第2話
お時間あるとにでも、読んでいただければ幸いです。
「あっ…あの、ごめんなさい。」
さや沙は、バツが悪そうな表情を浮かべて一生達に目を向けた。
「今日、朝から鴨ネギ蕎麦の気分で過ごしてたんです。それでね、もう完璧、鴨ネギ蕎麦で頭の中、ガッチリと固まっちゃってて…。そしたら、急に鴨ネギ蕎麦ラストって聞こえてきたから…ビックリして…思わず声が…出たと言いますか…。」
さや沙の声のトーンが、話の終盤にかけて急に萎んでしまった。
恐らくは、初対面の相手に対し、熱く語っているのが急に恥ずかしくなったのであろう。
「あー…、いいっすよ。俺の鴨ネギ蕎麦、あなたに譲りますよ。」
「えっ?!いいんですか?」
ここで譲らなかったら、返ってこっちがバツが悪い。
現在、自分が置かれている状況を的確に判断し、一生はそう提案した。
まあ、何がなんでも鴨ネギ蕎麦を食べたかったわけでもあるまいし…。
「あっ!じゃあお礼に、わたしがあなたの分のお昼ご飯おごります!えっと…これでいいかな…親子丼一つお願いします!」
蕎麦屋に食べに来た相手に対し、なぜか親子丼を注文するさや沙に驚きを隠せず、
「何それ、天然?」
「えっ?」
ボソッと呟いた一生の言葉は耳に届いていなかったのか、さや沙は屈託のない笑顔を一生に向けた。
「まあ、立ち話もなんだし〜、こっち座ったら?」
会話が一旦折れたところで、智大がさや沙を同じテーブル席へと促した。
智大は、良くも悪くも、こんな風に他人との距離感が近い。
初対面の相手だろうがお構いなしに、距離を縮められるその術に、一生はまあ感心した。
こうして、一生、智大、さや沙の3人はテーブル卓につき、ランチを共にすることとなった。
「それで、お姉さん、名前は?なんて言うの?」
智大の問いに対し、口に含んでいた鴨ネギ蕎麦をしっかりと喉の奥まで運んでから、さや沙が答えた。
「浅野さや沙です。24歳です。あっ…と、そこのビルで働いてます。」
さや沙は窓越しに見える、高層ビル街を指差した。数多くのビルが立ち並ぶため、彼女の指の先がどのビルを示しているのかは、結局わからなかった。
彼女もまた、お昼休憩でこの店に足を運んだらしい。
「24歳かぁ〜、俺らの2学年下かあ〜いいねぇー!」
何がいいねぇー!だよ…そんな突っ込みを智大に入れることなく、淡々と自己紹介を続けた。
「黒崎一生です、同じく近くのビルで働いています。」
「俺もこいつと一緒の職場、真島智大です。」
さや沙は、それぞれに対し、こくんこくんと頷いた。
ちょうどその時、智大のスマホのバイブレーションが鳴り響いた。
画面に視線を落とした智大が「うげぇっ!」と声を張り上げた。
「どうした?」
「下山係長からメール。さっさと戻ってプレゼン資料仕上げろだとさ。」
やれやれと言った表情を浮かべ、智大は席を外した。
「と、いうことで俺は一足先に戻るから、後はごゆっくり〜!」
相変わらず、余計な一言を残し、智大は去っていった。
こんな調子であっても、誰からでも慕われるのは、智大の役得だ。
現に、何だかんだ言いながらも、下山係長の言いつけ通り社に戻ったりと、肝心なところを外さない。
一生は、そんな智大を、時折羨ましく思うことがあるのだ。
それはさて置き、ひょんなことからさや沙と2人っきりになってしまったこの今の状況をどうするか…。
ーーー久しぶりのミッションに、暫し一生は頭を悩ませた。
最後までお読みくださりありがとうございました!