2章 目的
窓から差し込む朝日が、タイヨウに一日の始まりを告げる。
昨日、昼食をとった後二人でタイヨウの装備を探しに街を歩いた。
しかしこれと言った代物は見つからず、レイリーに無駄足をさせたかと心配する。
しかしタイヨウには、それ以上に気になる事があった。
「それにしてもレイリー……元気無かったなぁ」
思い当たる節はあった。
レイリーの様子が変わったのは、タイヨウがローグファレスのエルフ族へ会いに行くと言い出した時からだったからだ。
「勝手に決めたからかな……」
これからの目的について話をしておきたいも思ったタイヨウだったが、どこから説明したらいいものかと頭を抱える。
「弱ったなぁ……」
キュー?
ホテルの契約はあと24日間。
タイヨウにホテルの契約を伸ばすつもりは無かった。
「レイリーはいつまで一緒に居てくれるんだろうな……」
ベッドで横になったまま、窓の外に広がる空を見上げていた。すると
「タイヨウ君、起きてる?」
ドアを叩く音と共にレイリーの声が聞こえた。
「起きてるよ、今開ける」
すぐに身体を起こしドアに手をかける。
もはやドアの解錠も手慣れたものだ。
「やっほ、おはよっ」
「おはよう、レイリー……?どうしたんだ?そんなに荷物持って……」
レイリーの表情は暗く、ぎこちない笑顔が不安を掻き立てる。
「えっとね、ホームに戻らなくちゃいけなくなったの……」
「な、なんで急に?!」
「……ちょっと……ねっ、」
「ちょっとねって……そんな」
「ごめんね、急がなきゃだから……ッ!」
そう言い残しながらレイリーは走って行った。
「え?お、おいっ!」
突然の事に足が動かず、その場に立ち尽くす。
「なんだよ……いきなりすぎるだろっ!」
レイリーにも事情があるに違いない。
そう考えつつも説明も無く居なくなったレイリーに、一瞬の苛立ちを覚えてしまう。
「くそっ!」
しかし、その苛立ちはすぐに自らに向けられた。
最初に出会ったあの時、レイリーが居なければタイヨウはとっくに命を落としていた事を思い出したからだ。
更には身元も分からないタイヨウを支え、励まし、この世界で一人じゃない事を感じさせてくれたのだ。
そんなレイリーの優しさに対して、自分は何かをしてあげられただろうかと考えるタイヨウ。
「何も……出来なかったな、
いや……違う、出来なかったんじゃない
しなかったんだ、俺はただレイリーの優しさに甘えてただけなんだ」
力無くベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
「そりゃ愛想も尽きるわな……」
キュー……
心配そうに枕元で鳴くキュート。
「ごめんな、心配いらないからな」
キュイー……
「とにかく、これからは自分でどうにかしないとなっ
ひとまず装備を揃えてから、簡単そうな依頼でも受けてみるか……」
先日ギルドにて職業を申請した時の事。
その時でさえも、レイリーの存在ありきで職業を決めていたのを思い出す。
「レイリーは優しいからなぁ、そこまで付き合えないって
言い出せなかったのかもな……
自分勝手すぎるだろ、……はぁ」
ひとまずホテルを出て、ぶらぶらと装備店を巡ろうと考え支度を済ませた。
「ミソラ様、おはようございます」
数日間不在だった支配人の姿がフロントにあった。
「あっ、どもっ」
「二日もの間、留守にいたしましてご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ、大丈夫っス」
「何やら、表情が浮かばれない御様子ですが……」
「何でもないですよ」
「左様でございますか、
出過ぎた事でした、申し訳ございません」
「大丈夫ですよ、ちょっと出てきます」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ホテルを出たタイヨウを迎えたのは輝く朝日、爽やかな風。
しかし今のタイヨウにとってそれは、うっとおしいだけのものだった。
「装備探さないとな……」
もとろんタイヨウに戦闘経験があるはずも無く、平和な世界で生きてきた者にとっては未知の領域だ。
「コレは……手に馴染むっ!
みたいな武器あればいいけどなぁ」
宛もなく街を散策していると、大通りから一本裏に入った路地の一画に装備屋と思しき店を見つける。
「こんな所にも店があったのか、なんか……他の店とは違う雰囲気だな
とりあえず入ってみるか」
扉を開けて中に入ると、店内には様々な武器が壁に並べられていた。
店の奥のカウンターの椅子には、長い青髪の女性が腰掛けていた。
「……ぃらっしゃい」
「店の中見てても大丈夫ですか?」
「好きにするといい」
筋骨隆々の大男が店主を勤める他の店とは違い、どうやらここ店主はカウンターの女性のようだ。
店内は他の店とは違う独特の雰囲気を裏切らない、独自なデザインの武器が壁に並んでいる。
「すごいな、この片刃の剣……刃紋がすごく綺麗だ」
タイヨウの言葉に聞き耳を立てる店主。
「まるで刀みたいだ……」
「ーーッ!!おい……」
「はい?」
「その片刃剣……気に入ったのか?」
「えっと、気に入った言うか……見た瞬間すごい引き付けられました
戦闘に関してはド素人ですし、武器の事は何も分かりませんけど……」
店主は腕を組んだまま、何かを考えている様子を見せた後「……持ってみるか?」
と、タイヨウに提案した。
「え、いいんですか?
でも武器とか扱うの初めてなんで落としたりしたら……」
店主は何も言わずに立ち上がり、カウンターから二段の小さな踏み台を持ち出す。
タイヨウの前まで来ると踏み台を床に置きその上に跨る。
「……ッ」
あと少し届かない様子を後ろで見ていたタイヨウが申し出る。
「あの、取りましょうか?」
「……脚立が壊れてて使えないんだ、頼む」
「はい、どうやって取ったらいいですか?」
踏み台に乗り支持を仰ぐ。
「そいつは重心を柄の方にしてあるから刃先は軽くなっている
左手は峰に添える程度でいいが、柄はしっかり持っておかないと落とすぞ」
「わかりました」
腕を伸ばし、支持された通りに気を配りながら剣を下ろした。
「……どうだ?」
柄を両手で握り剣を斜めに構える。
「思ったりより重くないんですね、確かに刃先が軽い……
手元に重みがあるから、柄の先に何も無いような感覚すらしてくる……」
「ほう……ちょっとこっちへ来い」
そう言いながら店主はカウンターの奥、店の裏へと
タイヨウを案内した。
「えっ、広っ」
店の裏はテニスコートより少し小さいくらいのスペースがあり、その中央に店主が立っている。
「これは細い枝に布を巻き付けた試し斬り用の物だ、切ってみろ」
「えぇ?!でもこんな大きい刃物、振り回した事なんてないですよ……」
「振り回す必要なんか無い
右手を上、左手を下にして柄を握り手首を上げる」
「えっと……こうか?」
「そうだ、そのまま二の腕をこめかみの高さまで上げろ
その時右足を前に出しつつ、肩幅より少し開くらいで構えるんだ」
「こう、ですか?」
「悪くない、そのまま目標に向かって腕を振り下ろすんだが、間違っても自分の足を切るなよ」
「は、はい」
「……行け」
「ーーふっ!」
目の前の棒が音もなく切断され床に落ちた。
「見事だ、どうだ?」
「……斬った感触がありませんでした」
「ふむ、悪くない答えだ
今のはこの剣の基本の型のひとつだ
本来は体重移動やら身体の捻転するチカラを利用したりと
色々あるがな」
「あの、ありがとうございました
いい経験になりました」
「なんだ?買わないのか?」
「今はまだ手が届かないですよ、財布的にも経験的にも……」
「そうか……お前、名前は」
「タイヨウです、ミソラ タイヨウ」
「タイヨウか、私はレインズだ」
「レインズさん、ありがとうございました」
手に持っていた剣をレインズに手渡す。
「こちらこそ、久々に楽しかった
所でタイヨウ、お前は冒険者になるのか?」
「えっと、ある目的の為に旅をするので、装備を揃えようと思ってたんです
なので冒険者と言われると……」
「目的……か、少しでも戦闘の経験を積みたいならまたここに来い
稽古を付けてやる」
レイリーが居ない今、戦闘についても一人で足掻くしか無いと考えていたタイヨウには願っても無い話だった。
「いいんですか?!」
「お前に興味が湧いた
鍛冶の仕事がない時はだいたい暇だからな、暇つぶしには丁度いい」
「ありがとうございます!
今はまだ無理ですけど、いつかこの剣を持てるような
強い剣士になったら買わせてください」
タイヨウのその真っ直ぐな瞳にレインズが応える。
「いい眼をしているな
とは言えある程度の装備は必要だ、見繕ってやるから店に戻るぞ」
「はいっ!」
店に戻る途中、今後稽古を付けるにあたってタイヨウのステータスを聞くレインズ。
「ちなみに、タイヨウの属性はなんだ?」
「火属性です、霊獣も火属性なので火事場の馬鹿力が発動します」
「ほう、剣士に向きだな
霊獣は?」
「えっと……
あまり周りには知られたくないんですが……」
レイリーはその神妙な面持ちを悟る。
「ん? なんだ?私のクチは鋼より堅いぞ?」
レインズにはこれから世話になる、なおかつ信用出来る人だと判断したタイヨウは打ち明ける事を決意した。
「じゃぁ……キュート、おいで」
キュイー♪
タイヨウから召喚され、久しぶりにホテル以外で外に出れる事にご機嫌なキュート。
「ッ?! ド、ドラゴン……だとっ?!
珍しいな、いや初めて見た……」
「はい、あんまり騒ぎ立てられたくなくて……
自由に遊ばせてもやれないんです」
「あっという間に注目の的にされるだろうな」
「はいっ」
「それならここで遊ばせればいいさ
裏の練習場は外からでは見えないし、お前達が裏に居る時は通さないようにする」
「ほんとですか?!やったなキュート!」
キュイー♪
「でもなんでこんなに良くしてくれるんですか?」
「……先ほどお前が振った剣はな、私が初めて打った剣なんだ」
「そうだったんですか?!」
店に移動し、カウンターの椅子に腰掛けるレインズ。
「うちは代々鍛冶屋でな、私が先代の父からこの鍛冶屋を継ぎ、ここで初めて打った剣なんだよ」
「そんな大切な剣を俺が……」
「も何年も前の事だがな
そもそもこれは失敗作、重心が降りてるようにしたんじゃなく中心にならなかったんだ」
「え?! でも振りやすかったですよ?」
「切れ味も強度も抜群なんだがな、恐らく他の者には扱いづらいだろう」
「そうなんですか……」
「片刃の剣という事自体、あまり好かれていないみたいだしな」
刀に憧れを持つタイヨウにとっては理解し難いものだった。
「それがかっこいいのに」
「ふふっ、だから嬉しかったんだよ
失敗作とは言え私自身この剣には、想いを込めて打ったからな」
まるで、我が子を見るような優しい目で剣を見渡し鞘におさめた。
「必ず、この剣を使える様に強くなります!」
「よし、じゃぁ手頃の装備を整えてから練習場に行くぞ」
「はい!お願いします!」
出会いと別れはいつも突然で自分の意志とは関係なくやって来る。
この先もきっとその繰り返しだろう。
この先もーー