第4話
「行き先を…考えてないだと?」
「はい、ごめんなさい…。デート出来るってことに胸いっぱいで…どこ行くかはすっかり抜けてました。」
抜けてるのは…おまえの頭だよ…と口には出さないが、一生は心の中でしっかりと思った。
「おまえ、自分から誘っといて…どこか行きたいとこがあるのかと思ったじゃんか。」
「うー…ごめんなさい。あ!今から考えます!」
多少冷たく言ってはみたが、予想はしていた。一生は、事前にどこに行くかしっかりリサーチしておいたのだ。
「大丈夫大丈夫、ちゃんとどこ行くか考えてあるから。」
からかうように笑いながら、さや沙に伝える。
さや沙の表情はぱぁっと明るくなり、えへへと笑い返す。
2人は目的地である、日の出桟橋へと向かった。
そしてそこから、浅草行きの水上バスに乗るという予定を立てている。
水上バスに乗るプランは、デートの神様=智大が提案してくれたのだ。
智大の無駄に多い経験値も、なるほどたまには役に立つ。
あの日、さや沙の思いつめた表情と緊張感から、今日伝えたい話はいい話ではないことはなんとなく予感していた。
ずっとサッカーをしてきて、相手の戦術を、考えをよむ練習を積んできたからだろうか…こういうときの勘というのは、昔からよく当たる。
浅草からさほど遠くないところに、重孝の実家が営んでいるレストランがある。
そこには、ちょうど柱の死角になり、他の客や店員からも目につきにくく、ゆっくりと食事を楽しめるテーブル席がひとつある。
水上バスが終わった後、その席で食事をし…そしてさや沙の話を聞こうーーーそう考えていた。
日の出桟橋の乗り場は、一生達と同じく水上バスが来るのを待っている人たちで賑わっていた。
ちょうどクリスマスを数日後に控えているからだろうか…人々はどこか浮き足立っていて忙しなさそうな雰囲気だ。
元々、日の出桟橋付近というのは、都内とは思えないくらい静寂な場所だ。静けさと、人々が作り出している雑音とのギャップが妙に滑稽だった。
しばらくして、日の出桟橋に水上バスが到着した。“水上バス”という響きには似つかわしくないような、スタイリッシュでデザイン性抜群の乗り物が目の前に来たため、2人のテンションは自然と高まった。
「うわぁ〜なんだろう!面白い形の船だねぇ。船っていうよりも、宇宙船みたいな雰囲気。空も飛べるのかな…。」
「空は、もちろん飛べない。」
「夢がないこと言うねぇ〜。」
「水上バスだからね、飛行機じゃないから。」
2人は笑いながら、会話を交わした。
船内に乗り込むと、これまた従来のイメージからはほど遠い内装で、ガラス張りになった窓から風景を楽しめるオシャレな空間が広がっていた。
一生はさや沙の手をとり、たくさんあるベンチの中から、外が見やすそうな窓の側のを選び腰掛けた。
そして2人でしばし、船上から見える風景を堪能した。隅田川から眺める東京の街並みは、なかなか趣深い。
「あ、あのビルの名前知ってる!」
さや沙が無邪気に声をあげる。
「あれも知ってる!」
「…本当に?」
「あれは知らない。」
「………。」
どれくらい2人で笑いあっただろうか。一生は楽しくて、楽しくて仕方がなかった。
そして楽しければ楽しいほど、切なさが込み上げてくる。
無邪気にはしゃいでいるさや沙から、どこか無理をしているような…そんな様子を敏感に感じ取ってしまうんだ。
ーーーきっとこれが、最初で最後のデートなんだろ?
冬の陽は短い。船に乗る前は明るかった景色も、浅草に近づくにつれ薄暗さを帯びてきた。あっという間に、街並みは変わりゆく。
水上バスは目的の、浅草へと到着した。
暫しの間、足を動かすと、そこにはよく見知った一軒のレストランが、当時と変わらない佇まいで建っていた。
入り口付近にはクリスマスシーズンだからだろうか、ツリーが飾られてある。このツリーは本物の“もみの木”で出来ていて、かつて一生も飾り付けの手伝いをしたことがあった。
色とりどりのオーナメントを、さや沙は儚げな表情で眺めている。
扉を開けると、重孝の母親が出迎えて、2人を例のテーブル席へと案内してくれた。
2人は木の温もりが感じられるレトロな椅子に、そっと腰掛けた。