優しさとは
「それにしてもこの量はいったい……」
「実はルクトがーー」
遡ること一時間と少し前。
「いい事を思いつきました!」
「なんだなんだ?」
「遠征へ向かう人達の分も作りましょう!」
「ほぅ……それで?」
「馬車に着けても良し、歩く人達は持ってもらっても良し!
少しでも……緊張がほぐれるかと思いまして……」
「なるほどな、ルクトお前いい奴だなホント」
「いえ、僕には本当に何も出来ませんから」
「いやいや、この街の将来は安定だなっ!」
「それに関しては、もちろん頑張ります!
それで……手伝って貰えますか?」
「あったりまえだ!俺は今回の遠征じゃただのお荷物だからな……むしろ協力させてくれ!」
「ありがとうございます!では棒をたくさん用意しましょう!」
「やったんぞー!」
「ーーてな訳でして……」
「タイヨウ様……ルクト……」
涙ぐむ目をハンカチで抑えるフェリアス。
「出来た弟子だよまったく……」
「体が弱くていつも迷惑かけてるし……何かしたいって思ってたんです」
幼いながら、人の為を思う気持ちを持ったルクトを思わず抱き寄せるフェリアス。
「ーーッルクト!」
「姉さん……」
(いいなぁ)
「お前には私がしてやろうか?」
「え"?!」
「羨ましそうな顔に見えたのでな」
「だ……ダイジョウブデス」
(そんなん小っ恥ずかしいわ!)
「なに、冗談だ
しかし良いアイディアだな、これなら皆喜ぶだろう」
「良かったな、ルクト」
「はい!」
しかしフェリアスは、浮かない表情をし始めた。
「水を指すようですが……」
「ん? どうしたフェリアス?」
「ストラトス領地付近は、不気味な雨が降り続いてると報告書に……」
昨晩の報告書の内容を思い出す。
「っは!そうだった……」
「そんな……」
「案ずるな、その事なら問題無い」
「「ホントですか?!」」
タイヨウとルクトの声が重なる。
「あぁ、ある物を使えば紙が雨に濡れても大丈夫だ」
タイヨウが「ある物ってなんですか?」と首をかしげる。
「なるほど……アカヒバキの樹脂、ですわね?レインズ様」
「さすがだな、フェリアス嬢」
「なんですか?その……」
タイヨウもルクトも頭上に?を浮かべる。
「アカヒバキと言ってな、その木の樹脂は粘着質でネバネバなんだが、熱を加えると水のように粘り気が無くなるんだ」
付け加えるようにフェリアスが続ける。
「それを紙に散布すると、冷えて固まって紙が水を弾くようになるんですの」
「あ!重要書物の保管でよく使われるやつですね?!」
「その通りですわっ」
フェリアスに頭を撫でられ、満更でもないルクト。
「ほぇ~、それでそのアカヒバキはどこにあるんですか?」
「それも心配要らないさ……そろそろ……」
タイヨウが「そろそろ?」と言う言葉を言い終えた瞬間だった。
「なにやら、面白そうな事をしているな?」
「「お父様!」」
「アイガール殿、予算の調整も終わったのですかな?」
「無事にな
レインズ殿も会議、作戦、遠征への参加感謝する」
「こちらとしても久々に、体と頭を動かすいい機会になっている
何より事の始まりは私の弟子だからな、出来る限り協力させていただく」
「心強いな……タイヨウ君、君はとても良い師に恵まれたな」
「はい!アイガールさん、泊めていただいたのに
ご挨拶に伺えなくて、すいませんでした」
「構わんさ
それよりまたしても興味深い物を作ったようだな
ひとつ見せてくれるか?ルクト」
「はい、お父様」
「ふむ、なるほど……素晴らしい出来だ
紙一枚からここまでの物を作るとは……やはり只者では無いな、タイヨウ君」
「ーーッ、ありがとうございます!」
「途中からではあったが、話は聞こえていた
アカヒバキはこちらで用意しよう
加工が済んだらルクトとタイヨウ君で皆に配って貰えるかな?」
「お父様ありがとうございます!」
「よかったなルクト!」
「はい!」
「はっはっはっ
……いやしかし、タイヨウ君には本当に助けられてばかりだな
ルクトのあんな笑い声を聞いたのは、もう何年も前の事だ」
ルクトの頭を撫でながら嬉しそうに話すアイガール。 「はい!本当に楽しかったです!」
その傍らでフェリアスが「ルクト、疲れては無いかしら?」と気にかける。
「今は本当に調子が良いよ!」
「なら良かったですわっ」
そんな二人の様子を暖かく見守るアイガールの一言が、この場の空気を凍りつかせた。
「ふぅむ……フェリアスもとても良い笑顔だ
どうだ?タイヨウ君」
「はい……?」
「フェリアスと成婚してアストフト家に婿入りしないか?」
「「「「ッはっ?!」」」」
全員の声が重なる。
「おおお、お父様ななななにを?!」
「タイヨウさんが兄さんに……!」
各々盛り上がるアストフト家の面々に、当のタイヨウは絶句している。
そんなさなか、レインズは一人額を抑え「はぁ……」と大きく息を吐いた。
「わっはっはっは!
なーに、軽い冗談だ!気にせんでくれ!
では、また後でな!わっはっはっは!」
豪快な笑い声を廊下に響かせながら、アイガールは去っていった。
「も、もうお父様ったら……」
そんな事を言いつつも、タイヨウの様子を横目でチラッと確認する。
が、未だ放心状態のタイヨウを見て「むーっ」と頬を膨らませるフェリアス。
そして、この状況を良しとしないレインズが話題を変える。
「おい、タイヨウ」
「は、はい!」
「会議での報告をする
場所を移そう……、フェリアス嬢、私が使った部屋でいいかな?」
「は、はい……ッ、大丈夫ですわレインズ様」
「感謝する」
レインズに鬼気迫るものを感じ、動揺するフェリアス。
「じゃ、じゃぁルクトは、一度部屋に戻っていなさい
また後で呼びに参りますわっ」
「わかったよ、姉さん」
「ま、また後でなルクト」
タイヨウの言葉に対し「はい、兄さん」と返事をされ驚く。
「兄さん?!」
「ーーッ!まだ気が早いですわよルクト!」
ルクトの発言にフェリアスが反応を示すも、それに気付かず「そこまで俺を慕ってくれたのか……」と、最早手の付けられない状態なってしまった。
「だめだコイツら」
レインズの悩みの種は膨らむ一方だった。
「さて、では会議での内容を報告する」
ルクトを部屋に戻した後、レインズの部屋にやって来た三人は、ソファーに腰掛けていた。
「お願いします」
一人で座る形になったタイヨウの言葉を合図に、報告が始まる。
「まず遠征隊は大きく三つに編成する
第一部隊を調査隊として先遣させ、ここに私とタイヨウが配属された
第二部隊は物資などの貨物を運ぶ馬車や人員、第三部隊は武装隊で、アグルが指揮を執る」
「じゃぁ、俺達は先頭組ですね」
「あぁ、第一部隊が戦闘になった場合に備えて、武装隊の数人を引き連れて進行し、第二部隊を取り囲むように第三部隊が守る作戦だな」
「そうですわね、今回は遠征としては距離も短く、盗賊に狙われる可能性は低いですが……
魔獣などに取り囲まれた場合を想定した布陣ですわ」
「……不遜と思われるかもしれないが、これでも散々修羅場はくぐり抜けてきた
よほどの数、もしくは魔獣でなければ一掃してみせる自信はある」
「さすがです師匠!俺は……その時その場で、自分に出来ることを頑張ります!」
「からかっているのか?」と軽く睨むと「そんな訳無いですッ!」
両手をぶんぶん振り否定するタイヨウを見て「フフッ」と笑い「まぁ、頼んだぞ」と背もたれに寄りかかった。
「そういえば、ログレスの方は大丈夫なのか?」
「あちらも順調のようですわ
なにやらログレスが決定的な証拠を見つけたとか……
ネズミを捕らえるのも時間の問題かと」
「ならよかった、俺も一安心だ」
「だが、最後の悪足掻きで遠征の邪魔をしてこなければいいが」
「ですね……」
「きっとログレスがその前に捕らえますわ」
「ならいいがな……、窮地に追いやられた人間は、何をしでかすか分からんからな、気は抜くなよ」
「了解ッ」
「あとお伝えすべき内容としましては……あ、そうそう」
会議の報告書を広げるフェリアス。
「第一部隊の出発は明朝5:00ですわ
レインズ様とタイヨウさんの馬を先頭に進行し、後ろに調査隊員が二騎並びますわっ
後続が、同様の陣形で武装隊員を四騎配置、その後ろに第二部隊と第三部隊が続きますわ」
「第二部隊の貨物があるからな
あまりスピードは出せんが私とタイヨウ、調査隊がなるべく早く異変を察知して後続に伝えねばならない
頼んだぞ」
「わかりました、こちらこそお願いします」
「ちなみにですが、おふたりには今晩もこちらに寝泊まりして頂く事になっておりますわ
タイヨウさんに関しては、ホテルに用が無ければ
こちらからホテルに使いの者を出し、数日間の外泊をお伝えに向かわせますわ」
「……特にホテルに用も無いし、悪いけどお願いするよ」
「かしこまりましたわ
レインズ様は一度お戻りに?」
「あぁ、色々と準備を整えてくる」
「夕方前にはお戻りください
決起会を予定しておりますわ
と言っても最終確認や、早めの就寝の為にささやかなものですが……」
「了解した」
レインズは立ち上がり、身支度を整える。
「では、早速だが行ってくる
タイヨウ、留守を頼むぞ」
「わかりました……あ、俺達も部屋出ます
ここレインズさんの部屋ですから」
「そうだったな」
タイヨウとフェリアスも立ち上がる。
「さて、俺も同じ部屋でいいのか?」
「はい、向かいの部屋ですわ」
「了解、じゃぁレインズさん、お気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」
「後でな」
「ふぅ、ひとまず落ち着けた」
レインズを見送り部屋に入りソファーに座るタイヨウ。
「そうね、お疲れ様」
「なんで普通に隣に居るのかな?」
「いいじゃない、別に
私だってたまには羽を伸ばしたいわっ
それにキュートで癒されたいの」
「そっちが本音だろ……仕方ない
キュート、ご指名だ」
キュイー♪
「あーー可愛い可愛い、癒されるわ〜♪」
「キュートも遊んでもらえるし、これはこれでよかったかもな」
戯れ終わって、キュートを膝の上に乗せ、頭を撫でるフェリアス。
「ねぇ、タイヨウ」
「どうした?」
「ルクトの事……本当にありがとう
タイヨウには感謝しても、しきれないわ」
「さすがに大げさだって」
気持ち良さそうにするキュートを見ながらフェリアスは続けた。
「ううん、ルクトはね、将来この街の……この領地の領主になるから、どうしても教育が厳しくなるの
お父様もルクトに重圧をかけてる事で、とても悩んでいたけど、この街の人達を安心して生活させる為にって……」
「たくさんの人の生活を背負うんだもんな……」
「うん……だから元々体の弱いルクトが、ストレスで心まで壊れてしまうんじゃないかって……
でも今日のルクトは本当に楽しそうで、見ていたこっちまで楽しくなっちゃうような、すごく幸せな時間だったの」
「まぁ、俺もさ……なんか弟と遊んでるような気分で楽しかったよ」
フェリアスの膝の上で眠ってしまったキュートを見ながら、静かに続ける。
「ルクトに無理させてないといいけど……」
「顔色もすごく良かったし、大丈夫よ
……やっぱりストレスも原因だったのかしらね
弟の悩みも聞いてあげられなかったダメな姉だわ」
フェリアスの目から、一粒の涙が零れる。
「何言ってんだ、このアホンダラ娘」
「え……」
「アイガールさんが言ってたんだ
たまたま俺の紙細工を見た日に、とても嬉しそうに話をしてくれたって……それってルクトの為に話したんだろ」
「……えぇ、そうよ」
「ルクトに喜んで貰いたいって、思ったんだろ?」
「……うん」
「ルクトもフェリアスが紙細工を教えてくれたって、
嬉しそうに話してた」
「ーーッ」
「それにルクトはちゃんとわかってるぞ?
アイガールさんや、フェリアスの優しさに」
「ありがとう……タイヨウ」
フェリアスから零れた涙がキュートに落ちる。
キュイ?……キュー
寝ぼけてフェリアスに抱っこをせがむキュート。
それに応えている最中、タイヨウが「可愛い弟分の為だからな、これくらい当たり前だよ」と励ますつもりで話す。
「え、弟……タイヨウ、それって……」
「分」を聞き逃したフェリアスがタイヨウに迫ろうとした時だった。
部屋のドアをノックされ、タイヨウが離席する。
「ん? はい?」
ドアを開けると一人のメイドがお辞儀をしてから「失礼致します
当主アイガール様より、アカヒバキの用意が出来たとの事でご報告に参りました」
「あ、はい……ありがとうございます」
「中庭で散布の作業をするので、良ろしければご同席をとの事です」
「中庭ですね、わかりました
……フェリアスも一緒に来るか?」
タイヨウの言葉で我に返るフェリアス。
「え……あ、はいっ
ご一緒致しますわ」
「じゃぁルクトも誘うか?」
「そうですわね、きっと喜びますわっ」
二人はタイヨウの部屋を出てルクトの部屋へ向かった。
「ルクト居るか?」
数回ノックすると中から声が聞こえた。
「今開けます」
「よう、アカヒバキの散布を中庭でやるみたいなんだ、一緒に来るか?」
「はい!行きます!」
疲れている様子も無く、タイヨウは肩を撫で下ろす。
「よし、じゃぁ行くかっ」
「はい!兄さん!」
「ルクト」
「なに?姉さん」
「周りの者が混乱いたしますわ……今はまだその呼び名は控えなさい」
「わかったよ、姉さん……行きましょう、タイヨウさん!」
節々気になったが「んん?おう……?」と三人は中庭に移動した。
中庭に到着すると、散布用の霧吹きを手に持った老人が待っていた。
「おぉ、これはこれは……
フェリアス様にルクト様、ご無沙汰しております」
「ごきげんよう、変わりないようで何よりですわ」
「こんにちは」
「どうも」
フェリアスとルクトの後ろから挨拶をしたタイヨウの存在に気付く老人。
「そちらの方は?」
「その紙細工を作成者の、ミソラ タイヨウさんですわ」
「はじめまして」
軽くお辞儀をするタイヨウ。
「まだお若いのに、素晴らしい技術と発想をお持ちの方ですな」
それを聞いて「他にも色々な物を作れるんですよ!」とルクトが嬉しそうに話す。
「ほっほっほ、いつか見てみたいものですな
では早速ですが散布を始めます故、風上の方にお越しくだされ」
「フェリアス、ルクト行こう」
「かしこまりましたわ」
「はいっ!」
「では……」
等間隔に並べられた風車に向かって散布を始める。
歳を感じさせない手際の良さに驚きつつ、タイヨウが「乾くのにどれくらい時間かかるんですか?」と問いかける。
「この季節ならば……30分くらいでしょうかな」
「あら、案外早いんですわね」
「ただ、この風車はくるくる回りますので、耐久性を上げる為に何回か繰り返します
それでもまぁ夕方前には終わるでしょうな」
説明しながらも、手を休める事無く作業は続いた。
するとフェリアスが感心しながら「ムラなく満遍に散布するのは、職人さんにしか出来ないですわね」
風に吹かれてくるくる回る風車。
「でも、見ているだけでも楽しいよ、姉さん!」
「そうね、本当に平和な時間だわ……」
「頑張って作ったもんな」
「はい、タイヨウさん」
「出来上がりが楽しみだ」




