訓練開始
部屋の戻ったタイヨウは窓から夜空を見ていた。
窓を開けたままにしていると、夜の冷たい空気が入り込んで部屋を包む。
キュイー……
「ごめんな、キュート
寒かったよな……」
キュー……
窓を閉め、ベットに横たわる。
「明日はレインズさんの所に行って稽古だなっ
頑張らないと……」
好意で面倒を見てくれるレインズに失礼な真似は出来ないと、自らを鼓舞した。
「お前の遊び道具もあればいいな」
キュイー♪
寝転んだまま白い天井を意味もなく見つめ、今日得た情報を整理する。
「ローグファレス……エルフ族」
アークセリアスでは、タイヨウの目的は果たせないだろうとのフェアリスからの助言を思い出す。
「結局、占いババの言った通り北にいく事になるのか
……あれ?」
タイヨウは占い師との会話の中での事を思い出していた。
『うるさいよっ!それだけ異常な事なんだよ!』
鮮明に思い出そうと深く目を瞑る。
『これからの事だけどね!あんた達は北に向かう事になるよ!』
「あの時、なんで占いババは『あんた達』って言ったんだ?
レイリーはそもそも、俺がこの街にいる間だけって期間限定の話しだったし……キュートの事なのか?」
キュイー?
「なんか引っかかるな、それとも気にしすぎか?」
静かに時間が流れる。
穏やかなものでは無くて、淀んだ空気のまま……
「はぁ……、考えてもしょうがないか
とにかく一人で旅ができるよう鍛えなきゃだな」
占い師によれば、タイヨウはローグファリアスへ行き、
エルフ族に会う事になる。
しかし、その言葉は未来を予知したものなのか、それとも可能性の一つなのか。
「なんにせよ、なるようにしかならないか」
結局、確かな答えは出せないまま、タイヨウは眠りについていた。
朝、タイヨウは腹部に重みを感じて目を開いた。
どうやらキュートがお腹の上に乗っていて、機嫌良さそうに跳ねているようだ。
キュイー♪ キュイー♪
「ちょ、キュートやめろ、朝イチで腹の上を跳ね回るなっ……」
文字通り、羽を伸ばして遊べるのがよほど楽しみなのか、
言うことを聞かずに跳ね回る。
キュイーー♪
高く飛び上り着地した場所が悪かったのか
「ゴフッ!みぞおちはヤメテ……」
おかげでタイヨウの目は覚めた。
昨日とはまた違った目覚め。
どっちにしても気持ちのいい朝では無かった。
「さて、レインズさんが協力してくれるんだ……がんばろう」
無理矢理言葉に出して意識を高めるタイヨウ。
しかし気持ちはまだ、それに付いてこない。
「はぁ、行くかっ」
短いため息で、その気を引き締めた。
ホテルを出て空を見上げる。
雲一つ無い絶好の稽古日和。
「今の俺には、眩しすぎるぜっ……って、一人で何を言っんだかな」
しかし、こうでもしていないと気が滅入ってしまう事に気付いているタイヨウ。
「これが空元気ってやつか」
レインズの店までは少し歩くが、一度通ってる道だからなのか割とすぐに到着したような気になる。
「……よしっ」
軽く意気込んで扉を開けた。
「……らっしゃ、お?来たな」
「おはようございます、今日はよろしくお願いしますっ」
「おし、じゃぁさっそく裏行くか」
「はいっ」
昨日と同じように振舞っているつもりのタイヨウだが、レインズはその小さな異変に気付いていた。
しかし、そのまま練習場に移動し稽古を始める。
「じゃぁ準備運動してから……とりあえず限界までこの練習場走るか
キュートも出して、適当に遊ばせてやるといい」
「わかりました
って、えっ?走るんですか?」
キュイー♪
「お前の目的は知らないが、今後旅をするならとにかく体力は必要だ
危険がつきまとう森の中や洞窟など、早く抜け出す必要がある場所で体力が無くなり、魔獣に襲われて死ぬなんて事になりたくないだろう?」
「それは……確かに」
ひとまず言われた通り準備運動を始めたタイヨウ。
「さらに言えば敵さんは、お前の体力や体調なんてお構い無しだ
いつどこで襲ってくるか分からない」
「そう、ですね」
「長く旅するコツは、いかに危険を察知して回避するかだ
トレジャーハンターや稀少素材を集める依頼でも無い限り、わざわざ戦闘をするべきでは無いんだよ」
「おっしゃる通りです」
「それでも戦闘を避けられない場合、お前が生き残る為に戦う術を教えるんだ」
旅の掟は戦闘は最終手段であると理解したタイヨウ。
「その時に少しでも体力が残ってる方が、生き残れる可能性は高くなるんですね」
「その通りだ
では、始めろ」
「は、はい!」
そして30分程が経過した。
「はぁ、はぁ、はぁ……あぁー」
「よし、そこまでだ
早いペースで走っていた割には、なかなか続いたな」
「はぁ、は……はひっ」
「すぐに座り込むなよ、歩きながらゆっくり息を整えろ」
「はぁ……はぁ……ふぅ」
「ひとまずお前の体力の限界は分かった
時間がある時に自分のペースで走って、基礎体力を付けておくように
それならわざわざここでやらなくても一人で出来るだろう」
「わ、わかり、ました……ふぅ」
「完全に息が整うまでの間に旅のいろは、を教えてやる」
「は、はぃ……」
「旅をする際に大切な事はふたつ
時間を把握する事と自分の位置を常に明確にする事
これだけは絶対に手を抜くな」
「時間、位置……」
レインズ曰く、日が暮れれば魔獣の活動が活発になる。
自分の位置を見失えば目的地も見失い、危険に遭遇する事が増えてしまうとの事だ。
「極論で言ってしまえば、日が暮れるまでに危険地帯を抜けて街や村に入れ
そうすれば水や食料も手に入り、探せば宿もあるだろう」
更にこう続けた。
「中途半端な時間から森や洞窟に入るな
日が登ってからすぐ発って、夜までに抜けろ
分かったか?」
「わかりました……ふぅ」
「幸い、昔と違って今は無理に森や洞窟を抜けなくても道はあるだろう
だが、日が暮れれば街や村以外の場所はどこだって魔獣が現れる危険地帯になりうる
それは肝に銘じておけ……息は整ったか?」
「はい、大丈夫です」
「よし、では戦闘訓練だ
キュートの遊び道具、兼訓練道具もあるからな」
「だってさ、良かったな」
キュイー♪
「お前の訓練道具はコレだ」
タイヨウの目の前に用意されたのは、身の丈ほどの一本の黒い棒。
「こ、これは!?なんですか?」
「とにかく柔らかくて耐久性の高い棒だ
名付けて、ぐにゃん棒
こいつを剣で切るんだ」
例えて言えば据え置き型のサンドバッグ、それをとてもコンパクトにしたような形状をしており
棒の部分は、太さが直径五cm程。
タイヨウの膝の高さくらいからは、全てその棒になっている。
「ネーミングが……いや、やってみますっ」
「キュートのはアレだ」
レインズの指さす先を見てみると、天井付近に糸の様なものが十m四方に張り巡らされていた。
「あれは、なんですか?」
「あれはスパイダーフォールと言ってな、不規則に垂れてくるクモのおもちゃをより早く、より多く捕まえる物だ
本来はもっと小規模で遊ぶんだがな、改造しておいた」
「なんか、すごいですね……」
「だろう?
キュートは空を飛べる分それだけで戦闘には有利になる
だが、キュートの攻撃手段が明確になってない今は飛行能力の向上、敵を翻弄するスピードを鍛えるんだ」
「なるほど」
「キュートは垂れてくるクモのおもちゃをとにかく早く、多く捕まえるんだ」
「よし、頑張るぞキュート!」
キュイー♪
こうして、タイヨウとキュートの戦闘訓練が始まった。
「試しに一回やってみるか……そりゃ!」
剣を構え左から右に振り抜く。
すると、
ぐにゃん、グワッ
「おおっ?」
剣が棒に触れた瞬間、切れる事無く折れ曲がり勢い良く元に戻った。
「チカラ押しでは切れないぞ」
「は、はい!……おりゃ!」
ぐにゃん、グワッ
そのまましばらくタイヨウは棒での訓練を続けた。
「はぁ……はぁ……だりゃぁ!」
ぐにゃん…グワッ
時間にして二十分程度、ひたすら剣を振るうも一向に切れる様子が見えない。
「れ……レインズさん、これ本当に切れる物なんですか……?」
「当たり前だ……、貸してみろ」
「は、はい
あれ、髪結ぶんですか?」
「剣を振る時と、剣を打つ時はな」
レインズは髪を束ねて軽く縛った。
「離れてろ……ふっ」
それはまさに一瞬の出来事。
レインズが構えたかと思えば、剣は既に振り抜かれた後だった。
そして剣を収めるのと同時に、棒から切り離された上の部分が床に落ちた。
「え?……え?」
「な?切れるだろ?」
「は……はい、でもあの、ぐにゃん棒が短くなっちゃいましたね」
「そりゃぁ、斬ったからな
だが安心しろ」
レインズが顎で棒を見るように促す。
すると斬ったはずの棒がいつの間にか再生していた。
「切っても切っても生えてくるから、安心して続けろ」
縛った髪を解き、手の甲で纏まった髪を解く。
「は、はい!」
タイヨウとレインズの圧倒的な違いは剣速にあった。
レインズの剣は、まるで一筋の光が通ったかのような速さで振り抜かれていた。
「チカラじゃ切れない、それなら……はっ!」
今までに無かった手応えが確かにあった。
とは言っても切断までには至らず、結局折れ曲がり
入った切れ目は再生された。
「お、今のは惜しかったな」
「はいっ!」
それでも感覚は掴んだ。
「その調子で頑張れ
さて、キュートはどうだ?」
キュイー! キュッ、キュイー!
「しっかりやってるなっ
頑張ってる見たいだが、まだ五匹か……
まだまだこれからだな」
ゴーン ゴーン ゴーン
「っと、昼だな
よし、それまでだ」




