第2話
快晴の空の下、その日智大の結婚式は滞りなくおこなわれた。
都内にしては広々としたガーデンチャペルで、綺麗に手入れされた植物達が一層雰囲気を醸し出している。
なるほど、智大がさや沙も連れてこいと言ったことに頷けた。女性なら、このようなムード満点の場所はきっと好きに違いない。
意外なことに、さや沙はあっさりと一生の誘いに応じてくれたのだ。
「今度、智大の結婚式があってさ、友人主体の気軽なパーティーらしくて…よかったらさや沙も一緒にって言われてるんだけど、どうかな?」
「真島さんの結婚式?いいよ、面白そうだね、行こうかな。」
「え、いいの?」
「うん。わたし、結婚式は好きでわりとよく参列するの。幸せを分けてもらえるし…美味しいもの、いっぱい食べれるしね。」
何とも、さや沙らしい理由に一生はクックッと喉の奥を鳴らすように笑った。
つられてさや沙も、てへっと舌を出して笑った。
と、こんな感じで今日の智大の結婚式を迎えることになった。
一生は横目でチラリと、隣にいるさや沙を見た。
大人っぽいネイビーのドレスで、華奢な二の腕が露わになるデザインが、なんとも言えず似合っている。ふんわりとアップにしたヘアスタイルもまた、魅力的だ。
そんな一生の視線に気づいたのか、「一生くん、なあに?」と尋ねてきた。
「いや、ドレス姿が可愛いなあ…と思って。」
さや沙は少しハニカミながら、ニカッと笑い、
「そういう台詞は、目の前の新婦さんに言いなよ。ほら、ドレスとてもがよく似合ってて綺麗。」
新婦さんの方を小さく指差しながら言った。
確かに、視界にいる智大と麻美がタキシードとドレスを着用すると、非常に様になり、まるで結婚雑誌にでも出てくるモデルさながらだった。
「幸せそうだねぇ、2人とも。」
さや沙はボソッと呟いた。
確かに、2人はとても幸せそうなオーラを醸し出している。
まあ、智大のこれまでの数々の悪事を知っているだけに、内心では、その男やめといた方がいいぞと思ったのは言うまでもないが。
和やかに式は進行され、さや沙と一緒に立食を楽しんでいる時だった。
一人の短髪でガタイのよい男性が、こちらに向かって歩いてきた。
どうやら、新婦側の招待客のようだった。
その男は、一生の前までくると足を止めて、
「失礼ですが、清城学園のサッカー部で…10番だった黒崎さんですよね?」
と、尋ねてきた。
ーーー清城学園、言わずと知れたサッカーの名門校だ。一生は高校のときに、そこに所属し、エースナンバーである10番を身につけていた。
「そうですが…。」
一生は、動揺しているのを隠すかのように、小さな声で答えた。
「いきなりですみません。実は自分も高校の時サッカーをやっていて、清城学園と対戦したことがあるんです。黒崎さんともマッチアップしていて…覚えてないですよね?」
清城学園は、サッカーをしている人には憧れの名門校だ。サッカー部員になるのは容易なことではなく、セレクションで選ばれたものしか、在籍することも許されない。
過去に何人もプロのサッカー選手を輩出している、プロ養成所といって過言ではないような高校だ。
そんな高校であるが故に、他校との対戦試合は日常的に、かつ頻繁におこなわれる。試合のために全国に遠征することも、決してめずらしくはない。
一生は、この高校でエースナンバーを背負うくらいの実力だった。この年代では、自分がトップレベルの選手であるという、絶対の自信を持ち合わせていた。
そのため、対戦校の選手のことなど、一々記憶していない。正直、実力を過信していたし…自惚れていたのだ。
今、目の前にいるこの男性とも、おそらく過去に挨拶くらいは交わしたのだろう。しかしながら、一生の記憶には、全くなかった。
「すみませんがちょっと…。」
一生はバツが悪く、濁すように答えた。すると、男性は、とくに気にもしていない様子で明るく会話を続けた。
「あぁ、いいんですよ!そりゃ清城学園のような上手い人が、自分のこと覚えているわけないですもんね!でも、自分にとっては清城学園は憧れの高校で…。当時対戦できるのを楽しみにしてたっけなぁ。」
昔を懐かしむかのように、男性は話を進める。
「だから当時、黒崎さんのプレーを見た時の衝撃ったら、半端じゃなかったなぁ。もうめちゃくちゃ上手くて、自分はコテンパンにやられて!」
「そういえば…黒崎さん、噂で聞いたけど、今はもうサッカーやってないんですよね?プロになれるくらいの実力があったのに。それはやっぱり……あの試合が原因で?」
自分の心の傷を、抉られたくない過去を、これ以上掘り返されるのが、たまらなく怖かった。
そして何より、ずっと横にいて、男性の話を黙って聞いているさや沙にも……知られたくない。
過去の自分の、弱さや脆さを…。
「飲み物がなくなったので、取りにいってきますね。さや沙、行こう。」
一生はさや沙の手をとり、逃げるかのように男性の元を去った。