第1話
いよいよ最終章(…予定)スタートです!
新しい年を迎えて、数日が流れた。世間ではすっかり、正月休みムードから仕事モードへと切り替わっている。
しかしながら、一生は、あのデートの日から、ただただ無気力だった。
今日も仕事後は、智大からの誘いも断り、自宅のソファーで寝転びながら天を仰いでいる。
さや沙と連絡を取らなくなってから、すでに3週間は経過していた。
これまで、平日はほぼ毎日メールを送りあい、休日になると当たり前のように会っていただけに…なにかがすっかりと抜け落ちたような感覚だ。
ーーーさや沙の存在は、自分の中でこれほどまでに大きくなっていたんだな…。
一生の頭の中を、ぐるぐると様々な考えが駆けめぐっていた。
この前の、レストランでの様子から察するに、おそらくさや沙が伝えたかった話というのは、重孝が言ったことそのものであろう。
ーーー成川高校のマネジャーで、8年前の決勝戦のDF背番号16の妹であるということ。
しかしながら、結局、さや沙の口から話を聞けずじまいだったため、わからないことだらけだ。
さや沙は、自分のことをいつから知っていたのだろうか…。
自分の兄に負けた人間だと知りながら、どんな気持ちで接していたのだろうか…。
あの決勝戦の日のことを、さや沙に告げキスをした日、何を思っていたのだろうか…。
間接的ではあるが、自分の兄が原因で、俺がサッカーを諦める羽目になったこと、どう感じているのだろうか…。
同情していたのか、馬鹿にしていたのか、哀れんでいたのか、からかいたかっただけなのか…。
さや沙はそんな人間ではないと解っていながらも、感情がついていかない。
ーーーさや沙の顔が頭の中で過る度に、兄の…成川高校背番号16のあの選手の顔が浮かぶ。
同時に、あの決勝戦での辛かった気持ち、サッカーを諦めた時の悔しさが蘇ってくるのだ。
考えても考えても、さや沙の気持ちなど、直接聞かなければわかるはずもなく、一生は考えるのに嫌気がさしてきた。
気分転換に、テレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。
テレビ画面には、今人気の女性アナウンサーが、本日のニュースを紹介していた。
芸能人カップルの結婚話の次に取り上げられたニュースは、今日おこなわれた今年の冬の高校生のサッカー大会の、準決勝の結果だった。
結果は偶然にも、一生の母校である清城学園と…さや沙の母校である成川高校がそれぞれ勝利を収めていた。
よって、3日後におこなわれる決勝戦は、なんの因果か、清城学園と成川高校が国立競技場で対戦することになった。この組み合わせは、8年ぶり…つまり一生が高校3年で戦った時以来とのことだ。
「あ…そうか、8年前の決勝戦…。」
冬の大会の決勝戦のニュースを聞いて、一生はあることを思い立った。
さや沙が成川高校のマネージャーだったということは、当然あの8年前の決勝戦のときも国立競技場のスタジアムにいたはずだ。
決勝戦のテレビ中継では、両校の応援スタンドがテレビに映し出されることが多く、マネージャーであれば写っている可能性も高い。
ーーー8年前のさや沙を知りたい。
その思いから、一生はお気に入りの木製のディスプレイラックに並べられているDVDディスクの中から、ある1本を手に取った。
そう、それは8年前の決勝戦のテレビ放送を録画しておいたものだ。
ずっと、この試合を振り返ることを避けていため、映像を観るのははじめてだった。
一生はDVDレコーダーに置き、再生ボタンを押した。
8年前の決勝戦の日の記憶が鮮明に蘇るようで辛かったが、途中早送りをしながら、さや沙の姿を懸命に探した。
と、ちょうど前半45分が終了しハーフタイムに入ろうとするタイミングで、成川高校の応援スタンドの様子が映し出される。
ーーーいた。
さや沙の姿がアップで抜かれていたため、思いの外、簡単に見つけることができた。
一目見ただけで、それがさや沙であることはすぐにわかった。
今の落ち着いたブラウン系のアイメイクとは違い、目元には黒のアイラインをしっかりと塗られている。髪型も今の大人っぽい自然なウェーブのかかった焦げ茶ではなく、黒のストレートヘアだった。
少し背伸びしたヘアメイクとは違い、あどけなさの残る顔立ちが印象的だった。
テレビの向こう、当時高校1年生のさや沙は、成川高校のユニフォームカラーである緑色のメガホンを手に持ち応援している。
「………って、あれっ?!」
一生は慌ててリモコンを手に取り、少し巻き戻して、もう一度映像を観た。
そこには、予期していなかった意外なものが映し出されていた。