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オーバーラップ  作者: ここたそ
仕掛けられたオフサイド
14/18

第5話


店内は休日ということもあってか客の入りはよく、従業員たちは忙しそうだった。


一生はひととおり店内を見渡し、重孝の姿を探したが見当たらない。


しまった、連絡してくるべきだったかな…とも思ったものの、まあまた来ればいいかなんてことを頭の中でふと考えた。



「いい…雰囲気だね、このお店。」


さや沙がテーブルの上のメニュー表を眺めながら言う。



「気取ってなくて、居心地がよくて落ち着くような…好きだな、こういう場所。」


「この店、俺が高校のときによく来てたんだ。」


「そうなんだね。」


「実は高校のチームメイトの実家で…味も美味しいよ。さや沙の好きそうなもの、いっぱいある。」


言い終わった瞬間、さや沙の表情が一瞬強張った…気がした。

しかしすぐさま、いつもと変わらない様子でまたメニューを選びはじめたので、一生もさほど気に留めず、一緒にメニュー表に視線を落とした。


「う〜ん…悩むなぁ。」


さや沙は、どれを注文するか決めかね、腕を組みながら首を傾げた。


「とりあえず、ハンバーグは決まりとして…もう一つ、オムライスとビフテキどっちにしよう?」


「そ、そんなに食うの?」


一生は思わず、口に含んでいた水を軽く吹き出した。

細い身体のどこにそんな入るんだ…と思いつつも、さや沙の一挙一動が可愛かった。


その時、


「……いっせい!」という、よく聞き覚えのある声が後方から聞こえてきた。


声の主は、他でもない重孝だった。


彼はどうやら奥の厨房で働いていたらしく、ホールに出てきた時に一生に気づき、声をかけてきたようだった。


「さっそく来てくれてありがとな!嬉しいよ。」


重孝は気さくに話しかけてきた。


一生もそれに応じ、返事を返した。


重孝は、さや沙にも「はじめまして。」と声をかけたが、その瞬間、重孝はハッとした表情をし、さや沙を凝視するようにじっと見つめた。



さや沙の表情は、不安そうに、どんどん曇っていく。


ーーーどうして、そんな顔をしてるんだ?


3人の、時がしばらく止まった。



「………あ、やっぱり、間違いない。」


重孝は、合点がいったらしく、さや沙に向かって口を開いた。



「君、たしか…成川高校のサッカー部のマネージャーだよな?」



ーーー成川高校…



その名前には、嫌というほど聞き覚えがある。一生が、8年前…あの冬の大会の決勝戦で敗北を喫した高校だ。



ーーーさや沙が、そこのマネージャーだった…?



思考がついていかない一生を他所に、さらに重孝は続けた。



「うん、だんだん思い出してきた…。君の兄も成川高校のサッカー部員だったよね?ほら!DFの背番号16…最後の冬の大会の決勝で一生と接触したさ…!」




「…は?……兄って…?」




一生は重孝に向かって尋ねた。自分でもスッと血の気が引いていくのがわかる。


「え、おまえ知らなかったのか?まあ、基本的に他校の選手のこととか、全く興味なかったもんな!」


と言った後で、さらに付け加える。



「あの成川高校の2年のDF…たしか浅野翔真あさのしょうまと、1年のマネージャーは兄妹きょうだいだって、練習試合とかで話題になってたぞ。」



一生は、そっとさや沙の方に視線を向けた。さや沙は、肯定も否定もせず、無言でいた。その表情からは、明らかに動揺の色がうかがえる。



ーーー浅野翔真…。



ああ、そういえば、そんな名前だったかと、一生は当時の記憶をぼんやり思い出した。



ーーー浅野…さや沙だもんな…。



今、自分の目の前にいる愛しい女性は、自分の過去のトラウマの原因となった人物の妹だった。

一生は、言いようのない焦燥感におそわれた。


ふと、再びさや沙の方を見てみると、さや沙は下を向いたまま、虚ろな表情をしていた。



「あれ?おかしいな、でもさ…」



重孝は、また何かを思い出したのか、話し始めた。



「なんで一生は、このこと知らないわけ?この子、あの冬の大会の決勝戦の後、たしか舞に………」



ーーーガタッ



重孝の話を聞き終える前に、さや沙は席を立つ。


「…ごめんなさい、わたし今日はもう帰ります。」


振り絞って出したような、小さい声だった。


さや沙は、一生を残し慌てたように去っていく。


このままどこかに消えてしまいそうな…そんな雰囲気だ。


「わるい、また今度な。」


重孝に一言残し、一生は必死でさや沙を追いかけた。



店を出てすぐの歩道橋にさや沙の姿を見つけ、一生は後ろから手を引っ張る。


「…とりあえず、もう夜遅いから。送ってく。」


さや沙は何も答えなかった。



そこから、2人はさや沙の家まで並んで歩いたものの、どちらからも会話はなく、重い空気が流れていた。



《聞きたいことは山ほどある。…でも一旦口を開いたら、さや沙を傷つける言葉ばかりが…溢れてしまいそうだ。》



途中、乗った電車のスピードがやけに早く、目まぐるしく変わる風景に、一生は気持ち悪さを覚えた。

さっきまでの水上バスのスピードとは、大違いだ。



「………それじゃあ。」


家に到着したとき、その一言だけを残し、一生は立ち去った。



その日以降、一生はさや沙に連絡することはなかった。


………さや沙からも、連絡はこなかった。


この回で3章ラストです!次はいよいよ最終章(…になる予定)です。

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