闇
「さて、聞こうか
と言ってもおおかたの予想はつくがな」
「レインズさん……手、すいません」
「ん、気にするな、傷は浅い
それにお前の過ちを未然に防ぐ事が出来たと考えれば、この程度のキズ安いものだ……
それで、話せるか?」
「……はい、」
その後タイヨウは、レインズに事の経緯を話した。
ふたりの領主が話していた事の内容。
怒りに身を任せ過ちを犯そうとした事。
あの時思った事、感じた事の全てを。
レインズは全てを聞いた上で、諭すように話した。
「……アイガールさんはだな、領地の大きさや自分の地位の高さには、特にこだわらない……
が、自分の立場を理解し、自分の領地に暮らす人々の事はもちろんだが、困ってる人に対しては手を差し伸べる優しい人だ」
「……はい」
「あの人は特別なんだよ
領主なんてのは、ほとんどが自分の身分を誇示する
ほとんどが自分の利益を優先する
まぁ、さっきのふたりは、以前から悪い噂をよく聞くからな、アイガールさんには私から警告しておくよ」
「……お願いします」
「それよりもだ」
「……はい」
「私が危惧しているのは、お前の心の闇だ」
「闇……」
「私だって目の前で大切な人の事や、あまりにも酷い事を企てている者目の前にすれば、同じような事を考えるかもしれない」
何も言わずに下を俯くタイヨウ。
「だが、お前は普通の人間とは違う
特異なステータスにスキル、霊獣、言うなればお前の存在自体が異質だ」
「ーーッ!」
「壇上からお前を見ていたが、途中からあまりにも暗く強い負の念……闇の気配を感じた」
「あの時、胸がざわついて……」
ふぅ、と小さく息を吐き続けるレインズ。
「普段を呑気に生きている奴らばかりの会場だったからな、他に気付いた者は居なかったが……
なんにせよ、あくまでも可能性の話だが
お前の中の闇が強まった影響で、ハードラックが周りに被害を出すようにでもなれば、冗談では済まなくなる
もしかしたら、それ以上の惨劇を引き起こすかもしれない」
「……はいっ」
「ハードラックが心の闇に影響するとは、考えにくいが
お前に至っては、その異質性から何が起きてもおかしくないんだ」
レインズはタイヨウの肩を抱き、自らの願いを伝える。
「私がお前に教える剣は自らを守り、そして人を守る剣であって欲しいんだ」
「はい……ッ」
十六歳と言う若さのタイヨウには、重すぎる運命の数々。
そんなタイヨウの重荷を少しでも減らそうと、レインズは抱きしめ続けた。
「落ち着いたか?」
時間にすれば数分だろう。
ただタイヨウには、その暖かく優しい温もりを感じ、落ち着きを取り戻した。
「……はい」
「長く席を外しておくのも何だからな
そろそろ戻ろうと思うが……」
「大丈夫です
ありがとうございますっ」
タイヨウから闇の気配を感じなくなったレインズは、ひとまず肩を撫で下ろす。
「わかった、じゃぁ行こうか」
「はい」
会場に戻ったタイヨウとレインズ。
「さて、私は知り合いに軽く挨拶に行く
お前も着いて来い」
「わかりましたっ」
「フェリアス嬢からのお達しもあるからな、何をしろとは言わないが、らしく振舞えよ」
レインズの後に付いて会場をゆっくり歩いていると、膨よかな男性に声をかけられる。
「おぉ、レインズ殿!久しぶりですな!」
「これはこれは、お変り無いようで何より」
「以前こしらえてもらった料理包丁、いつまでも切れ味が落ちないとシェフが絶賛しておりましたぞ!」
「それはよかった」
「またお願いさせていただきたい!
必要な材料があれば用意いたしますぞ!」
「ではまた次の機会に詳しく……」
「ありがたい!近々注文書を送らせていただきますぞ!」
「お待ちしている
では、失礼」
男性は、とても嬉しそうに去っていった。
「レインズさん包丁も作るんですね」
「今の人は料理が好きでな
腕利きのコックを雇っていて頼まれたんだ
あの人は食べる専門だがな……」
「なんかそんな気がしてました」
ふふっと少し笑ったレインズは、再び歩き出す。
「何人かと話はしてみる、
ストラトスに関する情報を得られればいいがな」
「はい、お願いします」
そんな話をしていると、突然声をかけられる。
「お、レインズ、久しぶりだな」
「げっ……、オホン、あぁ、しばらくだな」
一瞬、今までに見たことの無い表情をするレインズに驚くタイヨウ。
「今、絶対げって言っただろ?ちゃんと聞こえてんだぞ?」
レインズに対して親しそうに会話をする男性。
見た目は二十代後半くらいだろうか、
二人の会話を聞いている限りでは、レインズと近い年齢なのだろう。
「はて、私には聞こえなかったな
どこかでカエルでも鳴いたか?」
「なんでこんな所にカエルがいるんだよ
まぁいいや、元気だったか?」
背は高く、顎髭とショートウルフヘアの金髪が似合う世にゆうイケメンだ。
「アグル殿、弟子の手前あまり馴れ馴れしくしないでいただけるか?
それを抜きにしてもそんな間柄では、無かったと思うが」
「相変わらず冷てーなー
『氷の暴君』は健在って訳か」
「氷の暴君?」
後ろで話を聞いていたタイヨウが思わず言葉に出した。
「タイヨウ、聞かなかった事にしろ」
「お、さっきビシビシ殺気放ってたボウズだな、
やっぱりレインズの連れだったのか」
「……見ていたのか?」
「隠密命令が出てたからな、
悪いが気配は消してたんだ
まぁお前は、ボウズに夢中だったから
なおのこと俺に気付かなったんだな」
明らかに、アグルを邪険扱いするレインズ。
「ふん、相変わらずねちっこい奴だ」
「にしてもボウズ、ずいぶんドス黒い殺気だったなぁ
まるで魔物が見せるそれに近かったぞ?」
ここへ来て初めてレインズ以外の人と話すタイヨウは、何を話せばいいか混乱する。
「えっと……無意識?です?」
「タイヨウ、こいつと話すな
ろくな事にならない」
「ひっでーなー!
元パーティーメンバーだろ?初めてとった弟子くらい、しっかり紹介してくれよ」
「アグル殿に紹介する必要は無いと思うが?」
とにかくアグルを毛嫌いしている様子のレインズを、タイヨウは不思議に思っていた。
「まぁ、そう言うな
これから世話してやんだからよ?」
その言葉を理解出来なかったタイヨウは、「んー?」と首を傾げた。
しかしレインズは、その言葉に眉をヒクッとさせる。
「……なに?」
「ストラトスへの援助……もとい遠征だな
俺が指揮官になったんだ
そこのボウズも一緒に行くんだろ?」
「そうなのか?タイヨウ」
「行きたいとは、思ってます……」
「そうなれば、俺がボウズの面倒を見るわけだな!」
面倒を見る=俺も行ける
都合の良い方程式を成り立たせたタイヨウ。
「お、俺も連れて行ってもらえるんですか?!」
「お嬢からの指示だからな、よろしくなっ!」
「はいっ!よろしくお願いします!」
二人の会話を聞いて、レインズがある決断をする。
「待て、それなら私も同行しよう」
「えっ?!」
「タイヨウは私の弟子だ
まだ私の剣の一割も教えられていない
それに、弟子の面倒を見るのは師の役目だ」
「ずいぶんとまぁご熱心な事で……、
過保護すぎやしねーか?と、言いたい所だが
俺にとっては好都合だ」
何か裏があると気付いたレインズ。
「……話せ」
「ここではちょっとなっ、後で話す
……おっとこんな時間だ!じゃぁまた後でな!」
アグルはそのまま、風のように去っていった。
「ふん、時計も見ずによくもぬけぬけと
それにしても……一杯食わされたようだな」
軽く舌を打ち、小さくため息をつく。
「わ、悪い人では無いように感じましたけど……」
「……腕が立つ事だけは、保証してやる
なんにしても、詳しく話を聞かなければならないようだ」
「巻き込んじゃってすいません」
「私の意志だ、気にするな
それに他人に師を名乗った以上、その責任がある」
頼もしい師に巡り会えたことに、タイヨウは感謝の意を込めた。
「ありがとうございます、師匠」
「や、やめろ、そう言われるのには抵抗がある……」
少し顔を赤らめ、頬を指で掻く。
「ははっ、レインズさん、ありがとうございます」
「ん、しっかり私についてこいよ」
「はいっ!所で、氷の暴君って……?」
「ここで死にたくなければ、その事は忘れろ」
どうやら地雷を踏んだ様だ。
「えぇ?!はい!すいません!」
今度は大きく舌を打って呟いた。
「アグルを一度氷漬けにしやろうか……」
「ほんとに寒気してきた」
その後、レインズが何人かと話をするも、ストラトスに関する有益な情報は得られなかった。
「ふぅ……」
「疲れたか?」
社交会も佳境を越え、少しずつではあるが人の数も減って来ていた。
「まだ、大丈夫です」
「あんまり気を張りすぎるなよ
なれない格好に、なれない場所、疲れるのは当然だ」
「ありがとうございます
でも俺も出来る事は、しておきたいんです」
「そうか、もうひと踏んだりだ」
「はい!」
「あと一人か二人に話を聞いたら、我々も引き上げよう
見知った顔も居なくなって来たしな」
「わかりました」
「おや、これはこれはレインズさん
ずいぶんと久しいな」
「ん、おぉ、ご無沙汰している」
この会場の来賓客とは、違う雰囲気を持った初老の男が現れた。
「後ろの方はお連れかな?」
「私も弟子をもらってな、
まだまだこれからだが、いい物を持っている」
「それは何よりだ
所で、レインズさんに伺いたい事があるんだが、よろしいかな?」
「ん?私で分かれば良いんだが……」
男はなるべく周りに聞こえないよう声を落とした。
「実は、ある鉱山から発掘された鉱石があるんだが、
それを使って武器を打てないかと思っていましてな」
「ほぅ、興味深いな」
「どうやら、その鉱石は闇の力を蓄えてるようで、その闇の力を武器に……つまり魔剣ですな」
「闇の力を……」
「詳細は不明、まだ噂の領域を出ない代物ですがな」
「ぜひ、一度この目でその鉱石を見てみたいな」
「……今や話題の中心になっている街ストラトス
その街から発掘された石でな……
街の異変の元凶とも噂されているようだ」
ストラトスの言葉に強い反応を見せるタイヨウだったが、レインズの意識はそこに無かった。
「なるほど、
あわよくば私に取りに行かせて、私に打たせると……そうゆう事かな?」
何か考えがあるのかと、タイヨウは何も言わずにレインズの出方を伺っている。
「いやはや、さすがだ
私の浅はかな考えなどお見通しという事か」
「……その様子だと私が近々、アストフトに出向く事も知っているようだな」
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
「この世を賢く生きるのに必要なのは金よりも情報、
と言うのが私の自論でな」
「盗み聞きした情報は、信用に値するのか?」
「ふむ、それは相手にもよるかな」
「ただより高いものは無い、私の……自論だ」
互いに腹のさぐり合いをしながら、バチバチの火花を散らす。
少しの沈黙の後、先に折れたのは男の方だった。
「ふぅ、やはり一筋縄では行かんか、何がお望みかな?」
「そちらが持っている、ストラトスの情報を開示していただきたい」
「ほう、それで対価の程は?」
「……現地での詳細の状況、必要物資、
……可能な限り魔剣の制作に手を貸そう」
「では、それで手を打つとするか
ストラトスに関しては、部下の報告書に私の情報を付け加えた物でよろしいかな?」
「……いいだろう」
すると男は、鞄から資料を取り出しレインズに手渡す。
「では、これを」
「ずいぶんと、用意周到だな」
「……たまたま持ち合わさていただけの事っ」
「ふん、食えん奴だ」
「お互い様だな」
「ではまた、追って報告させてもらう」
「お待ちしているよ」
男は何事も無かったかのように去っていった。
「な、なんかすごかったですね……」
「まぁまぁの戦果だな
だが、相変わらず油断ならない男だ」
世間話からの、相談、そしていつの間にか商談に。
流れに着いてこれず置いてけぼりをくらっていたタイヨウ。
「途中からもう何が何だか……」
「……お前は知らなくていい世界だ」
「どっちにしても、俺には踏み込めない世界ですよ
……結構人が減りましたね」
辺りを見渡すと人の姿は、ほとんど無くなっていた。
「そろそろ幕引きだろうからな」
二人が今後の動きについて話をしようとした時だった。
「ミソラ様、ロクサーヌ様」
背後からフェリアスに声をかけられる。
「お、フェリアス……ん?ロクサーヌ様って誰だ?」
「私だ」
「えっ、レインズさんの事だったんですか?」
「言ってなかったか?私はレインズ ロクサーヌだ」
「えぇ、初耳ですよ……
でもなんでいつもと違う呼び方したんだ?」
ドレスの両端を摘み、膝を曲げてお辞儀替わりにしながら「社交場ですので」と対応するフェリアス。
「大変なんだなぁ」
「それで、何用ですかな?フェリアス嬢」
「閉会ですので、その後は先程の客室で待機をお願いしますわ」
「了解した」
「では後ほど……、失礼致しますわ」
「……なんでメイドさんじゃなくて、
わざわざフェリアスが伝えに来たんですかね」
「……女心だろうな」
「んん?」
「はぁ、先が思いやられる」




