第2話
一生はさや沙がアップで映し出されているところで画面を止め、その姿を凝視した。
「…あれ、俺のだよな……。」
スタンドでメガホンを持ち、応援しているさや沙の手元…さりげなく巻かれているリストバンドに、ハッキリとした見覚えがあった。
それは一生が、高校の時、部活の練習中などに使っていたお気に入りのものだ。
ネイビーとブラックの彩りで、珍しいブランドのもののため、さや沙が偶然同じものを持っていた…とは考えにくい。
「なんであいつが持ってるんだよ…?」
一生は今度は目線を、さや沙の手元から上に戻し、高校1年生当時のさや沙の顔をよくよく眺めた。
「……あっ!……この子、あの時の子か…。」
映像を観て、一生はある記憶を思い出した。
それは、今から8年前、一生が高校3年の夏の出来事だった。
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サッカーをプレーするうえでは嫌な季節である、真夏の一歩手前、7月のことだった。
気温こそ、まだ上がりきってはいないが、梅雨のじめじめとした空気が残っていて、気温のわりに暑さを感じる。
まさに初夏という表現がぴったりなその日、一生たち清城学園のサッカー部員は練習試合のため、隣県にある成川高校に来ていた。
これからはじまる、夏のインターハイに向けて、全国区の名門校同士でスキルアップやチーム力の強化を図ることを目的としている。
とはいえ春にも一度、両校で練習試合を実施しているため、試合前のウォーミングアップなどは和やかな雰囲気でおこなわれた。
一生は軽く体を動かしたり、スパイクの準備をした後、試合に備えてトイレへと向かった。
成川高校の校舎は去年建て替え工事がおわったばかりで、新しい。増築したため非常に広く、何度か来たことがあるものの、一生はトイレからの戻り道を迷ってしまった。
「え〜っと…昇降口はどっちだったっけ?」
そんな時に、ジャージ姿の、成川高校のマネージャーらしき女の子を見つけた。その子は、選手分の水分補給の準備をしていたらしく、両手が塞がっていた。
「すみません、グランドに行く出口ってこっちでしたっけ?」
一生はその女の子に尋ねた。
「ごめんなさい、わたしも道に迷ってて…たぶんそっちです!」
予想外の答えに、一生はガクッとした。自分の高校で道がわからなくなるなよ…。
しかしながら他に頼りになりそうな人もいなかったため、仕方なくその女の子の後についていった。
「……!ストップ!そこ段差!」
「…!!きゃあっ!」
軽い段差があり、言葉を発した時には既に遅く、女の子は思いっきりつまずいた。
「……あー…大丈夫ですか?」
一生は多少めんどくさかったが、一応尋ねておいた。
しばらくしてから、女の子はムクッと起き上がり、
「セーフッ!」
と言って、一生の目の前に水筒を突き出した。どうやら、ドリンクは死守したらしい。
しかし次の瞬間、「あ、いたたた」と言って女の子は手首をさすり出した。
「なに?捻ったの?」
一生の問いに対し、コクンと頷いた。
「ほら、手出しな。」
一生は、上着のジップアップのポケットに入れておいたテーピングを取り出し、女の子の手首に簡単に巻きつけた。そして自分がつけていたリストバンドを外し、上から被せた。
「何もしないよりは手首が固定される分、マシかも。まあ、早く病院行きなよ。」
なんで選手がマネージャーの世話をしてるんだ…と思いつつも、何となくほっとけなかった。
「…ありがとうございます。あのこれ…大切な物なんじゃないですか?」
「別にいいよ。……俺の中で一番大切なのはサッカーだからさ。」
「サッカーが…好きなんだね。」
そう言って女の子は微笑んだ。
結局そのあと、一生の戻りが遅いのを心配した重孝が迎えに来てくれて、無事グランドへと戻った。
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8年前のさや沙とのやり取りが、ひとつひとつ、はっきりと鮮明に蘇ってきた。
あのリストバンドは、一生自身がさや沙に渡したものだった。
テレビ画面には、そのリストバンドをつけているさや沙の姿。
ーーーあんな汚いもの、捨てちまえばいいのに…とっておいてくれたんだな…。
こんな中途半端じゃ、終われないという気持ちが、一生の中で強く湧き出した。このまま、さや沙との関係を、何もなかったことで済ませたくない。
一生は、ここ最近全く鳴らないため飾り物と化しているスマートフォンを手に取った。
そして、さや沙に1通のメールを送った。
『ちゃんと話しをしよう。3日後の決勝戦の日、国立競技場で待ってます。』