霊獣
微妙な空気のまま時は流れ、いつもなら流れを断ち切るレイリーの霊獣も(以降、タイヨウにならってフー助と呼称)も今日に限って大人しくしていた。耐えかねたタイヨウは卵の話題を無理矢理切り出す。
「た、卵の様子はどうだろなーぁ」
声が裏返った。
「そ、そうだタマちゃん元気かな?!」
「ふ、フー助またそこに居るのかぁ」
あれ以来フー助はタイヨウ部屋に来ると卵の隣に居ることが多くなった。異様なツーショットだが見ていると何故か心がほっこりする。
「どんな子がでてくるのかな……」
「そうだな……」
時間にしてみれば短いものだが、あの空気はやはり別の空間にいつまでと居るような錯覚をする。しかしいつの間にかタイヨウ達はお互い、いつも通りに振る舞う事ができる様になっていた。
「霊獣って何種類居るんだ?」
「ザックリした質問してくるねっ」
困ったような乾いた笑いが後に付いてくる。
「あ、悪い、えっと……大きさ?」
「んー小さいのだと……あ、支配人さんの霊獣くらいかな?大きさで言えば小型、中型、大型で分けられるかな」
「フー助も小型か?」
「そだねっ、リップルちゃんの猫ちゃんもギリギリ小型かなっ。」
リップルの話を聞いて思い出す。逃げ出したリップルの霊獣を探している最中の街の様子を。
「そう言えば街の人達って、あんまり霊獣引き連れてないよな?」
「やっぱり中型とか、大型だと人が多いと危ないしリングインしてるのが多いね……まぁ他にも色々と理由はあるんだけど……」
リングイン。恐らく霊獣をスフィアリングの中に収めておく状態を言うのだろうと自己完結するタイヨウ。
「ちなみに大型だと?」
「めったに見ない、どころか見た事も無いけどライオンとか……かなぁ」
「そりゃ迂闊に外に出せないな」
「大昔に比べて狩りとかしなくても普通に生活出来るし、
わざわざ未開の土地を探検する人も減ったりしてるから、んー、霊獣の必要性って言うのかな……、霊獣が居なくても生きれる環境になりつつあるから弱体化、あるいは小型化しているって考える学者もいるよっ」
「そうなのか……」
「ただ魔獣は弱体化なんかして無いから、今の状況を危惧してる人が多いって前に読んだ本に書いてた」
「でも霊獣は正の感情、魔獣は負の感情で生まれるんだろ?それなら生活環境と霊獣の弱体化とかは関係無い気もするけどな……、魔獣だって生活が便利になれば負の感情も減ると思うけど」
少しの沈黙が二人を包む。
「人ってね、痛みとか悲しみ……つまり負の感情はいつまでも心を穢すんだって、その学者は書いてたの」
「わかる……気がする」
「喜びは一瞬だけど悲しみは深く根付けばいつまでも続く、他人と生きるってストレスにもなるしね……」
「普通の生活が出来るからこそ不安とか悩み、負の感情が増えるのか……」
「極論な気もするけどあながち間違って無い気もするね……」
「そうだな……」
重くなってしまった空気を変えようと明るく振る舞うレイリー。
「歴史の本とか読んでみると意外と面白いかもよっ!
昔はワイバーンとかサーベルタイガーとか、大鷲とか色んな霊獣がいたって事載ってるしっ!」
その意図を汲んだタイヨウだったが、実際歴史上存在した霊獣については興味があった。
「なに?!夢が膨らむなぁ……サーベルタイガーとかめちゃくちゃかっこいい!」
「ふふっ、でもどんな子が生まれてきても君の大切なパートナーになるんだから、小さい子が出て来てもがっかりしたらダメだよっ」
「わかってるよ、ちゃんと大切にするっ」
「ならよしっ!」
見た目には変化が無い卵を見ながらタイヨウが呟く。
「そろそろ生まれてもいい頃なんだよな?」
「んー、そうだと思うけど……」
「とりあえず今日はもう遅いしまた明日にするか」
「そだねっ、フューちゃん探すのに以外と汗かいちゃったから、早くお風呂入りたいしっ!」
「そうだな、じゃぁおやすみレイリー」
「おやすみー♪フーちゃんお風呂入るぞー!」
フォッホー
レイリーが部屋を後にし、一人になったタイヨウは思い返す。
「さてどうしよう、レイリーの胸でめちゃくちゃ泣いちまった……膝枕された……あの感触あれが天国なのか……」
その頃レイリーの自室では
「……どうしよう勢いに任せてぎゅーしたり、膝枕しちゃった……思い出しただけでドキドキする……はぁ」
胸を抑えつつ大きな溜め息を漏らしていた。
レイリーの優しさに鼻の下を伸ばしてしまった事を反省するタイヨウ。
「はぁ……よしっ、今度は俺がレイリーの助けになれるよう頑張らないとなっ!……あっ、そう言えば」
先程レイリーと確認した時には消えていたハードラックの④をもう一度確認する。
「えっと……あっ、レベルが2になってるな、偶然とは言え魔獣を倒したからか?仕組みはまだよく分からないし今度調べるか、っとそうじゃなくて……」
ハードラックのスキル詳細を開いてみると、消えていたはずの項目が出現していた。
「やっぱりある……相変わらず文字化けしてて読めないけど」
訳が分からず胸の奥がスッキリしないタイヨウ。解読出来ないかしばらく見つめていると
「なんだこれっ?!」
文字化けしている④の項目の文字に変化が現れ読めるようになっていた。
「なんなんだよ……」
そこには新たなスキルの詳細が書かれていた。
④ 闇がエルクを示した時カーサスの導きが闇を呪う
「エルクを示す?カーサスの導き?闇を呪う?!」
全く理解出来ない文面に頭を抱える。レイリーなら何分かるかもしれないが、この時間から訪ねる訳にも行かなかった。
「明日になってまた消えてたら困るから書いとこう」
その時卵が僅かに動く。
ピクピクッ
「ん?」
ピクッ……
タイヨウが見つめると動きは止まってしまった。
「んんー?」
ピクピク!
先程よりも強く揺れた事に期待が高まる。
「来るかっ?!……来ないか」
……ピクッ!
跳ねるような卵の反応に、その時が来たかと身構える。
タイヨウ 「ついにっ?!」
しかし生まれる気配は無い。
「おちょくられてる気分だな……」
卵が大きく横に揺れる。
「なんか喜んでる気がする……まさかな」
音沙汰の無くなった卵をつつくタイヨウ。
「でも、もうそろそろなのかもしれないな……ふぁーぁ眠くなってきたな……そろそろ寝るか」
静かになった部屋で眠りにつく。
「おやすみ、元気に生まれて来いよ」
……パキッ
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~
「夢を見た、アオイがこの世界で仲間は旅をしている夢
俺の視界はぼんやりしてて、アオイがどこに居るのか分からないけど、背の高いキリッとした剣士のような格好をした女性が前線で戦っていて、何かのヌイグルミを抱いたまま魔法を駆使して戦う少女がいてーー
霊獣を使役して目の前の困難に立ち向かう……アオイの姿があった
元気そうで安心した、良いパーティに恵まれたようだ
男は居ない、大事な事だーーつかアオイ展開早くない?
まぁ夢だからな……言うなれば俺の潜在意識の中の願望とかなんか色んな事が反映されてんだろうな、よく分からんけど」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この世界のどこか
『タイちゃん?!』
『どうした?アオイ』
『ニヒヒっ、アオイさんの話によく出てくる大好きなタイヨウさんの事でも思い出してたんじゃないですかー?』
『もうっ、そんなんじゃないからっ!』
『こらこら、あんまりからかうなよっ』
『ニヒヒっ、はーい』
確かにタイちゃんの声が……まさかね、そんなわけ無いか……
タイちゃん元気かな、大丈夫かな……私は元気だよ、頼もしい仲間と一緒にいるから安心だよ
『アオイー?行くぞー?』
『あっ、うん!』
頑張って早く会いに行くからね
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ん……、んーっ、朝か」
目が覚めて夢だった事を実感する。
「アオイ……」
夢で見た様に元気で居てくれと願う傍ら、タイヨウはある異変に気付く。
「あれ?なんかお腹に重みを感じる……」
腹部の重みの正体を知ろうと軽く身体を起こす。
「……キュイ?」
するとそこには不思議そうに首を傾げながらタイヨウをのぞき込む黒い陰。
「んん?!」
「キュッ?!」
紅い瞳を光らせタイヨウを見つめる。
「ま、まさか……」
「キュー?」
「う、う、生まれたー!」
「キュー♪」
黒い陰は翼をバサバサと鳴らし喜ぶ。
「ッキターー!」
「キューー♪」
喜びのあまり生まれた霊獣の姿形をしっかり確認する余裕も無かった。その時ドアを強く叩く音が聞こえた。
「オーイ! どうしたのー?!」
「レイリーだっ!早くドアを開けなきゃ!」
ベッドから素早く降りてドアを開ける。
「レイリー!ついに生まれたぞ!」
「ほんと?!見たい見たいっ!入っていい?!よねッ!」
「聞く前に入ってるけどそんな事今はいい!」
部屋に入ってまず確認したのは金庫上の卵。
「ホントだっ!タマちゃん割れてる!生まれた子はどこ……に……うそっ?!」
「な、なんだよっ、どうしたっ、通路狭いから奥まで行ってくれ……俺もまだちゃんと見てないんだっ」
「キュイ?」
「うそ、でしょ……」
「レイリーさん?」
「ど、ドラゴン……」
「へ?」
「ドラゴンの赤ちゃん!!!きゃーー!可愛いーー!」
「ドラゴン?!ッッッキッターー!」
「キュッイーー♪」
「なにこれ何これナニコレ可愛ぃーー!」
生まれたのはドラゴンだった。身体は黒く紅い瞳。ドラゴンは翼をバサバサ音立てて飛び回る。
「ど、ドラゴンの霊獣なんて初めて見たよっ!」
「ドラゴン、ドラゴン……男たる者誰もが夢見る幻の存在……ドラゴン、それが今俺の目の前に…くぅっ…ッ!」
レイリーに対しても警戒しておらず、レイリーがベッドに座り誘うと膝の上にやってきた。
「あー可愛い、今世紀最大に可愛い……身体は意外とフサフサしてるね」
優しく撫でられると気持ちよさそうに顔を細めるドラゴン。
「ねねっ!まずは名前付けてあげなきゃっ!」
「そうだなっ!何がいいかな……」
「キュイー?」
「むむっ!閃いたよっ!」
「鳴き声がキューだからってキューちゃんは無しだぞ?」
「え?!なんで分かったの?!」
「だいたい想像つくわ……」
「ぐぬぬっ」
「しかし、そうだなぁ……」
レイリーの膝の上のドラゴンをじっと見つめる。
「キュ??」
何事かと見つめ返すドラゴン。二人は思わず
「「かわいい」」
と声を揃える。
「閃いた!可愛いからキュートにしよう!」
「えぇ?!」
「キュイー♪」
翼を広げて喜んでいるかのようなキュート。
「これからよろしくな、キュートっ!」
「キュキュイー♪」
「ねぇ、キミさ……アタシの事さんざんバカにしてたけど
結局キューちゃんじゃんっ!」
「なにっ?!なんてこった……いや、でも!俺の場合はレイリーとは違う視点からのネーミングだから……」
無意識とは言え、レイリーと同じ様な名前を選んだ事に少なからずショックを受ける。
「ププッ、冗談だよ♪でもお互い納得の行く名前になったからこれで良かったね♪」
「なんでレイリーが納得する必要あるんだよ……」
「あーっ!そーゆー事言うのー?命の恩人のアタシに対してー?」
「あいやいやいや!ありがとうございますレイリー様ぁ」
「よろしいっ、なんてね♪ねねっ、フーちゃん出してもいいかな?」
「大丈夫じゃないか?キュートは懐っこい性格みたいだしなっ」
「フーちゃんおいでーっ」
呼ばれて飛び出てフー助召喚。どうやらキュートの存在には気付いていないようだ。
フォッホー 、フォッ? ……フォッ?!
キュイー♪
…フォッホー
「ははっ、フー助も驚いてるなっ」
「あー、フーちゃんとキューちゃんのツーショット……癒される……」
「しかもあいつらちゃんと金庫の上のクッションの上にいるぞっ?」
「「可愛い」」
こうして生まれたタイヨウの霊獣、ドラゴンのキュート。
キュートの召喚によって開かれるタイヨウ達の未来への扉。そんな難しい事は今は無しにして、もう少しだけこの感動を味わっていようとタイヨウは思った。