戦いの準備
無事に社交会が終わり
タイヨウとレインズの二人は客室に戻り、椅子に向かい合って座り待機をしていた。
「あの、レインズさん」
「どうした」
「手……大丈夫ですか」
先の件で、レインズに傷を負わせてしまった事を、今まで気にしていたタイヨウ。
「大した事は無い」
「でもあの時、血が……」
あの時のタイヨウは、レインズの出血で我に返ったと言っても過言では無かった。
「……見るか?」
聞くと同時に掌をタイヨウに向ける。
「え?……えぇ?!傷口が凍ってる?!」
レインズの掌の傷口には、膜を張るように青く透き通った氷が覆っていた。
「あのまま血を流しとく事も出来ないしな
かと言って包帯など巻けばまた面倒になるからな
傷口を凍らして止血したんだ」
「そんな事出来るんですか?!」
「私の属性が水なのと、魔法と霊獣の力を使えば可能だ」
「お、奥が深い……
かと言っても治ってるって訳じゃないですよね」
「血を止めてるだけだからな
あと、やはり手は冷たく感じるぞ」
「す、すいません」
「済んだ事だ、気にするな」
「はい……」
「えぇい、辛気臭い
気にするなと言っているんだ」
レインズは突然立ち上がり、タイヨウの後ろに回ったかと思うと「この通り、ちゃんと手は動くんだぞっ」と、両手をグーにしてタイヨウの米噛み辺りをグリグリした。
「いだだだだだっ!わ、分かりました!
分かりましたからっ!」
すると数回のノックの後に客室のドアが開く。
「お待たせしまし……何をなさって居るのです?」
普段見せないレインズの行動に驚くフェリアス。
「む?いや、ちょっと躾を……」
それを目撃され動揺するレインズ。
「おーボウズにレインズ!さっきぶりだなって……
なんだなんだ?楽しそうだな!」
僅かに遅れてアグルも入室した。
「あ、どうも……」
解放され、米噛みを擦るタイヨウから離れるレインズ。
「……チッ」
「今舌打ちしたろ?」
「ほぅ、まだ耳は正常なようだな」
社交会で話をした時からタイヨウは思っていた。
「(なんでこんな塩対応なんだ?)」
「酷い言われようだな……まぁいいや」
「(いいんだ……)」
それを見兼ねたフェリアスが割って入る。
「レインズ様、アグル隊長、喧嘩なら他所でお願いしますわ」
「む、貴様の失態だ、詫びろ」
「え、俺が悪いの?あー、申し訳無かった……?」
「(無茶苦茶だ)」
「よろしいですわ」
「(いいならもういいや)」
タイヨウは、考えるのをやめた。
「さて、アグル隊長から伺いましたわっ
今回の遠征、レインズ様もご同行していただけるとか」
「微力ながら……、世話になる」
「心強い限りですわっ
と言うのも、社交会でのミソr……タイヨウさんの一件、アグル隊長から報告を受けておりますので、レインズ様がご同行があれば百人力ですわ」
「……ご期待に添えるよう努力する」
「(なんでフェリアスは、言い直したんだ?)」
「(なんて思っていのだろうな……
フェリアス嬢は、タイヨウを余所余所しく呼ぶのが嫌なのだろうが……)」
「元々遠征には、俺と副隊長が出張る予定だったんだがな、裏でこそこそ企ててたネズミ共をマークするのに副隊長が外されたんだ」
「なるほど、そこで戦力の追加として私を推薦しようとしてた訳か」
「おっしゃる通りですわっ」
置いてけぼりにも慣れてきたタイヨウが、会話の切れ目を狙って話に入る。
「あの……」
「なんだタイヨウ?」
「今回の遠征って、救援物資の配給とかじゃないんですか?」
「なんだボウズ、そんな遠足気分だったのか?
災害時の救援遠征なら、もちろんそれがメインだが、今回のような原因不明で起きてる非常事態には、ある程度戦力を整えるんだぞ」
補足するようにレインズが続く。
「魔物による被害か、はたまた人為的な被害か……
どちらにせよ、危険が伴う可能性があるからな」
事態は、タイヨウが思っているよりも遥かに深刻だった。
「自分が情けないです……、なんにも知らなくてすいません……」
「タイヨウさん……
しかし今回の遠征の決定打を打ったのは、間違いなくあなたですわっ
本来このような大規模遠征の際には、それに見合う何かしらの見返りが無ければ、これだけの人を動かす事は出来ませんのよ?」
アグルがタイヨウの隣に腰掛け肩を組む。
「救援物資はもちろん、それを運ぶ馬車に、その馬を動かす人員
さらには荷物や人を盗賊とか野獣、魔獣から護衛する兵、んでもって人の数だけ食料も水も必要だからな
とんでもない額の金が動くわけだ!」
「そうですよね……俺、ほんとに
とんでもない事をお願いしちゃったんですね……」
「それに見合う事をして頂いておりますので、ご安心なさってください」
「……そう言ってもらえると助かるよ
ありがとう、フェアリス」
「い、いえ……わたくしは何も……」
何やら甘酸っぱい空気が立ち込めそうになる所を、レインズが叩き切る。
「所でフェリアス嬢」
「はっ、はい!」
「例の二人の動向は?」
「ログレスを筆頭に現在も確認中ですわっ」
「あのヒゲ貴族達はストラトスを狙ってるんだよな?」
「はい、理由は何であれ領地を治める者が居なくなれば、そこに住む人や土地、鉱山や採石場など
全てが地に浮きますので、そこを狙っているのでしょう」
「ヒゲ貴族がそこをいち早く統治すれば、全部自分の物になるんだな」
「ボウズ分かってきたな!
奴らとしては潰れるのを待って、潰れた後を美味しくいただこうって魂胆だったが、わざわざ潰れないように手助けするなんて面白くないんだろうなぁ」
「だからこそアイガールさんが邪魔になる
かと言って直接妨害すれば領主間に波が立つ……
ならば関節的に、と言うわけだ」
「……あの御二方に好き勝手はさせませんわっ!
それにお父様は今回の遠征に市税を使いません
そこまでさせたのは、タイヨウさんの心意気だと
お父様は嬉しそうにおっしゃっておりましたわ」
アイガールの懐の深さに、感服するばかりのタイヨウ。
「アイガールさんがそこまで……ッ
俺も出来る限りの事をします!なんでも手伝います!」
その言葉を聞きアグルは突然立ち上がり「よく言ったぞボウズ!」と、タイヨウの肩を強く叩いた。
「だがまぁ、事戦闘に関しては、俺とレインズに任せておけば余裕だろうけどなっ!」
足を組み、椅子に背中を預けたレインズ。
「身の危険を感じたらアグルの後ろに居ろ」
「任せろ!レインズ共々守ってやんぜ!」
「私達の代わりにコイツが死んでくれる」
「おい?!」
「お願いします」
「ボウズまで?!」
三人のやり取りに「ふふっ」と笑いをこぼし、フェリアスが続けた。
「相変わらず仲がよろしいですわねっ
遠征の出発予定は明後日の明朝、北の正門からになりますわ」
タイヨウが「……明後日か」とつぶやく。
「出来ることなら明日にでもと裏で準備をしておりましたが、余計なネズミを二匹捕えなければならなくなった事で予定が……」
「仕方あるまい、その間に我々も準備を済ませて置くぞ」
「はいっ」
いつの間にか座り直していたアグルが突然、話題を切り替えた。
「お前ら今日は帰るのか?」
「始めからそのつもりだが?」
「もう遅いですし、良かったら部屋をご用意させますわっ」
「どうする、タイヨウ」
「俺は構いませんが……」
「決まりですわねっ」
「済まない、世話になる」
「お世話になります」
「お部屋の準備が整い次第、また参りますわ」
「よろしく頼む」
「じゃぁ俺も自分の部屋に戻るぜー」
立ち上がり背伸びをするアグル。
「貴様は帰れ」
「ざーんねん、遠征の準備と護衛も兼ねて屋敷滞在命令だぜ」
「ちっ」
「あの、ありがとうございました!よろしくお願いします!」
「あんま肩に力入れすぎんなよー」
タイヨウ達に背を向けながら、軽く手を振りアグルは部屋を後にした。
「ふんっ、キザったらしい真似を……」
「あの、レインズさん?」
再び二人になったタイヨウが、アグルとの関係を聞こうとする。が、
「なんだ、奴との事なら話すつもりは無いぞ」
「え"……あ、えっと、会場で商談?してた人から貰った紙って、結局何が書いてあるのかなって……」
出鼻をくじかれたタイヨウは、咄嗟に別の話題を引っ張る。
「あぁ、これか?明日には、この紙の情報をもとに進路を決めたりするだろうからな……
よし、今晩はお前に預けよう、目を通しておくといい」
「分かりましたっ
あの、俺に出来る事ってあるんですか……?」
レインズは、少し考えて答えを出す。
「残念だが、道中は特にないだろうな」
「そう、ですよね」
「だが、ストラトス嬢は、お前を待っているかもしれないな」
「……はい!」
レインズにとって、レイリーを話題に上げたのは浮石だった。
タイヨウに色恋沙汰に関する注意を促そうとしたのだ。
「そうだ、お前にひとつ言っておく事があr」
全てを言い切る前に、フェリアスがノックの後に入室して来てしまった。
「お待たせしましたわっ、
部屋の準備が整いましたので、それぞれご案内しますわ」
「お、ありがとうフェリアス」
客室を後にする途中、レインズは「また言いそびれてしまった」と呟いていた。
三人で廊下を少し歩いているとフェリアスが立ち止まった。
「レインズ様はこちらのお部屋に、その向かいがタイヨウさんのお部屋ですわ」
この屋敷のドアにもスフィアロック式の鍵が施されており、一日単位で鍵の登録が出来るようだ。
「了解した、感謝する
アイガールさんに挨拶もせずに申し訳無い」
「お父様も承知のうえですわ」
「ありがとう、フェリアス」
「では、ごゆっくり
失礼致しますわ」
もはや見慣れたフェリアスのお嬢さま風のお辞儀。
「おう、また明日な」
「はい……また」
フェリアスは二人に背を向け、廊下の奥へと歩いて行った。
「ではな、ゆっくり休めよ」
「レインズさん、おやすみなさい」
「おやすみ」
タイヨウが部屋に入り、その広さに驚く。
「広い……」
普段泊まっているホテルの部屋の三倍はある室内。
「さすがは領主の屋敷だな」とソファーに腰掛けた。
「ふぅ、ここならキュートだしても平気かな」
部屋に入った際に、スフィアキーの登録済ませ、今は
ロックも掛かってる。
「キュート、いいぞ」
キュイー♪
いつもより広い部屋で呼び出され、羽ばたける事が嬉しかったのか、バサバサと飛び回りはしゃぐキュート。
「あんまり騒ぐなよ?
……さてと、とりあえず着替えたいな」
部屋を見渡すとベッドの上に、部屋着が用意されていた。
奥には、シャワー室もあり高価なホテルに居る気分だ。
脱いだ服をハンガーに掛け、用意された部屋着に着替えた。
「おぉ、フワッフワだなっ」
着たは良いものの、それもまた普段は着ることのないガウン。
「……落ち着かないッ!」
元々着ていた服に着替えようと思ったが「ベッド汚しちゃうよなぁ」と諦め、他に着るものが無いかクローゼットを開けてみる。
「お!いいのあんじゃん!」
クローゼットの中には、キチンと折り畳まれた別の部屋着があった。
オーソドックスな紺のハーフパンツと白いTシャツ。
「ふぅ、やっと落ち着ける……」
そして部屋着に着替えてから気付く。
「風呂行ってからコレ着るべきだったな」
キュイー♪
「ん?どうしたキュート?」
機嫌良さそうに鳴くキュートに気付き、ふと見てみるとホテルの金庫よりもずっと大きな金属製の箱の上で休んでいた。
「お、良い場所見つけたな!ってなんだその箱?」
金庫にしては大きく、取っ手の付いた長方形の箱。
「見た目は完全に冷蔵庫だな……開けてみるか」
開けてみると中には容器に入った飲み物と軽食が入っており、箱の中はヒンヤリ冷たい空間になっていた。
「冷蔵庫でした」
更に、その隣に置いてある冷蔵庫に比べると小さな箱に自然と目が行く。
「まさか!電子レンジ的なやつか!」
ふたつの箱の中を除くと
それぞれ上部にスフィアが埋め込まれていた。
「なるほど、冷蔵庫の方は冷気を出すスフィアで、
レンジの方は熱くなるスフィアを使ってるのか」
ここへ来て、タイヨウの中でスフィア万能説が確立した。
しかしタイヨウの意識はスフィアよりも、完全に冷蔵庫の中身にあった。
「……勝手に飲んだり食べたりしたら怒られるかな」
この世界の常識……と言うよりも、こう言った待遇を受けたことのないタイヨウは、エサを目の前に待てを言い渡された犬のようにソワソワしていた。
そんな時、突然ドアをノックされる。
「ん? はいっ」
ドアの外からメイドと思しき声がする。
「お休みの所、申し訳ありません
お食事をお待ちしました」
「今開けますっ」
ドアを開けると食べ物や飲み物を、カートに乗せて運んできたメイドが立っていた。
「フェリアス様より、ミソラ様とロクサーヌ様にお食事とお飲み物をとお申し付けがあり、ご用意させていただきました」
「いいんですか?ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい
失礼致します」
礼儀正しいメイドのお辞儀につられ、タイヨウも軽くお辞儀をする。
「し、失礼します」
受け取った食事や飲み物をテーブルに置き、ソファーに座り一言。
「普通に高級ホテルですねっ」
すると、ベッドの中に隠れていたキュートが「キュイー」と顔を出す。
「キュート、ちゃんと隠れてて偉かったな」
ベッドから出て、タイヨウの頭の上に乗るキュート。
「ほんと可愛いなお前」
キュイ♪
「しかしまぁ正直会場では緊張してて、ほとんど食わず飲まずだったから、めちゃくちゃありがたい
フェリアスは気が利くなぁ……お?」
ふとトレイを見ると、食器の下にカードが挟まれていた。
「なんだこれ?」
食器を持ち上げカードを抜き取り見てみると、何か書かれているようだ。
「タイヨウへ、冷蔵箱の中身も加熱保温箱も自由に使っていいわよっ!
あと、大浴場もあるから好きな時に使ってね!」
差出人は書かれていなかったがフェリアスで間違い無いだろう。
「んー、フェリアス出来る子だなぁ」
ひとまず食事をしてから風呂に行くことに変更した。
「飲み物もたくさんあるから冷蔵庫入れとくか」
その中に一つ、金属製のコップに蓋をして密閉された物があったが、風呂上がりに飲もうと思い冷蔵庫に入れ食事を済ます。
「ふぅ、美味かった」
両手を合わせ「ごちそうさまでした」と呟く。
一瞬ベッドに目をやり「ここで横になったら風呂が面倒になる、絶対なる、さっと入ってこよう」
部屋を出てすぐの所に風呂はあった。
他に利用している人もおらず、広い浴場を独り占めしていたが、どうも落ち着かず早々と部屋に戻った。
「こんな所でも貧乏性が出るんだな……
なんか、切ない気分だ」
「まぁさっぱりすっきりしたし良しとしよう」と、レインズさんから預かった紙を取り出し眺める。
「寝る前にコレちゃんと見ておかなきゃな……」




