第3話
「俺…なんであの時あんなプレーをしたのかな…。」
肩が震えているのが自分でもわかった。いつの間にか、隣のさや沙は手をつないでいてくれていた。
「あの時、ちゃんと味方を信頼していれば…。相手の16番の実力をきちんと認めていれば…何か変わっていたのかな。今とは違う未来も…もしかしたらあったのかな。」
ぎゅっと手を握る力が強くなった。ふと、さや沙を見てみる。今にも泣きだしそうな顔だ。
「あれからさ…、怖くなったんだ。サッカーをするのが。また間違えるんじゃないかって。」
「それでその後、大学のチーム入っても、スランプで上手くプレー出来なくて…。怪我ばっかり繰り返すようになって、結局辞めた。諦めたんだ。」
さや沙の頬を涙が伝った。大きな瞳からツーっと垂れた雫が、照明に反射して美しかった。
「わるぃ、汚いけど。」
一生は、着ていたネイビーのロンTの袖を伸ばし、さや沙の涙を拭いた。
さや沙は、少し照れくさそうに、はにかんだ。
「かっこ悪いんだ、おれ」
吐き捨てるように言うと、ふるふるっと首を左右に動かし、そんなことないよと小さく返した。
いつの間にか、テレビ画面には、かつて一生が憧れていた清城学園OBであるスター選手のインタビューが流れていた。
スター選手は、優勝当時の気持ちを語り、今年の大会に挑む高校生達にエールを送っている。
「結局おれは、この人みたいにはなれなかったなあ…。」
テレビを見ながら、一生は呟いた。
これまで順調なサッカー人生を歩んできたからこそ、あの時の後悔が胸を押し寄せる。
「サッカーが好きだったんだね。」
穏やかなトーンで、さや沙は喋った。
「わたしは、なにもできないけど…同じ痛みや苦しみを…わかりたい。」
そう言いながら、さや沙は右手を一生の頭に伸ばし、髪をそっと撫でてきた。まるで幼子をあやすかのように…。
ふいに、一生は自分の頭をヨシヨシと撫でているその小さな手を掴んだ。
そして、手をぐいっと引き寄せて、さや沙の身体を自分の側へと近づけた。
反対の手をさや沙の頭に回し、唇を押し付けるように…キスをした。
ひんやりとした空気が流れている室内で、体温を感じる口元だけが、やけにリアルだった。
おそらく、数秒間ほどそうしていただろう。
一生がそっと唇を離すと、さや沙はぼーっとしている。
そして、パチパチッと2回瞬きをした後、
「今…もしかしてキスした…?」
と、尋ねてきた。
「…言うなよ。」
一生は、さや沙の柔らかな髪をくしゃくしゃっとかき乱した。
ふんわりとシャンプーのいい匂いが広がった。これは何ていう香りなんだろうな、そんなことをふと考えた。
「あのね…一生くん…。」
さや沙は呟きながら、自分の頭を向かい合わせになった一生の胸元にコツンと預けた。
「わたし、本当はね…一生くんに伝えなきゃいけないことがある…。」
儚げで、どこか消え入りそうな声だった。
ゆっくりとさや沙は頭を上げる。
「わたしと1日、デートをしてくれませんか?デートの最後に…今度はわたしが話をしたいです…。」
視線が絡み合う。力強いさや沙の眼差しに、吸い込まれてしまいそうだった。