ストラトス領地
レインズが森から感じた謎の気配。
この事態を受けて遠征隊一行は、アストフト領地最北端の村で休憩を兼ねた作戦会議をとる事にしたのであった。
村敷地内での停車許可を得るために、アストフト家の紋章が鎧に刻まれている隊員の一人が門番と話をしている。
「村って言う割には結構でっかいんですね……」
「規模で言えばここはもう町だな」
村は塀に囲まれ、アストフト同様に四方に門が設けられているようだ。
「じゃぁなんで村って呼ぶんですか?」
「この辺りは元々、いくつかの小さい村が点々と存在していたんだが……おっと、門が開くぞ」
門番の合図と共に門が開き、先頭のタイヨウとレインズは動かざるを得なくなった。
「話はまた後だ」
「あっ、はい」
門を通り抜けると、大きくは無いが真新しい建物が立ち並ぶ村内。
多くの人で賑わっている大通りを行き、門よりほど近い広場へと案内される一行。
案内された広場に到着すると、報告を受けていた村の代表者達が集まっており、門番と話をした隊員が遠征隊を代表して挨拶を始めた。
「突然の訪問失礼する。アストフト領地が領主 アイガール アストフト様に仕える遠征隊だ。村敷地内の利用許可、並びに協力感謝する」
「遠征隊の皆様、お疲れ様でこざいます」
村の代表者が深々と挨拶を返し、続けざまに「こちらをお納めください」と軽食や飲み物が用意された。
一先ず休憩をとるために用意された軽食に手をつける一行。
握飯を頬張っているタイヨウの後ろから、レインズが声をかける。
「さっきの話だがな」
「あ、ふぁい」
「おっと、食事中だったか。すまんな」
「ーーッん!大丈夫です!」
急いで口の中身を飲み込むタイヨウ。
「ハハッ、食べながらでいいぞ?」
「あ、はい。それで……?」
「あぁ、ここは複数の小さな村が集まって出来た新しい集落なんだよ」
レインズ曰く、ここ数年で特に活発化した魔獣の影響により、小さな村が襲われる事態が増えてきたとの事。
それにより兼ねてから計画されていた村の合併が本格的に始動し今に至るようだ。
「今では世界中でこの計画が進んでいてな。
ここも出来たばかりで、まだ名も決まっていないんだ」
「なるほど……だからまだ村って言い方するんですね」
「ギルドに町として申請して、認可されるまでの間だがな」
「そうなんですね……」
タイヨウがギルドについての知識を深める必要があると考えているとレインズが呟いた。
「さて、そろそろ来るかな」
「え?」
「おーい!」
「ほうら、来た……」
サンドイッチを両手に持ったアグルがこちらやって来た。
「ほれ、お前も食うか?」
「ふん、貴様の触れた物など食えん」
「えぇ……。レインズさん、流石にアグルさんも怒りますよ……?」
タイヨウの不安は的中する。
「てめぇ……」
「ほらぁーー」
「ふん」
サンドイッチを両手にふつふつと怒りを露わにするアグル。
「そりゃぁ便所行ったあと手ぇ洗わなかったけどよぉ!言い過ぎだろ!」
「え"?!」
「そんな事だろうと思っていた……」
結局アグルは一人でサンドイッチを平らげた。
「さて、森の中はどうだったんだ」
「報告によると人間じゃねーみたいだな。霊獣が森の上空に到着する頃には気配を消されてたみたいだが、人間の臭いはしなかったって話だ」
「となれば野獣か……魔獣か」
「まぁ十中八九、魔獣だろうなぁ」
先ほどとは打って変わって真剣な様子のレインズとアグル。
「あの、なんで魔獣ってわかるんですか?」
「お、勉強熱心だなボウズ!野獣ってのは興味本位で俺達を見てくる事もあるがな、大人数での進行であればビビってすぐ逃げるんだよ。なおかつ偵察が来たとなれば一目散にな」
のはずが、歯に挟まったハムを爪楊枝で掻き出すアグル。
「はぁ……。少しは緊張感を持ったらどうなんだ……」
と、一つため息をつきレインズは続けた。
「しかし今回の気配の主は偵察が来た事に気付いたのか、自ら気配を絶っていた。
魔獣は野獣と違い意外と利口でな、考え選択する事が出来る魔獣も存在するんだ」
「やっかいですね……」
「そうだぞー、んでもって人間の臭いもしなかったとなると魔獣の可能性がいちばん高いんだわ。それも下手すりゃ統率力のあるやつだ」
「……リーダーが居るって事ですか?」
「その通りだ。先程の気配が魔獣だったとしたら、奴は下っ端の偵察といったところだろう」
役割を終えた爪楊枝を咥えながら空を仰ぐアグル。
「そーなると、今頃報告されて俺達を迎え撃つ作戦でもしてるかもなー」
「なにを呑気に物を言っている。それならばこちらも作戦を立てるべきだろう」
「作戦ったってよー、雑魚はお前が一掃してリーダー格を俺が殺る。大体いつもそれで終わるだろうよー」
「む、まぁそうだが……。しかし仮に人型でも居たら事だぞ?」
「人型って……魔獣がですか?」
「俺も見た事なんて無いけどよ、人間の負の感情が一匹の魔獣に大量に集まるとな、負の感情の根源……つまり人型になるって話だ」
「私も古い文献で読んだだけだが……」
「なんかおっかないですね……」
「つっても警戒は必要だからな。各部隊、戦闘態勢はとらせておくぜ」
「この先は茂みや草木も増えるからな。事と次第によっては辺り一面を掃除するのも考えておくか……」
レインズの言葉に異様なプレッシャーを感じたタイヨウ。
「え、なんか……とんでもない事をしそうなセリフですね……」
アグルは「はっはっはっ!」とタイヨウの肩を叩いたかと思うと腕を回し「安心しろ、ボウズ。文字通り掃除してくれるからよ」と囁いた。
「文字通りですか」
タイヨウにはどのような事が起こるのか想像も付かったが、続けて「その時は絶対動くなよ?お前まで一緒に掃除されるぞ?」アグルに脅かさせる。
「え……それなんて言う無差別MAP兵器なんですか」
「無差別とは失礼だなタイヨウ。きちんと敵味方で撃ち分けるさ。まぁ、手元が狂って貴様だけは一緒に掃除するかもな、アグル」
「やめろ冗談に聞こえねー」とアグルは苦笑い。
「まぁ奴さんがその気ならこっちもやってるさ。霊獣解放して戦闘出来るようにもしとく。なんならこの村出た所から解放しといて、茂みやら草木を走らせるか?」
「いや……地の利は向こうにある。霊獣を危険な目に合わせる訳にも行かない。第三部隊の鳥類だけを高い位置に配置させて、常に見張る形をとるのはどうだろう」
(完全に空気な僕……)
「まぁそれが妥当だな」
(この辺はなんか雲が多いな……。そう言えば調査報告書には不気味な雨が降り続いてたってあったっけ……。この先その雨が降ってくるのか……あれ?)
「あの……」
「どうした、タイヨウ」
「この先ってストラトス領地ですよね?確か調査報告書に領地内は雨が降り続いてるって……」
「あーっと、そうだったな……迂闊だったなこりゃ」
アグルが自らの額をペシンッと叩く。
「これは思っていた以上に危険な遠征になりそうだな……。アグル、作戦変更だ。良くやったぞタイヨウ。お手柄だ」
「え?ホントですか?」
「危うく第二部隊をポシャる所だったぜ」
「そうだな。ここから先は第一、第三部隊のみで進行しよう」
「おう、意義無しだ」
レインズとアグルの話から、その理由を推測するタイヨウ。
「……そうか、安全を確保してから第二部隊をストラトス領地に入れるんですね」
「お、賢いな。正解だっ!危険だって分かってんのに、カモにネギ背負わせて連れてく必要もないからな」
「雨は鳥類の飛行能力を下げ、索敵能力も落ちる。さらに雨音で敵の気配も薄くなる………。すっかり雨の事を失念していた」
「カーッ!こりゃぁ相当骨の折れる仕事になりそうだぜ!」
言葉とは裏腹に若干嬉しそうな様子を見せるアグル。
「そのようだな」と辺りを見渡すレインズ。
「村敷地内とは言え第二部隊の護衛も必要か……第一、第三部隊を解体して護衛に充てよう」
「それしかねーよなぁ。第一部隊はお前とボウズ、アーチャーとランサーを一人ずつ出張ってもらう。
第三部隊は俺含めた十五人だから……」
「貴様を含めた十人で良いだろう。第二部隊の護衛は合わせて七人だ」
「だな、それで行こうぜっ」
「では決まりだな」
「よしっ、じゃぁ俺は隊員に伝えてくるな」
「頼んだ」
第一、第二部隊への指示の為この場を後にするアグルを横目に「……ふぅ」と一息付くレインズ。
「お疲れ様です。ここからストラトスの街までどれくらいなんですか?」
「そうだな……第二部隊を切り離した事で足は早くなる。順調に進めば三時間程だろう。
だが雨が降って足元が悪くなっていたり、それこそ戦闘になれば更に遅くなる」
出発を早めたのが幸いし、今はまだ午前十時過ぎ。
「少なくとも日が暮れる前には到着出来るだろう」
とレインズは予想した。
「そうですか、わかりました」
「いつでも動けるように身体は解しておけよ」
「はい……」
緊張した様子のタイヨウを見たレインズは「安心しろ。お前は私が守る」と、タイヨウの肩に手を置いた。
「カッコよすぎですレインズさん」
「はっ、褒め言葉としては受け取れんな」
照れ隠しからか、顔を背けるレインズ。
「ははっ、そうですよねっ。……ありがとうございます、レインズさん」
「……ん」
レインズの気遣いで少し落ち着きを取り戻したタイヨウ。すると他の部隊に指示を終えたアグルがこちらにやって来た。
「おーい、準備出来たぞー」
アグルの報告を受けて出発を決めるレインズ。
「わかった、では行こうか」
「はい」
そんな折、第二部隊と護衛を村に預ける為アグル自ら代表者に話をする。
「すまねーな、ちょっとの間うちのが世話になる」
「お気になさらず、皆様のご無事を祈っております」
「感謝する。では」
「んじゃ、野郎ども村は頼んだぜー」
「かしこまりましたッ!」
こうして第二部隊を村に残し、解体され足が軽くなった遠征隊一行は再度ストラトスへと進行を始めた。
先頭を行くレインズとタイヨウが行路の確認をしているとーー
「さて、いよいよストラトス領地に入るぞ」
目立った印などは見当たらなかったが、どうやらこの先でアストフト領地を越えるようだ。
「雲行きが怪しいですね」
「報告書通りだな……風も少し出てきた。
辺りを注意しておけよ?」
「はい。でも、太陽が雲に隠れてたら鏡じゃだめですよね?」
「こうなった以上は何かあればすぐに笛を吹くか私に知らせるんだ。まぁアグルが最後尾にいるからな、その点は安心しているが」
「あ、……はい」
何だかんだ言いつつも、アグルを頼りにしているんだなぁと思いつつ今は黙っていることにしたタイヨウ。
「幸いな事にこの後、雨に強い鳥類の霊獣が偵察と索敵で飛ぶ事になっている。これで少しは楽になるだろう。
更に第二部隊がいなくなった事で馬が走れるようになったからな、偵察が飛び次第走るぞ」
「はい!」
タイヨウの返事の直後、後続の部隊から二羽の大きな鳥の霊獣が飛び立った。
「飛んだな。しっかり掴まっていろ……はっ!」
「はっ、はいっ!」
レインズが轡を引き馬が走り出す。
「タイヨウ、後続は着いてきているか?」
「か、か、確認しままます!」
これまでと違い激しく揺られながらも、振り向き後続を確認する。
「だ、だだ、大丈夫ですす!」
「よし。このまま行けるところまで走り抜くぞ!」
「わっ、わっ、わかりました!」
順調に走り進む一行だったが、次第に雲が暑くなり生温い風が肌に纒わり付き嫌悪感を覚える。
「あ、雨が……」
ポツポツと雨を肌に感じたかと思うと、次の瞬間には小粒だが風に吹かれ波打つような雨が降り出した。
「やはり降ってきたか……」
しかし幸いにも路面が硬く、泥濘も無いため馬は走り続けた。
「後ろも順調です!」
「よし、わかった。……このまま何も起こらなければいいが」
「ーーッ!レインズさんそれ言ったらダメなやつ……」
フラグと言う概念が無いこの世界で、レインズがフラグを建ててしまう。
「ん?なにがだ?」
とタイヨウの言葉の真意を確かめた時だった。
ピュイーーピューー!
索敵の為に飛行していた遠征隊の霊獣が異常を察知し鳴き始め、それと同時に後続の隊員が警戒を知らせる笛を吹いた。
ピー!ピー!
「ほらぁ!」
「なんだ私が悪いのか?!」
「そうじゃないんですけど!とにかく敵襲ですか?!」
振り続ける雨の中、猛スピードで進む馬を操るレインズ。
「まだ警戒態勢のはずだ!
それにこのスピードで走っていれば、敵も簡単に襲って来れまい……このまま走るぞ!」
するとタイヨウ達の後方で動きがあった。
背の高い茂みが大きく揺れ、こちらと並走されている様だった。それに対しーー
「第一部隊のアーチャーさんが弓を構えてます!」
「何ッ?!先手を打つ気か!」
ここで襲撃されれば後続の足は止まり隊が乱れるだけで無く、そのまま乱戦になる可能性があった。
「悪くないタイミングだが……殺れるのか?」
レインズが危惧していたのは、放った矢で敵を仕留めきれ無かった時の事だった。
仮に攻撃を外してしまった場合、それが敵を刺激する形になり反撃を受けるだろう。
アーチャーは茂みの中を走る敵の気配を感じ取りーー
「ーーシッッ!」
矢を放った。
「当たった!すげぇ!」
風の属性効果を纏った矢に貫かれた敵は、茂みの中を転がる音と共に断末魔をあげ、黒い塵になって消えた。
「見事だ。しかし茂みから黒い塵が見えた……やはり魔獣かッ」
魔獣に仲間意識があったかは別として、アーチャーの活躍により他の魔獣は怯み追走を止めたようだった。
「レインズさん!あれ!」
後方でのひと騒動が終わった直後。
先頭を行くタイヨウとレインズの前に魔獣が現れた。
「むっ、中型の魔獣か……。
生意気にも私の前に立ちはだかるか……面白い」
体長二mはある巨大なオオカミ型の魔獣が行路を塞ぐ形で立ち止まっている。
「面白くないです!このままじゃぶつかります!」
「ふん、誰に物を言っている」
レインズは腰に装備した剣の鞘を左手で抑え、右手を柄に軽く置き構えた。
「あの程度の敵を相手に……」
猛スピードで詰まる敵との距離。
魔獣は態勢を低くし両足に力を込めている。
「立ち止まっている時間など無いッ」
レインズが発した気迫に圧され、魔獣は玉砕覚悟で力強く踏み込みこちらを目掛け牙を剥き襲いかかる。
「相討ち狙いか。舐められたものだ……」
勝負は一瞬で決した。
「……あれ?」
衝突を覚悟し身構えていたタイヨウの耳に聞こえたのは、レインズが鞘に剣を収める音だけだった。
「どうしたタイヨウ。もうとっくに終わっているぞ」
「えっ?」
タイヨウが後ろを振り向くと、一刀両断され塵になりかかる魔獣が見えた。
「レインズさん……マジっすか?」
「む、何がだ」
「あの一瞬で真っ二つにしたんですか?!」
「なんだ、見ていなかったのか?」
「正直ぶつかるかと思って目閉じてました……」
レインズにより道は切り開かれ、遠征隊は減速すらせずに走り続ける。
「あの程度の魔獣、それこそ目を閉じていても打ち取れるさ」
「マジっすか……」
先の一戦以降、レインズがある事に気付いた。
「さて、どうやらさっきの魔獣がこの辺りのリーダー格だったようだな」
「そうなんですか?」
「あぁ、他の魔獣の気配が消えた……つまり自分達では適わないと一旦引いたのだろう」
レインズの推測を裏付けるように、周囲に敵が居なくなった事を索敵の霊獣が知らせた。




