〜警察署2〜
「え...?たったひとり...?」
そこにいた全員が"信じられない"。そんな顔をしていた。
知由と咲真が戦ってやっと1体倒せるかもしれない、そんなゾンビ達を、たったひとりで...?
「理由としては、すべて左側が大きくえぐれてるから。傷口をよく見たけど、少し内側に肉がえぐれてるから左下から攻撃されてるんだと思う。みんなそうだと思うけど、思い切り殴るとしたら普通右から左にスイングするでしょ?左から殴るとしたら左利きの人だけど、日本人に左利きはそう多くない。1割くらいだ。だから左利きの、それもこんな数のゾンビを一掃できるほどに強い人達だけが集まるとは到底思えない」
静まり返る。
沈黙が続く。
「まぁ、何を言っても先に進むしかないんだ。武器が手に入ればある程度生活が楽になると思う。今言ったことをふまえ、もうひと頑張りといこうか」
そう、もう先に進むしかないのだ。
"迷い"は"死"に繋がる。
そして、"立ち止まる"ことも。
「ここから武器庫のある階に行く。多分8階だ。エレベーター内部のボタンを見たけど、8階だけ一般の職員はいけないようになってた。エレベーターなんかでちょいちょいっと行っちゃいたいけど、業務員用の階段で行こう。何がいるかわからないから密閉空間は心配だし、だいたい、電気が通ってるかも分かんない。そこでなんだけど...」
全員が黙って頷いた。
「はーぁ、よりによってお前とかよ」
「こっちのセリフだ」
「ちょっとー、まだ揉めてんのー?やめてよー」
一階・業務員用階段前
田沼、戸塚、国田は階段の入り口前に立ち、倉持と宮本は入り口の扉の内側にいた。
国田の制止によって一旦止まった会話だったが、田沼が話を変え、また会話が始まる。
「しっかし、櫻田があんな奴とはね」
「町田は"元々"って言ってたぞ」
「まぁ確かにすげー奴だってのは知ってたけど。実際そんなとこ見たことは無かったからな。普通あんなにスラスラ推測が出てくるか?」
国田さえも会話に加わる。
「学年トップの秀才ちゃんだからね、普段はあれでも。それに屈指のゲーマーじゃん」
「中学ん時は陸上で全国制覇ってのもマジな気がしてきたな」
「あれ本当の話だろ。調べてみ、ネットで出てくるぞ」
「まじかよ(笑)。てか弓も真面目にやれば全国いくんじゃね?」
『ありえるー』と2人が田沼に同意していると、
「ねぇ、もう少し静かにしなさいよ。なんのためにここにいるの。緊張感足りないんじゃないの?」
ドアが少し開き、そこから倉持の声だけ聞こえる。
三人共気まずい表情になり、静かになった。
そもそも、なぜ田沼達だけ一階に留まっているかというとーーー
約10分前
「そこでなんだけど」
そう切り出した知由が提案したものはこうだった。
ここから先は二手に分かれるということ。
おそらくゾンビらを一掃した犯人は一階にはいないということも踏まえて力を分配し、武器庫の捜索は知由・咲真・彩・牧野。一階で、上階に危険が及ばぬよう警察署に入り込んだゾンビを退治するのは、田沼・戸塚・国田・倉持・宮本。
そのようにして9人は4人と5人に分かれた。
一階にいる5人のうち3人は階段入り口前の廊下でゾンビを倒し、他2人は階段で待機。異常があればすぐに8階まで行き知由達へ報告しに来る。
そして、5人では対処しきれない異常が発生した時は、必ず逃げること。
それが知由から言い渡されたことだった。
「なぁ」
「さっき怒られたばっかだろ」
戸塚が口を開いたのを田沼が咎める。
一度口を閉じるが、再度声を小さめにして戸塚が話し始めた。
「いや、聞いてくれ。さっき署内に入る前に何か横切った気がしたって言っただろ?」
「あぁ、ビビリって言ったやつな」
にやっと田沼が笑ったのを、今度は戸塚が咎めた。
「いいから聞けって。ふざけてる場合じゃないぞ」
「なんだよ、顔こえーぞ」
「さっき廊下の方に....待て、何か聞こえる」
「え?」
「静かにっ」
カリカリッ カリッ カツッ
「...引っ掻く、音?ゾンビか?」
「いや、何かもっと違う...」
カリッ カリッ カリカリッ
その音は何かを伺うように、止まったりしながら、遠ざかったり近づいたりを繰り返している。
田沼と戸塚は背中に嫌な汗をかいているのを感じていた。
カッカリ カリカリッ
カカカッ カツッ カッ
カリカリッ
カッカッ カリッ
「どうしたの?」
2人が少し先の角を曲がった先、廊下の方に神経を尖らせていると、その角の奥、トイレの方から何も知らない国田が歩いてくる。
数分前、尿意を覚えた国田は、すぐ近くの、田沼と戸塚の目に入るところにあるトイレに向かったのだった。
この時、戸塚は気付いた。
自分が戦えるようになって、忘れていた。
いや、戦えると"思い込んでいた"のだ。
油断していた。もっと、ちゃんと、考えるべきだったのだ。
視界に入るところにいるから安全。何かあれば知らせるし、ゾンビであれば倒すことだってできる。そう言って国田を行かせた。
そんな簡単なわけなかった。
『死ぬ覚悟』
知由が何度も言っていたこと。
そして、署内に入る時にも言っていたこと。
櫻田は、ちゃんと分かっていた。
だから"甘くない"と念を押してくれたのだ。
それなのにーーー
そして、忘れずにいるべきだったのだ
ーーー知由に守られているということを。
必死にジェスチャーで国田に動かないように伝えようとする。
国田もバカではない、言いたいことが分かったようで厳しい顔つきに変わり、その場で止まる。
そして、その顔が恐怖に染まる。
「?」
田沼と戸塚は国田の表情の変化には気付いたが、何を伝えたいのかがわからない。
そして、気付く。
国田は田沼と戸塚を見ていない。
その、もっと、後ろ。
(まさか...!)
振り向くと、そこには
「警官ゾンビ...」
国田が立っているトイレ前とは、田沼と戸塚がいる階段前を挟んで反対側ーーー警察署の入り口にソレは立っていた。
「どこにいたんだよ、お前ぇ...。さっきまでどこにもいなかったじゃねぇか...。」
田沼が泣きそうな声で笑う。
「戦うしか、ないだろ」
戸塚がそういい、田沼と戸塚が警官ゾンビに向かって構え直す。
しかし、戸塚はすぐに疑問に思う。
(どこにも、いなかった?そうだ、だって、一階は、櫻田と梨蔵が)
そして、考える。
「隠れて、いた...?」
「え...?」
(待て、じゃあ、さっきの何かを引っ掻くような音は...罠!?)
そして、叫ぶ。
「国田!急いでこっちへ...」
振り向いて、唖然とする。
そこに、国田の姿はなかった。
いや、正確には、足は見えている。
少しずつ、角の先ーーー廊下へ引き摺られるようにして見えなくなっていく足は。
おそらく、もう、死んでいる。
「国田ぁ!!」
「戸塚!!集中しろ!!死ぬぞ!!」
「でも!!国田が!!」
そう言って国田の方へ走り出す。
「戻れ戸塚!!」
何が起こっているか分からない。
分からないが
(死ぬ...!)
それは予想ではなく、確信。
「倉持、宮本!上へ行け!急げ!警官が隠れてやがった!国田が何か分からない奴に殺された!・・・戸塚?おい、戸塚!」
戸塚は角に立ち、国田が引き摺られたであろう方向を呆然と見ている。
そして、戸塚に、廊下の方から何か黒いものがーーー飛び付いた。
グシャアッ グチャッ バキッ
「とつ... バキボキッ クチャッ
クチャクチャッ グチャッ
グルルゥ...