名前は確認出来なかったが、タイヨウはこの店にどことなく温かい雰囲気を感じた。
「はやくはやく!」
レイリーが急かすように店の扉を開けると、店内から利用客の賑やかな声と店員の元気な声が飛び出してきた。
「 ヘイラッシャーイ!」
「あー寒かった!」
「そんな格好してりゃ寒いだろ」
「むー、キミは分かってないなぁ、女の子のオシャレは我慢が大事!なの!」
「はいはい」
店内の入口でそんな話をしているとガタイのいい店員が二人の接客を始めた。
「ラッシャイ!二名様で?!」
「はい」
「ちょっと聞いてるのー?!」
「はいはい」
「こちらへドウゾー!!」
「はーい」
「コラーっ!聞いてないでしょー!」
「ほらっ、座れよ」
「むむむむむーっ」
頬をぷくーっと膨らませるレイリーに思わず笑みが零れるタイヨウだった。
「さ、好きなもの頼んでくれ」
「こ、このくらいの事でアタシの機嫌を取り戻そうなんて考えだったら甘々だからねっ!」
頭上にプンスカマークが見えそうなほどわかりやすい様子のレイリーを尻目に、メニューに目を通すタイヨウ。
「あ、これ美味そうだな、完熟青苺のスイートケーキ」
「それずっと食べたかったの!絶対最後に食べるっ!」
プンスカマークは瞬時に煌めくエフェクトに変わりレイリーを包んだ。
「わかったよ、じゃぁこれは最後にしような」
「うん!」
タイヨウにとってこの世界に来て初めての食事。
店のメニューを見る限りだと度肝を抜かれるような物は無さそうでホッと肩を撫で下ろす。
「なぁレイリー、このアワアワってなんだ?」
「お酒だよ?アタシも一回しか飲んだ事ないけど……上のアワアワは味しないけどその下の液体がなんか苦いの」
「へぇ、これが酒なのか」
「飲む?」
「飲めるのか?!お酒だろ?!」
「アワアワは15歳から飲めるよ!」
結局酒の味を知ること無くこの世界に来てしまったタイヨウには少なからず興味があった。
「じゃぁ、1杯だけ」
「じゃぁあたしも!食べ物は適当に選ぶからね」
「わかった、よろしく」
「すいませーん!」
呼び出しボタンなどは無くレイリーが店員に声をかけるとすぐに返答が来た。
「ハーイ!少々お待ちをー!」
落ち着いた外観とは違って店内は食事を楽しむ人達で賑わっていたが、それよりも気になっていた事がタイヨウにはあった。
「なぁ」
「んー?」
「フー助どこ行ったの?」
「フー助?フーちゃんの事?そういえばさっきもそう呼んでたね。あ、店員さん来たから待ってね、
えっとアワアワふたつと、コレふたつと、コレと、コレでお願いしますっ」
「かしこまりましたー!」
「ひとまずこんなもんかな、
えっと、フーちゃんはスフィアリングの中だよ」
「スフィアリングの中?!」
「霊獣はね名前の通り霊、精霊的な存在だから、普段はスフィアリングの中に居てそれを召喚として呼び出してるの」
「そうだったのか……普通の生き物にしか見えなかった」
「基本こっちから召喚しないと霊獣達はこっちに来れないし、こうゆう食事する場所とかは霊獣禁止の場所が多いかな、おっきな霊獣とかもいるからね」
「なるほどな」
宿からここまで間、道程ですれ違う人や露店を開く人の何人かが霊獣を連れてたが、店に入ったら霊獣を見なくなったのはこうゆう事があったのだ。
「霊獣にもステータスがあるのか?」
「もちろんあるよ、
基本は主人のステータスとは関係無くて霊獣によってばらばらなの」
「ふーん、あとレベルって……」
「レベルはね、戦闘経験の熟練度を数字化したものでね、ギルドに加盟して職業を決めると街の外に出て魔獣とか獣と戦えるの
その戦闘時の経験を重ねていくと熟練度が上がってレベルが上がるんだよ」
えっへんと言わんばかりの満足顔のレイリー。
自分なりにちゃんと説明出来たのが嬉しかったのだろう。
「そ、そうなのか、ありがとう……」
「え、どうしたの?分かりにくかった?」
一転タイヨウの微妙な反応に動揺する。
「いや、違うんだ、説明はめちゃくちゃ分かりやすかった
……でも聞いといてあれだけど、ここまで何もわらな……忘れてるのに、なんで丁寧に教えてくれるんだろうって思ってさ」
タイヨウの言うことには一理があった。
記憶喪失の体とは言え何もかも分からない人間に対してここまでしてくれるだろうか。
「それは……だってキミが……」
「…ッ、」
俯き言いよどむレイリーの姿にドキッとしてしまい、ほんの一瞬の静寂がタイヨウにとっては妙に長く感じた。
「ご飯ご馳走してくれるんだもーん!これくらい当たり前だよ!」
思わず椅子からズリ落ちるタイヨウ。
「痛つつ、なんか一瞬ドキッってして損したわ!」
「ニヒヒっ、まぁ冗談はさておき、フーちゃんが初めて懐いたキミに興味がわいたんだよ」
「……そっか、ありがとな」
「お待たせしましたー!」
「あ、来たよっ!よーし食べるぞー!」
「よしっ!腹減ったー!食うぞー!」
「「せーの、カンパーイ!」」
豪快にノドを鳴らすふたり。
「「ぷふぁー!」」
「何だコレうまいな!」
「ほんと美味しいっ!苦いだけって思ってたけど、今日は美味しく感じる!」
「この苦味が癖になるなっ」
「料理とも合うしサイコーだね!」
運ばれて来た料理の品々はどれも元の世界とあまり変わらずタイヨウは安心して食事を楽しんでいた。
「今日はお礼だからな、好きなだけ食べてくれ」
「ありがとっ、でもアワアワは飲みすぎたらダメだね」
ふたりが気にしていたのは、店内で食事を楽しむ人々の様子だった。
「そうだな」
「飲みすぎたらあんななっちゃうのかな……」
視線の先には盛り上がりすぎて酔いつぶれた人。ひたすら笑ってる人やずっと泣いてる人など、ふたりが酒の恐ろしさを知るには充分だった。
「っぷはー!もう食えない!」
「お腹いっぱーい!」
「量も味も申し分無し、レイリーのオススメの店大当たりだな!ほんとにありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさま!最後に完熟青苺のケーキも食べれたし大満足です!青苺が想像とちがってくあーってする味だったけど、美味しかった!」
タイヨウはこの時「くあー」と言う言葉が気になりつつも、満腹感と疲労感により早々とホテルに戻りたかった。
「じゃぁそろそろ宿に戻るか」
「そうだねぇ、明日からは忙しくなるだろうしぃ」
「外は寒いからここで待っててくれるか?支払い済ませてくるよ」
「りょーかいでっす!お願いしまっす!」
伝票を手に持ち立ち上がった瞬間、目の前の世界が少し歪んだ。一杯とは言え初めてのアワアワが効いてるようだ。
何処と無く身体も火照っているのを感じていた。
「はは、こりゃ飲み過ぎたらヤバイな」
少しフラフラしながらも無事に会計所にたどり着き、丁度近くに居た店員に声をかける。
「すいません、お会計をお願いします」
「まいどありー!合計で5200シルになりやす!」
「安っ!あれだけの品数と量、しかもどの料理も最高に美味いのにこの値段でいいんですか?!」
「嬉しいですねー!あっしたちはお客さんの喜ぶ顔が見たく
この商売やってるんでさぁ、そう言ってもらえるとありがたい!気に入ってもらえたなら今後もどうぞご贔屓に!」
「もちろんでまた来ます、ごちそうさまでした」
「ありゃーす!」
「さて、レイリー迎えに行くか」
会計を済ませ、席で待たせているレイリーのもとへ行こうとするとすでにタイヨウの後ろにレイリーが居た。
「ごちそうさまでした!」
「あれ?レイリー来てたのか?」
「うんっ、そろそろかなって思ったから」
「そっか、じゃぁ帰ろう」
店の扉を開けると、一段と冷えた外の空気が二人を出迎えた。
「うわわわぁ、寒いぃぃ、ヒック」
「コレ、着ていいぞ」
手に持っていた自分の上着をレイリーに差し出した。
「えっ、それじゃぁキミ寒くない?…ヒック」
「アワアワ飲んでから暑いくらいだったし最後に食べた真っ赤な辛いスープ、あれのおかげでポカポカだから大丈夫」
「そっか、じゃぁ借りるねっ!ヒック」
気分で言えばほろ酔い。タイヨウはすごくいい気分だった。夜の風も今は心地よく感じ、外はまだまだ賑やかであちこちでアワアワに呑まれたこの世界の人達の声が聞こえる。まるで平和そのものだ。
「なぁ、レイリー」
「んー?ヒック」
「この世界って今大変なんだよな?」
「この……せかい?ヒック」
「ッ!?」
タイヨウはハッとした。『この世界』と言う言葉をこの文脈で、この世界の者が使うのは不自然でしか無い。それかが記憶喪失のはずのタイヨウからとなれば尚更だ。
「んー?んー、んー?なんれー?きみがー?そんなことー
きくのー?ヒック」
「だ、大丈夫か?レイリー」
「へいわなのは、いーことだ!ヒック」
明らかに様子がおかしいレイリー。その時タイヨウは思い出した。レイリーの『なんかくあーってする味』と言う発言。そして思った。完熟青苺のケーキが原因なのでは無いかと。
「おーい、レイリー?」
「んーー、ねむいー……」
「……しょうがない、コレはもう、ほんとにしょうがない……おんぶするしか無い…っ!ほら、レイリー乗れ」
「はーい……よいひょー」
「…ッ?!」
後にタイヨウはこの時の事をこう語っている。『あの時背中に感じたふたつの柔らかな幸せを俺は絶対に忘れない』とーー。
無事にレイリーを背中に乗せ、ホテルに帰るために立ち上がる。するとどこからともなく聞こえて来た親子の会話が耳に入った。
「ねーお母さん、完熟青苺のケーキ食べてみたい!」
「だめよ、あれはお酒を使ってるし大人でもお酒弱いと酔っ払っちゃうのよ」
「ちぇー」
どうやらタイヨウの考えは間違っていなかったようだ。
「レイリー大丈夫か?」
「このまちはー、へいわだよーでもねー、ほかのまちはたいへん」
「わ、わかったから、早くホテルに戻ろう」
先程の質問にろれつが回らない状態ではあるが説明するレイリー。
「あめふらなかったりーたべものなかったりーたいへん……あたしのまちも……」
しかし、あまりにもろれつが回っておらずタイヨウは内容を聞き取ることが殆ど出来なかった。
「そうか、わかったから、今1番大変なのはレイリーだぞっ」
「それは、たいへんだー」
更に自らの不用意な発言を反省し今後の事を考えていたタイヨウには尚の事だった。
「会話の時は言葉は選ばないとだめだな……ほら、レイリー、行くぞ」
「はーいー」
そんな認識と共にもう一つ思った事。
「完熟青苺は……禁止だな」
レイリーを背負いながらホテルに入ると、フロントで支配人が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
「あ、どうも」
「ろうもー」
「お連れの方はずいぶんお酒を召し上がったのですね」
おやおやと優しく微笑む支配人。
「完熟青苺のケーキを知らずに食べてしまって……」
「なるほど、青苺ですか、それではコチラをお連れ様に」
そう言うと支配人はフロントの引き出しから栗の様な形の赤い木の実を二つ差し出してくれた。
「これは……?」
「チコの実といいましてね、すこし刺激的な味がしますが
酔い醒ましには効果が抜群なんです、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
片手で受け取った木の実をそのまま握りしめた。殻は固く潰れる心配は無さそうだ。
「それでは、ごゆっくり」
色んな意味を含んでそうな言葉と満面な笑を浮かべる支配人の様子に変な勘違いされてなければいいけど、と思うタイヨウだった。
「あ、お客様」
「はい、なんでしょう」
「恥ずかしながら当ホテルの壁はそんなに厚くないので
……お控えめに 」
「違いますからね?!」
「ふふふ……ちなみにチコの実は1粒で効果がありますので」
「ごゆっくりー」
「お前が帰るんだよっ!絶対勘違いされたな……」
と思ったタイヨウだったが誤解はいずれ解くとしてまずはレイリーをベッドに寝かさなければとフロントを後にした。
「ほらっ、部屋の前に着いたぞ鍵開けくれ」
「うぃー」
おんぶした状態でレイリーをドアの方に近付ける。腕は力なくだらんと垂れていたがドアのスフィアキーには届かず、やむなく中腰になるタイヨウ。
「は、はやくしてくれ……微妙な体制だから腰が痛い」
「うぃー、あーフーちゃん出たいのー?」
「なにーっ?!今なのか?!まて!今はマズイ!」
「フーちゃんいいよー」
「だめだっつってんだろおぉ!」
タイヨウの叫びも虚しく無視され、レイリーのスフィアリングから無事に霊獣が召喚させる。
フォッホー フォッホー ……フォッ?
「ヤバい……こっち見てる」
召喚された霊獣を警戒しつつ、どうにかレイリーの腕を持ち上げて鍵は開けられた。
「下手に動けばフー助を刺激しちゃうか……?」
なるべく音をたてずに静かに動きだすタイヨウ。
フォッホー フォッホー ……フォフォ!!フォフォフォフォフォ!!
しかし相手は霊獣とは言えフクロウ。初動で気付かれてしまった。
「痛ててててて!」
予想通りクチバシラッシュが容赦なくタイヨウを襲う。
「くそっ、フー助お前!愛情表現なら別の形にしてくれって!」
一連の騒ぎでタイヨウは手荷物を落としたが、その時はまだその事に気付かなかった。
「あー、フーちゃんダメー、メッだよー」
「くそっ、こうなりゃヤケだ!」
足でドアを開けそのままレイリーと一緒にベッドに倒れ込む。それまでの間クチバシラッシュがタイヨウの頭をツツキ続けてたのは言うまでもない。
「ぐぇっ」
まるでカエルの様な声を出したレイリーに声をかける。
「だ、大丈夫か?」
「もー、フーちゃんもどってー、イタズラばっかダメー」 フォッホー……
「フー助には悪いが助かった……っ!お、おい、レイリー」
勢いよくべっどの倒れ込んだせいでレイリーの衣服は淫らに肌蹴ていた。
「クソッ!俺には刺激が強すぎるっ!」
この状況を打開せねばと、支配人から受け取った木の実をポケットから出す。
「ほ、ほらレイリー、支配人の人がくれたチコの実だそ、これ食べろ!」
「えー、なんでー」
「なんでじゃない!色々危ないんだ!」
「むー、じゃぁ……食べさせてー」
レイリーは自ら身体を起こしベッドに座り直した。口を小さく開けて待っている。
「わ、わかったよ」
ベッドに座るレイリー。その正面に立つタイヨウ。このシュチュエーションに思う事はただひとつ。
「なんか……えっちだ……」
「んー??はやく……ひょうらい?」
口を開いたまま催促するレイリー。
「下を向いたらダメだ、レイリーの顎の下にはた、谷間が……レイリーのグランドキャニオンが……俺のトーテムポールがああぁ!」
意を決して木の実の殻を割りレイリーの口元に近付けるが、一口では食べれそうにない様子のレイリー。仕方なくしばらくはタイヨウが手に持ったまま食べさせるしか無いようだ。しかしなるべく下を向かないようにしている為タイヨウの手元が狂う。
「ほ、ほらっ、しっかり食べろよ…っ」
「あむっ、あぅ?あむ……はむはむ」
注:食べているのはチコの実です。
「くっ、ど、どうだ、うまいか……うっ!?」
注:チコの実の味の事です。
注:時おりレイリーの口がタイヨウの指に触れて驚いているだけです。
「ん…んー、にがい…ペッ」
注:チコの実です。
「あ、こらっ、ちゃんと飲み込めっ……ふぅ」
注:チコの実です。
注:なんとか全て食べさせた事による達成感です。
「んんーっ!ん…ぷはぁ…にがい、イガイガスル…」
注:チコの実です!
「ぃよっしゃああああ!コンプリートォ!今日ほど自分を褒めてやりたいと思った事はない!俺は打ち勝ったんだ……
寝よう」
レイリーは木の実を飲み込むとそのまま眠ってしまった。
タイヨウも自室に戻り休もうとしたが、ある事を思い出した。
「あれ?確か部屋から出る時も鍵が……あ、つんだなコレ
正直今のテンションのままレイリーと同じ空間に居るのは辛い(ムスコ的な意味も含めて)」
かといって再度レイリーを背負う事になれば再び訪れるのは約束された幸せ。
「俺は爆発するだろうな(ムスコ的な意味で)
これが……ハードラックって奴かぁ」
絶望の淵に立たされながらドアを見ると、ある異変が起きていた。
「んんっ!?ドアが閉まってない?!」
慌ててドアに駆け寄るとタイヨウの手荷物が引っかかっておりドアが閉まるのを防いでいた。
「なんで…あっ!」
そして思い出した。レイリーの霊獣が召喚され、クチバシラッシュされひるんだ時、偶然手荷物が落ちた事を。
「フー助ぇ……グッジョブ!」
「やっと自分の部屋に戻れる……」
今日一日で色んなことがあったが、それでもまだこの世界の事を何も知らないタイヨウ。
「今日はもう……寝よう、明日からまたこの世界での生活が始まるんだ……」