第5話
「舞のこと?今更な…俺の中では、すっかり過去だよ。」
一生は重孝の問いに対し、自分の気持ちを素直に伝えた。
「うん、一生がしっかりケリつけられてるんなら、それでいいよ。」
重孝は大人だ。高校のときもキャプテンを任されていて、さりげなく一生のことをフォローしてくれた。いつもしっかりと、一生の気持ちを考え、尊重する…本当にカッコいいやつなのだ。
今は重孝は、サッカーの社会人チームに所属している。
サッカーを続けられている重孝と自分を比較し、嫉妬したことも過去にはあった。
でもそれは、重孝なりに今迄努力してきたからこそだ。高校のときも、天性の才能に任せてレギュラーを奪った一生とは違い、重孝はいつも誰よりも練習を頑張ってきた。それを1番近くで見てきたのだ。
そんな誠実な人柄である重孝だからこそ、話したいことがあった。
「実は今さ…気になっている女性がいるんだ。」
一生は、さや沙との経緯を、重孝に伝えた。重孝は、時折頷きながら、一生の話を真剣に聞いてくれる。
そして聞き終えた後、
「一生さ、俺の実家がレストランだったの覚えてる?」
と、唐突に投げかけてきた。
「ああ、懐かしいな。レストランっていっても、小さな町の洋食屋さんって雰囲気のところだったよな。」
「そうそう。」
「高校の頃、よく通ったよな〜。」
清城学園のサッカー部には、県外から下宿して寮生活をおくっているものも少なくない。
そのため、寮の食事に飽きた部員たちにとっては、重孝の両親が営んでいるレストランは憩いの場だったのだ。
一生は自宅から通学していたが、他の寮生活の部員たちと共に、よくレストランに行っていた…というよりも、入り浸っていたのだ。
「久しぶりに、あそこの味がたべたくなってきたな。」
と、一生が言った。
「今度こいよ!その例の女性と一緒にさ。俺、今時間があるときには店を手伝ってるんだ。サービスするからさ!まあ、その子がどんな子か見てみたい好奇心のが強いけど。」
重孝は笑いながら喋った。
なるほど、それで実家のレストランの話を出したのかと合点がいった。
「わかった、今度行くよ。おじさんとおばさんにもよろしく。」
「待ってるぞ。」
話したいことは山ほどあったが、楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、飲み会はお開きへとなった。他の仲間たちも、それぞれ帰り支度をはじめている。
「おい、舞!そろそろ起きろ」
重孝は、気持ちよさそうに眠りについている舞を起こす。
さすが元キャプテン、面倒見がいいな…と一生は思った。
「起きないな…仕方ない。タクシー呼ぶか。」
重孝は手際よく、タクシーを手配する。そして、運転手に舞の家の住所を告げ、見送った。
「じゃあ、俺らも帰るか!またな、一生。」
「おう、またな。」
…またな、と言って別れられる関係性に戻れたことが、何よりも嬉しかった。
もちろん、自分が一方的に重孝ら昔の仲間と距離を置いていただけで。元々何も変わっていなかったのだろうが。
《深い深い闇の中、閉ざしていた心の扉を開けるのは案外簡単なことだった。
自分がシャットアウトさえしなければ、きっとどうにでもなるのだろう。》
そんな簡単なことを知るのに、何年もかかったけど。
それもこれも、きっかけはさや沙と出会えたからだ。
夜風にあたりながら、家へと向かう帰り道。途中身震いするような肌寒さに襲われた。季節はすっかり冬の入り口、夜が長くなってきた。
この回でも第2章おわりになります‼︎3章からは、いろいろなことを明らかにしていく予定です。お読みいただけると嬉しいです!