〜街2〜
翌朝ーーー
結局なにごともなく夜を過ごし、朝を迎えた。
夕方に十分に睡眠をとった知由は、牧野が寝ている間に見張りをして過ごした。
「次はどこに向かうんですか?」
「そうだな、取り敢えずうちに行く。確認したいことがある。それでいいか?」
「あっ、はい」
「・・・牧野、家はどこだ?」
「え?」
「住所」
「と、灯二台です」
「少しずれるな。まぁいい。まずそこによるぞ」
「えっ。なんでですか?」
「なんでって・・・お母さんとお父さん、いるかもしれないだろう?」
「あっ」
忘れていた。
薄情だと思われただろうか。
いや、大切でないから忘れていたのではない。
忘れてしまうほどの、怒涛の1日だった。
「・・・向かうだろう?」
「はい!お願いします」
「ん」
それから数十分歩いたあたりで知由が口を開いた。
「牧野はどう思う?」
「どう思うって・・・どれでしょう?」
謎は多い。
ゾンビ達の不可解な行動
由馬の異常なまでの言動
電話をしていた謎の男
ーーーそして、なぜこんな世界になってしまったのか。
「そうだな、まず、なぜこんなに人がいないか、だ」
「え?人・・・?だってそれは・・・」
そこまで言って牧野は押し黙る。
確かに、何かおかしい。
「気づいたか。私たちはここにくるまで由馬やサク以外、まぁ電話の男はいたが、他の人間に会ってない。警察署だってあの様だった。警察署の周りも、スーパーも、コンビニもそうだ。・・・感染が早すぎないか?」
知由が想像していたのは、もっと混乱にまみれた街の様子だった。
まるでゾンビ化が始まってから1ヶ月は経ったかのような静けさがあたりに広がっていた。
「・・・そうですね。避難をするにしても避難が出されそうな所にいた僕たちが気づかない方が不思議です。まぁ、警察署があれでしたから避難もできないでしょうが・・・。櫻田先輩の言っていた通り、朝のバスからゾンビが広まり始めたなら展開が早すぎます」
「事故がきっかけではない・・・?いや、でも」
それは、ありえない。
知由が乗ったバスは、駅から出発し、知由の住む地区、警察署、その他機関や公園を経由して、学校前を通過する。
あの事故より以前に広まっていたなら、駅はまだしも警察署は騒然としていたはずだった。
いつも通り警察署に文句を言いに行ったおばさんはバスに乗ってきたし、清掃員のおじさんは住み着いたねこに餌をやっていたし、少し顔見知りの警察官は警察署の前のベンチでコーヒーを飲んでいた。
ゲームをしていたからそれ以上は特に気にかけなかったが、(松下・・・職務怠慢じゃないか)と、若い警官に心の中で毒づいたから、それくらいは覚えている。
「・・・分からないことだらけで嫌になるな」
「先輩・・・」
「先輩、僕からも質問いいですか?」
牧野の家に順調に向かってる途中、今度は牧野が口を開いた。
「なんだ」
「・・・由馬くんは、昔から?」
「・・・いや・・・」
「そう、ですか」
『どうして?』
とは聞けなかった。
少なくとも、次に知由が口を開くまでは、牧野からは何も言ってはいけない気がした。
しかし、沈黙が破れたのはすぐ後だった。
「昔から、わたしに懐いてはいた」
ぽつぽつと、知由は話し始めた。
「可愛い弟だった。でも・・・いや、悪い。なんでもない。とりあえず、むかしはあんなじゃなかった。アメリカ行く前だって、愛は重すぎてキモかったが、なんだ、今のような・・・凶暴性はなかった」
「それに、あんなに強くはなかった」
「え?」
「弱かったんだ、元々身体が。運動神経だってよくないし。すぐ体調崩すし、泣き虫だった」
「あんな子じゃ、なかったんだ」
「そう、だったんですね」
「・・・」
ミーンミーンと、やけにうるさい蝉の音が、知由と牧野を包んでいた。
ゲホッ ガハッ
ビチャビチャッ
「梨蔵くん!!」
「・・・はっ、かっ、・・・ぐ、っ!」
「・・・」
夜を迎え、朝日が再びあたりを照らし始めた頃。
ーーー咲真は、限界に近づいてた。
「ゆ、由馬くん!」
「なぁに?」
「咲真くんを助けて!」
もう町田もなりふりかまっていられなかった。
わかっている、助けてくれないことくらい。
ただ、もしかしたら。
町田の感じている違和感がそうさせていた。
そんな2人を、由馬は少し山の2人より進んだところから、冷たい目で見ていた。
「嫌だよ。ていうか無理だよ。感染が始まってるんじゃない?」
「っ!!!」
「君も早く離れた方がいいんじゃない?」
そう言って、歩みを進めようとする。
「大丈夫」
町田のその声は、凛と、このむさ苦しい暑さの中で、涼しげに響いた。
その声に歩みを止め、由馬は振り返る。
「感染は、していない」
町田の強い視線を睨み返すように由馬が言う。
「どうしてそんなことが君ごときに分かるのさ。これだから馬鹿は」
「私には分からない。でも由馬くんには分かるでしょう?」
「・・・」
(・・・食えない女だ。思ったよりも頭がいい)
町田が、咲真が感染していないと確信した理由は二つあったが、より由馬の心を揺さぶるであろう言葉を選んだ。
「何故そう思うの?」
「・・・」
しかし、これ以上多くのことを伝えると、本当に由馬に見殺しにされてしまう。
そう思った町田はそれ以上何も言わず、口を噤んだ。
「だんまり、かぁ。」
へらっと笑う。
しかし、次の瞬間先ほどよりもさらに冷えたーーー敵意をこめて町田をにらんだ。
「おまえ、何を知っている?」
「・・・」
長い沈黙が、3人を包んだ。
「はぁ・・・もういいよ。行こう、日が暮れる前に頂上までは登りたい。・・・話はまた後だ。ここに長居するのは危険だから」
「・・・」
本当のところ、町田は何も知らなかった。
(知っているふりさえすれば・・・助かる、かもしれない。)
そうして、町田は、感染していないことと、もう一つ、確固たる確信を得ていた。
(由馬くんは、アレらの正体を知ってる)