ストラトス南地区 市街地
ストラトス郊外を抜け市街地へとやって来た遠征隊一行。
郊外に比べ人口も多くなり、いくつもの建物が建ち並ぶ。
「ここもやっぱり人がいませんね……」
普段であれば馬車や行商人で賑わっているだろう街道も、郊外と同様に人の気配は無い。
「乗り捨てられた馬車も見当たらないな……」
魔物の群れに襲撃され逃げ仰せたのであれば残っているはずの馬車も無く、これもまた郊外と同様に激しく争った形跡は無かった。
「レインズさん、建物から人の気配ってしますか?」
「……建物からならば、かなりの数の気配を感じるな」
「やっぱり……あ、いやでも……」
何か掴んだ様子のタイヨウだが、まだ確信が無いのか後を濁した。
「なんだ、何か分かったのか?
今は魔物の気配は無いから話してみろ」
「あの、なんで魔物は街の人達を……その、殺さないのかなって考えてたんですけど……」
「ふむ、続けろ」
「魔獣って人の負の感情から生まれるんですよね?
しかもそれが一つの個体に集中すればヒトガタになるって……」
「そう……だな。ーーッ!そうか!」
「はい、だから街の人達を逃げられないようにして、長く多くの負の感情を集めたいのかなって思ったんです」
「その線で間違いないだろうな……。
それであれば街の中で定期的に襲撃して来た魔物の配置も説明がつく」
「え?そうなんですか?」
「なんだ……そこまで分かっていた訳では無いのか」
タイヨウの一言に思わず肩の力が抜けてしまう。
「俺はただ敵の目的を考えてただけですから……」
「いや、まぁ何にせよ合点がいった。よくやったぞタイヨウ」
「はいッ。で……結局なんで街に入ってからも襲撃してきたんですか?」
「つまりだ……」
レインズが言いかけた瞬間「まて……敵の気配だ」と、声を強ばらせた。
今までの敵とは違った気配を感じ取り、戦闘態勢を取るレインズ。
降りしきる雨の中、街は霧に包まれようとしていた。
すると同じように異様な気配を前方から感じ取ったアグルがレインズの横に並ぶ。
「なんかヤバそうなのが来そうだな……」
普段おちゃらけているアグルが、今に限っては真剣な表情で剣に手を添えていた。
「敵も本気で我々を打ちに来たという事だろう」
レインズとアグルは馬を降り剣を抜く。
瞬く間に霧が視界を奪う程までに濃くなり、更に地面を打ち付ける雨の音で聴覚が鈍くなる。
そんな中、霧の向こうから大きな足音が少しずつ近付いて来ていた。
「かなりデカイんじゃねぇか?」
「……タイヨウ、馬から降りて隠れていろ。他の隊員も合図があるまで戦闘態勢をとりつつ後方で待機だ」
「は、はい……」
レインズの支持によって、一時的にタイヨウの護衛をアーチャーが務めることになった。
馬の操縦をアーチャーに任せたタイヨウは戦闘範囲の外まで避難する。
そうしている間にも、確実に接近してくる大きな足音。
「フィンブル、来いッ」と、レインズが霊獣を召喚したのと同時にアグルも霊獣を召喚した。
「やるぞー、……ラークス!」
アグルより召喚されたのは尾が三本の狐。
「おい、アグル」
「ん?なんだ?」
「よもやここで貴様の霊獣を解放させるつもりじゃないだろうな?」
「……あー、いや……大丈夫だ!」
レインズは額を押さえ「はぁ」と大きく息を吐く。
「……陽動として使うからよ……」
「危うく全員感電死する所だったな」
アグルをきつく睨み付けるレインズ。
アグルの霊獣ラークスは雷の属性を持ち、自身の属性と掛け合わせ戦うのがアグルの戦闘スタイル。
しかし今回のように水が足下に存在し、なおかつ仲間と共闘する際、迂闊に属性攻撃を行えば巻き込んでしまうのだ。
「私がメインで殺る。貴様はサポートに徹っしろ」
「なんだよぉ、お前さっき派手なのやったじゃねぇか……ずりぃなぁ」
「ふん、あれではストレスの一割程度しか解消出来ていない」
「おまえ燃費最悪だな……」
次第に大きく、そして強く感じるようになる足音。
にも関わらず二人は会話を止めなかった。
「おっと、貴様のせいで解消したはずのストレスが溜まってしまった」
「え、そんなに?」
すると突然ーー
「グウオオオオオオ!」
霧の向こうから街が揺るがす程の咆哮がした。
「やーっと来たぜ……。待ちくたびれたっつの」
「油断は禁物だぞ、アグル」
「お前がそれ言う?」
「あ、ダメだまたストレスが……」
「マジか?」
「グウオオオオオオ!」
まるで緊張感が見られない二人を威嚇するように咆哮が続き「うーるせーなー。住民の方々がびっくりすんだろー」
アグルの文句が飛び出た所で、大きな足音と一緒に何かを引き摺り地面と擦れる音が強くなるのを感じたレインズ。
「む、来るぞ!」
そしてついに、咆哮の主が霧の中から姿を現す。
「オイオイ……なんだありゃ」
「まぁ……足音で二足歩行だと気付いてはいたが……」
ひと踏みで馬車を破壊出来そうなほどに大きな足。
大きな街路樹と遜色の無い太い腕。
「カーッ!なんでこんな時に限って雨が降ってんのかねーッ!」
「うるさい黙れ。出来損ないとは言え相手は魔人だぞ」
暗闇に光る大きな一つ目。
「わーってるよ」
無理矢理に引き抜いた街路樹を右手に持ち、引き摺り歩く巨大な魔人。
「サイクロプスか……。相手にとって不足は無いな」
「グウオオオオオオ!」
「行くぞ!」
「はいよぉ!」
サイクロプスの咆哮が戦いの合図となり、それと同時に街路樹を振り上げ叩きつける。
「うひょー!おっかねぇー!」
すんでのところで二人が攻撃を躱す。
「奴の挙動で軌道は読めるが……厄介だな。私が奴の得物を無効化するッ!アグルは陽動だ!」
「りょーかいッ!」
レインズが街路樹を持つ側に、アグルがその反対側に分かれ素早くサイクロプスの足下を駆け抜けた。
両サイドから同じタイミングで足下を抜かれたサイクロプスは、大きな一つ目をギョロギョロとさせる。
先に後ろに回り込んだアグルがサイクロプスの足筋に剣を入れた。
「うっお!硬ってぇぞコイツ!」
意表を突いた攻撃で片足を落とすつもりの筈が、硬い皮膚により剣が浅くなってしまった。
「グゥオォ」
大きなダメージにはならなかったものの、サイクロプスはアグルに注意が行く。
「それで充分だ。厄介な得物が無効化出来れば、本体は骨の髄まで凍らしてやる」
その間にレインズはサイクロプスの持つ街路樹の上に乗り上げていた。
サイクロプスの後方にはフィンブルとアグルだけを向かわせ、レインズはサイクロプスの足下を抜ける寸前に切り返していたのだ。
「この程度の大きさなら詠唱は不要だな」
レインズは片膝を付き街路樹に右手を添え「はあぁっ!」と魔法を放つ。
すると瞬く間に街路樹が凍り付き、その氷はサイクロプスの右腕まで侵食した。
「その右腕、頂いて行くぞ」
レインズが剣を突き立て街路樹に突き刺す。
まるで薄い氷の板が砕けるかのような甲高い音と共に、アグルとフィンブルに気を取られていたサイクロプスの右腕が粉々になり崩れ落ちた。
「グウオオオオオオ!」
魔人もとい魔獣に痛覚があるのかどうか定かでは無いが、サイクロプスは建物の窓が割れるかの如く大きな叫び声をあげる。
「うはぁ〜、おっそろしい攻撃力だなぁ相変わらず……」
武器の破壊に留まらず、本体に大きなダメージを与えられたサイクロプスは残った左腕を振り回し無作為に攻撃する。
「このまま達磨にしてやるつもりも無い。次で終わらせるぞ」
「結局今回も見せ場無しかよー」
アグルは愚痴をこぼしつつもラークスとフィンブル、二匹の俊敏性を活かしサイクロプス撹乱させ、先程と同じ箇所に属性を纏わせ剣を振り抜いた。
「どーだ!痺れんだろ!」
雷属性の攻撃を受け、片足の自由を奪われたサイクロプスはやむなく片膝を付く。
「あと少しでも属性を強めていたら、貴様は今頃氷漬けだっただろうな」
「んぁ?」
アグルが声のした上を見上げると、レインズがサイクロプスの頭の上に佇んでいた。
「少しビリっとしたぞ!」
どうやらアグルが攻撃した時には、既にレインズがサイクロプスの頭上に居たようだ。
「あ、わりぃ」
「暫くサイクロプスの近くに居ろ。一緒に氷漬けにしてやる!」
レインズが感電したというのはつまり、サイクロプスの全身を電気が流れた事になる。
サイクロプスは全身を麻痺し、その場で動けずに居た。
「蒼の静寂導くは、光の雫と青い炎ーー」
サイクロプスにとどめを刺そうとレインズが詠唱を始めた。
その時だったーー
「あぶねぇ!」
「ーーッ!」
サイクロプスが突然、頭上のレインズを払い除けようと右腕を振り回した。
咄嗟にアグルはレインズを突き飛ばし、その身でサイクロプスの反撃を受ける。
「ぐぅおっ!」
そのまま弾き飛ばされたアグルは建物に衝突するも、受け身をとりダメージを抑えた。
「くっ、大丈夫かアグル!」
サイクロプスの頭上から突き落とされたレインズは、空中で体勢を立て直しアグルのもとへ駆け寄る。
「グウオオオオオオ!」
「くっそ!なんだっつんだよアイツ!」
けたたましい咆哮をあげるサイクロプスの姿には異変が起きていた。
「な……なぜ右腕が元に戻っているんだっ!」
「痛ってぇなぁ……。つかさっきより瘴気が濃くなってんぞ?!」
そこには先程レインズが破壊した筈の右腕が再生されーー
「オイオイオイ……ウソだろ……」
「腕が……四本……だと?」
禍々しい瘴気を纏いながら、腕を四本に増やしたサイクロプスの姿があったーー




