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驚くべき事実?

ガラガラ…


質素ではあるが、品の良い馬車が街道を進んでいる。


馬車は前後に4騎づつの騎兵に守られており、彼らは二つの旗を掲げている。

一つはナキア伯国旗、一つは馬車に乗っている者が伯爵家の公的な使者であるという事を示す外交旗である。


この馬車は隣国コーリエ伯国へと向かう馬車だ。

ちなみにコーリエ伯国と同様、アリアンサ連邦各国へと同様の馬車が向かっている。

ドラゴン討伐の報告及びその記念式典への案内を各国に伝える為だ。



使者・プラジリオは内心憂鬱であった。

何故ならコーリエ伯爵ショヴァンは癇癪持ちであり、何を言ってくるか分からないのである。

いや、正確には分かっているのだが、その内容が常軌を逸しているために毎度対応に苦慮するのだ。



馬車は広大な荒地を大きく迂回するように、両伯国同士を繋ぐ街道を走っていた。



荒地、又は荒野とも言う。

僅かな下草と赤茶けた大地。

何の恵みももたらさない土地である。

そこに棲まうには最下級の魔物であり、魔物同士がお互いを餌として食らい合う不毛の土地だ。

歴代のコーリエ伯爵はナキア伯国を毛嫌いしているため、この大荒野が間になければ小競り合いどころか戦争も起こっていたのではないかとの噂まであった。



「…此度の討伐について、コーリエはいかな反応を示すであろうな」



外交官でもあるプラジリオは同乗する副官に問う。

それはまるで独り言のような何気無さであったため、書類に目を通していた副官はすぐに質問とは気づかなかったようだ。



「…は、はっ。それは無論のこと、かのコーリエ伯爵ショヴァン様は、我らナキア伯国の隆盛を殊の外嫌うご気性でありますれば…。海洋利権の一部を要求されるでしょうな」


「そうだな。それに今回のドラゴン討伐にはご子息のテオドールも絡んでいるようだ。きっと利権に噛ませろと仰るに違いない。いや、噛ませろどころか『費用は我が国(ナキア)が全額負担』くらいは申し出てくるであろうな」



プラジリオは頭が痛くなる。



「やれやれ、寄親であるハージェス侯国が健在であれば、その威光でコーリエの難癖も封じる事が出来るのだが、侯国に良からぬ()があるからか助力は期待できそうにない。ショヴァン閣下が不用意にナキアに害意を抱かんように一層留意せねばなるまい。全く、面倒な隣国である事よ」



隣国同士が険悪であると、当事者ではない他国が良からぬ風評を広める懸念がある。

しかもナキア伯国の場合、相手は〝憎まれっ子世にはばかる″コーリエ伯国である。



「……おや?」



副官は馬車の外の景色を見て呟いた。



「如何した?」



プラジリオも同じ方向を見る。

そこには木々の隙間から僅かに広大な荒野が見えるのみである。



「…なにやら荒野の様子が…おかしい気がしますが…」


「…む? そうか? 私には分からんが…」



長年、コーリエ伯国への使節の副官を務めていた彼の反応は正しい。

大荒野はその中央がナキア=コーリエ間の国境だ。

しかし現在、荒野のナキア伯国側の土壌が肥沃の大地と化しているのだが、さすがに近づいてみないと分からない。

また、『荒野は不毛の大地』という先入観があるため、変化があるのではと問われてもピンとこない。



「…そう、ですな。どうも私の誤りであったようです。どうかお許し下さい。私も書類の合間に景色を見ていたのみでありますので…気のせいであったようです。雰囲気が変わったような気がしたのですが…」


「荒野は有史以来不毛の大地で魔物くらいしか生息できん土地だ。今までにない事だが…仮に大型の魔物が発生した場合は大事だがな。まぁ、そうは言ってもそのような事も過去に一度として起こらなかったのだから気にするだけ無駄というわけだ」


「はっ」


「もしかすると我が国が注意を払わんのを良いことに、コーリエ伯国が開発を進めておるかも知れんが…、ま、それこそ有り得んだろう」


「左様でございます。荒野は水源が皆無でございますれば、開発するにしても外縁部からとなるはず。しかし、荒野を開発するくらいならば、村々の畑を拡張する方が現実的と言えるでしょう」


「うむ。全くだ。吝嗇家であるコーリエ伯が荒野開発の予算を認めるはずがない」



プラジリオと副官は何ともなしに苦笑する。

しかし彼らは知らない。

荒野の中央付近のナキア伯国側にオアシスが出現し、更にナキア伯国側が肥沃の土地と変わっている事を。

しかもそれらにコーリエ伯国の魔手が及んでいる事を。






コーリエ伯都の宮殿。

その装飾過多な謁見の間は、宮殿の主人たる伯爵の性格を如実に表しているかのようだ。


過剰なほどに豪華な椅子に座るはコーリエ伯爵ショヴァン・アブリストス。

豪華な衣装、豪華なマント、さらには冠まで被っているのは虚栄心が止まる事を知らないからだ。


なお、臣下の列の上位の位置にブリュンヒルデが佇んでいる。

他の家臣たちは全て男性であるため、紅一点の彼女は目立った。

そのためプラジリオもブリュンヒルデに意識を向けざるを得ない。



(…あの女性…また随分と若い。何方かの娘御か? しかし、だとしてもこの様な場所には似つかわしくない)



プラジリオはブリュンヒルデが気になるものの、気を取り直してショヴァンに伝える。



ナキア近海に巣食うドラゴンが討伐された事。

討伐にはコーリエ伯国第二公子・テオドールの助力があり、ナキア伯国は感謝している。なお、テオドールは無傷であるため、心配は無用である事。

討伐式典ではテオドールにも主役を担って欲しい事。



「…以上が我が主君・ナキア伯アロルドのお話でございます。詳しくはこの親書にて…」



プラジリオが親書を小姓に手渡すと、小姓はショヴァンのもとに届ける。

するとショヴァンは親書をバシッと床に叩きつけたのである。



「な、何をなさる…?」


「我が息子・テオドールは連邦に冠たる偉大な魔術師である! かと言ってドラゴンと闘わせるとは何事であるか! 今回は無傷というが、万一テオドールに毛筋の傷がつきようものなら、未来永劫の謝罪と賠償を要求するところであるぞ!」


「ッッ!!」


「それにテオドールの助力(・・)に感謝だと!? ふん! ドラゴンはテオドールが単身で屠ったのであろう! 他の者は逃げ惑うておったに違いない! 事実を捻じ曲げるアロルドの性根は腐っておるわ!」


「……恐れながら、伯のお言葉はあまりにも…」


「なんぞ文句があるか! あるならドラゴンの素材を全て渡すのだ! 元々ドラゴンはテオドールが屠ったのだからテオドールに権利がある! 全て素材を渡せばアロルドも反省しておるとみなしてやろうではないか!」


「………」


「文句がないならドラゴンの素材を全て渡すのだ! 元々ドラゴンはテオドールが屠ったのだからテオドールに権利がある! 全て素材を渡せばアロルドも反省しておるとみなしてやろうではないか!」


「………」


「いや、それだけでは足りんな。ドラゴンの脅威が無くなるのであれば、塩産業は拡大し、ナキア近海の産業も興るであろう。それ全てテオドールの業績なのであるから、全てコーリエのモノとなるべきである!」



プラジリオはショヴァンからなんらかの無茶振りがあるとは想像していたが、今回の話は想像を超えていた。

おそらくドラゴン討伐により嫉妬が限界突破してしまって錯乱していると思われた。


そしてプラジリオは余りの展開の異常さに、一種の思考停止に陥ってしまっていた。


だが激昂したショヴァンは止まらない。

謁見の間の雰囲気が恐々としたものになってしまった。



ショヴァンを除いて誰もが押し黙っているなか、ブリュンヒルデが列からススッと前に出てショヴァンの前に跪いた。



「…閣下。公子様のお命を危険に晒したナキア伯国へのお怒りはごもっともでございます。しかし公子様がドラゴンを討伐したのも事実ですし、ご使者殿に決定権があるわけでもございません。閣下は偉大なる統治者なのですから、プラジリオ様を大いにおもてなしするのが王者の振る舞いで御座いましょう」


「…何が言いたい?」


「真の王者は雑事些事に関わらないものです。全て我ら忠実なる臣下にお任せ下さい。きっと閣下の納得のいく結果となるでしょう」


「………」



ショヴァンは何か言いたそうだが、「確かにアロルドごときに取り乱しては王者らしくない」と思い直し、そのまま退出するのであった。





「いやはや。相変わらず常軌を逸している御方だ。…しかし」



プラジリオは己に用意された迎賓館の一室にて独り言つ。

迎賓館は内も外もケバケバしい。

悪趣味なほどにゴテゴテとした調度品にが目に痛い。



あの後、コーリエ伯国の廷臣たちと交流する機会があり、先ほどの女官…ブリュンヒルデについて情報を収集してみた。

すると驚くべきことに彼女はショヴァンの信頼が篤く、コーリエ発展のために数々の施策を発案しているのだという。



街道を整備し、物流を促進させた。

伝書鳩や狼煙台を設置して遠距離間の連絡網を充実させた事により、物資の過剰な地域と不足している地域の情報を把握し、相互扶助し易くした。

商人を優遇して彼らが活動し易い、儲け易い環境を作るために、彼らの活動の妨げになる法を撤廃した。

等である。


だが、ブリュンヒルデにしてみれば全て軍事の副次効果である。


街道整備は軍の大規模な移動のため。

連絡網は軍の命令を迅速に伝えるため。

商人の販売網は各国にまたがるため、商人が集まるということは、それだけ各国の情報を収集し、逆に流言飛語を扱い易くするためだ。

そして彼女は噂を流した。

それは「コーリエ伯国では流れ者の小娘すらも重用されている。小娘よりも優れている者ならば、コーリエ伯爵は更に重く用いるらしい」という内容だ。


そして噂の成果か、コーリエ伯国には人材が集まり始めていた。

内政に秀でた者、軍事に秀でた者が、続々と集まってきたのである。


結果、僅かの期間でコーリエ伯国は目に見えて躍進し、住人はショヴァンの治世を讃えた。

かつてはブリュンヒルデを軽視敵視していた文官たちも、今では彼女を軽々に扱えない程であるという。



だがブリュンヒルデの真の目的が戦争に在るなど誰も想像しなかった。

無論、プラジリオもその一人。

彼はブリュンヒルデがもたらした成果を鑑み、彼女を小娘と侮る事はできないと気を引き締める。




「…ブリュンヒルデという女性。お主はどう感じた?」


「はっ。彼女がショヴァン閣下を上手く御しているように思えます」


「そうだな。気分屋で高慢で癇癪持ちであらせられる閣下を抑え、それでいて内政でも辣腕を振るうとは…。これは等閑に付して良い女人ではないぞ。事実ショヴァン閣下は宰相を含めた全ての廷臣よりも彼女を信頼しているとの噂もある」


「では今後はブリュンヒルデ殿への付け届けを意識する事が肝要かと。コーリエ伯国の敵視政策を見直して頂く…」



コンコン


ノックの音が室内に響く。

どうやら来客のようだ。



「…これはこれは、ご歓談の最中でしたか」



そして来客はブリュンヒルデであった。





「はっはっは」


「うふふ。さ、どうぞ。召し上がってくださいませ」


「いやいや、かたじけない」



ブリュンヒルデの酌をプラジリオは笑顔で受けている。

しかし、その内では腹の探り合いをするような会話をしていた。



「…それにしてもブリュンヒルデ殿が任官してからというものの、閣下の機嫌はことさら良いとか…。私も主持つ身なので、何か秘訣でもあればご教授願いたいものですな」



するとブリュンヒルデはクスクスと笑う。



「ああ、それは簡単な事です。ショヴァン閣下が喜ぶ事のみを報告し、不機嫌になる報告は握りつぶします。そして成功は全てショヴァン閣下のご采配として過剰に褒め称え、失敗した場合は閣下には内密に処理するのです」


「……さ、さようですか」



他国とはいえ、主君を完全にハリボテと扱うブリュンヒルデの考えにはかなり問題があるように感じた。

しかし到底若輩者とは思えない達観さに、プラジリオは舌を巻いた。


プラジリオが口を出さずにいると、彼女は「そう言えば、先程の礼を頂いて宜しいですか?」と笑いかけた。



「礼? 礼ですか? …はて?」


「お忘れですか? ショヴァン様が不機嫌そうだったので、私がご進言差し上げたではないですか。結果、ショヴァン様の機嫌は直り、貴殿らは使節の面目を保てたではないですか」


「た、確かに…。その通り」



よくよく思い返すと、あの時のブリュンヒルデの話はナキア伯国がコーリエ伯国の下風に立つようにしか聞こえないものだった。あの時は興奮したショヴァンを黙らせるためにやむを得ないとはいえ、面白いものではない。

しかし、ここで意義を唱える訳にはいかない。



「で、ですが…謝礼とは言っても…何を謝礼とすれば良いのでしょう。私の裁量で賄えれば良いのですが…」



プラジリオは襟を正す。

軽はずみな事を言わないように、心で深呼吸をした。

ショヴァンの要求は『ドラゴンの素材』と『海洋開発の権益』であるため、ここでブリュンヒルデが探りを入れて来ていると感じた。

どちらも重要なモノであるが故に、聞き入れる事はできないとおもわれた。



(…ドラゴンの死骸には剣と魔術の痕跡が認められたという。致命傷は剣によるものだ。ならばこそテオドール公子殿が単身でドラゴンを屠ったなどという主張は通るはずがない。それを踏まえて認める訳にはいかん)



だがブリュンヒルデの要求は彼の思いも寄らないことであった。



「あの親書…。私も拝見しましたが、ドラゴンを斃した者について伏せられていますね。討伐は軍によってでしょうか? …それとも…少数、個人で成し得た事でしょうか?」


「と、討伐した者の情報ですか? はっはっは。それは式典当日にお披露目という手筈になっております」



するとブリュンヒルデは表情を消した。

いや笑顔ではあるのだが、正確には一層表情が読めなくなっている。

すると彼女はポツリと呟いた。



「…それはヘルマンという旅の(・・・・・・・・・)戦士様(・・・)ではないのですか?」



プラジリオは内心ギョッとした。

しかし外交官たる者、表情筋は完全に意識の制御下でないと務まるものではない。

彼は表情を変えず、口を薄く開き、ブリュンヒルデに気づかれぬようゆっくりと深呼吸する。


ドラゴン討伐は戒厳令を敷いてある。

討伐を知っている者は、竜殺したるヘルマン、伯爵一家、グスタフの手勢、そして宮中の高級内政官とプラジリオたち一部の役人のみである。

無論、ドラゴンの死骸がある周辺はグスタフの手勢が誰も近寄らないよう護っているため、コーリエ伯国の密偵でも「何かあるな」とは思うかもしれないが、それがドラゴンの死骸であるとか、ましてやヘルマンの事など知る由もないはずだ。



「…ほう。ヘルマンという戦士ですか。寡聞にして存じ上げませんな。その者は貴女の知人殿ですか?」



すると、ブリュンヒルデは嗤う。

声を出さずに口元が釣り上がる。



「いえ。彼は私の良人(おっと)なのです」


「……ッッ!!?」


「しかし、彼は私のような新妻を置いて武者修業へと…。悪い女に誑かされていなければいいのですが…。プラジリオ様、ナキア伯国でヘルマンという戦士様の情報が得られたら、すぐにお知らせ下さいね…?」





それからプラジリオはブリュンヒルデと取り留めのない会話をした筈だが、全く頭に入っていなかった。



〝ナキア伯国の英雄がコーリエ伯国重臣の夫″



そしてその重大な情報を一刻も早く母国へ伝えるために、彼はコーリエ伯都での情報収集もそこそこに帰国してしまったのだ。





そしてプラジリオが帰国した後。

ブリュンヒルデは誰もいない一室にて自らの思いを語る。



「…荒野の奥地とはいえ、このオアシス農場に大量の荷馬車が行き交い始めています。今までは先入観で見過ごされていたかも知れませんが、流石に目立ってきました。そろそろナキア伯国や近隣諸国が騒ぎ出す頃でしょうね…。それに…」



ナキア伯国でのドラゴン討伐の話を思い出す。

プラジリオは「ヘルマンなど知らない」と言っていたが、戦乙女たる彼女の目と耳は誤魔化せない。

どうやらドラゴンはヘルマンによって退治されたようだ。



「…ドラゴンを斃すとは…何て素晴らしい♡ さすが私の戦士様♡」



ブリュンヒルデにとってコーリエ伯国軍は精強でなければならない。

何故なら、ブリュンヒルデの目的はヘルマンの(エインヘルヤル)と共にアースガルズに帰還すること。

そのためにも強大な軍をヘルマンにぶつけ、激戦の末に彼を屠らねばならないのだから。



「ふふふ。淫売(ジエラ)の側にあって、その強さ…。きっと私の事を愛しているからに違いありませんね。きっと貴方様を屠って差し上げますわ。そして(エインヘルヤル)となった暁には共にアースガルズに参りましょう♡」



そして思う。

ジエラは殺さずにおいてやろう。

そしてコーリエ軍全軍に陵辱された後、何処の馬の骨とも分からない下劣な戦士で満足すればいいのだ、と。

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