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ニンジャの暗躍


月明かりで照らされた道無き道を二つの影が疾る。


それは文字通り疾風のようで、地に足をつけて生きる者では決してあり得ない速度だ。


影が何者なのか。

ヒトなのか魔物なのか。

いや、夜ということも相まって、立ち止まっている者には認識すらも不可能である。



仮に()と並走できる者がいたとしたら、その者はギョッとするに違いない。


二人は覆面と頭巾で顔を隠しているが、一目で女性だとわかる。

彼女たちは鉢金、手装甲、足装甲を装備しているものの、その他は全裸で全身黒の網タイツ…いや鎖帷子(?)のみなので、彼女たちの肌や大切なトコロが丸見えな状態だった。


正確には彼女二人は同じ存在(・・)ではない。


小麦色の肌をした彼女の正体は妖精国(アールヴへイム)出身の黒妖精(デックアールヴ)である。

名をサギニ・クッコロ。

人外の美貌と豊満かつ美しく引き締まった肢体を誇り、まるで野生の女豹が魔法で美女化したのではないか、と称されることもある。

彼女はエルフの上位種であるハイエルフよりも更に上位の存在で、エルフにとっての神である精霊王と契約する事が可能であるという偉大なる精霊遣いだ。



もう一人はこの人間界(ミズガルズ)のエルフ。

名をヴェクストリアス。

亜人種ならではの美貌に加えて、エルフではあり得ないメリハリの効いた肢体をしていた。

この人間界のエルフは下位精霊との契約が平均的なのだが、彼女はなんと上位精霊との契約を成しているという稀有なエルフだ。

彼女は元・冒険者であり、冒険者時代は下位精霊と契約を結んだ精霊遣いだったが、サギニに師事する事で精霊遣いとして飛躍的に向上したのである。


もっとも二人とも頭巾から笹穂(エルフ)耳を晒しているため、人間の常識からすれば彼女たちは二人ともエルフだと一括りにされてしまうだろうが。


まあ、並走できる者などいない以上、今の話は仮定に過ぎない。


闇に潜む彼女たちを誰も認識できないのだから誰も気付きはしない。

いや、気づかせてはならない。

彼女たちが女性であるとか、アールヴとかエルフであるとか、ましてや何処の誰なのだといった事は仲間たちしか知らない情報だ。


何故なら彼女たちの正体は世に忍ぶ存在・ニンジャなのである。


そして現在、ハージェス侯爵領など知らないサギニは、ヴェクストリアスに道案内させながら行動しているのである。



「…それにしても貴女がハージェス侯爵領を知っていたとは。先日、冒険者ギルドとやらに依頼をした時は、出鱈目な地図を掴まされてしましましたからね。アレは失態でしたが、こうして貴女を拾ったきっかけとなったのですから、巡り合わせというのは分からないものです」


「私の経験がお役に立てて光栄です。…それにしてもハージェス侯爵領の大地の精霊の働きを止めるとお聞きした時は…失礼ながら耳を疑いました」


「我が敬愛する主人・ジエラ様を奪おうという身の程知らずを駆除するためです。ゴミ虫が女神を欲するようなモノ。この人間界に存在する価値すらありません」


「は。…それにしてもまさか…ハージェス侯爵がここまで悪辣(・・)だったとは…」


「ふん。悍ましい輩です。この後もさっさと処置しますよ」


「はッ!」



その後は無言どころか足音すらも消え去り、黒い疾風が目標の村に向かって吹くのみであった。





ニンジャ達は広大な麦畑の中を麦穂を傷めずに進む。

土や風の精霊が麦穂をしならせて一時的な道を作っているのだ。



「…大きな村ですね。畑もすごい規模」


「…しかしこの村も…ハーフエルフの犠牲の上に…」



やがてニンジャ二人は村を取り囲む木の柵にたどり着いた。

柵の上に粗末な櫓がある。

おそらく野盗や狼の接近を監視するためのモノだろう。


が、今は収穫前の夏の盛り。

狼は獲物が豊富であるため人間の村を襲う動機に乏しく、そのため狼の危険は冬場に増大する。

野盗が襲ってくるとしたら秋の収穫後、特に冬に備えて備蓄を充実させてからが危い。今頃の野盗は旅人を襲うのに忙しいだろう。


よって櫓の上にいる見張りの連中三人は緊張感などまるでなかった。

まあ今夜は月が綺麗なので、見張りというよりは月を見ながらの世間話が目的なのだろう。



「……おい。最近、隣村の話を聞いたか?」


「隣村の話だと? ああ、隣村の娘共が俺にメロメロだって話だろ?」


「真面目な話だ。この間、隣村の村長が来ただろ?村長の話だと、最近あちこちの村で畑を中心に土地の様子が変らしいんだ」


「土が…変? 何だよそりゃ?」


「畑の様子はなんともねえのに、土地が痩せちまって…まるで荒地のようだっていうぜ。ひでぇ所になると土が砂地みてぇになっているところもあるって話だ。今年の収穫は問題ないだろうが、来年は絶望的だそうだ」


「俺も聞いたぜ。これは大規模な凶作の前触れじゃねえかって話らしい。…それで隣村でも同じことが起こったら、ウチの村の農奴(・・)を借りたいって話みたいだぜ」


「隣村にゃあ専属の農奴(・・)はいねえもんな」


「ああ、農奴(・・)の数は侯国でも十分じゃねぇからな。それにウチの村にも異常があったら農奴(・・)を限界までこき使わにゃあならんからな、おいそれと貸せるもんじゃねぇって事になったみたいだぜ」


「…へぇ〜。そりゃ隣村も大変だ。だがよ、いざとなったらご領主様が直属の農奴(・・)を派遣してくださるんだろ?」


「その代わり派遣料として税が上がるがな」


「凶作よりマシだろ」


「ちげえねぇ」



村の男達は自分達のいる櫓のすぐ下に、全裸網タイツなニンジャ娘たちが潜んでいるなど露にも思っていなかった。

もっとも大気の精霊がサギニ達の声を遮断しているのだが。



「…ふむ。我らの活動が少しづつ明るみに出ているようですね」


「サギニ様、人間も愚かではありません。このままではいずれ戦闘も辞さなくなるのでは?」


「我らは闇に紛れるニンジャ。その時は淡々と闇に葬れば良い話です。…それよりこの村にはのうど(・・・)がいるようです。精霊を止めるだけではなく、彼らを解放する事も忘れてはなりませんよ」


「ははッ! ハーフエルフといえどもエルフには違いありません。彼らの犠牲の上に成り立つ国など…許されざる存在です!」



アリアンサ連邦最大の農地を誇る大邦・ハージェス侯国。

かの国は亜人種が蔑視されていた。

それどころか、長年にわたって精霊遣いであるハーフエルフを奴隷化…農奴とし、土の精霊魔術を酷使させる事によって肥沃の大地を創り出してきたのである。


これは最初の村の農地の精霊を止めた(・・・)時に明るみになった事実であった。


この事はヴェクストリアスも知らなかった情報であった。

現役の冒険者であった時から亜人種差別をするハージェス侯爵領に近付かず、また容姿(・・)の問題で他者との交流が少なかったためであるが。


彼女は豊かな農地を見て決意を新たにする。

この農地はハーフエルフの血と涙によって造られた歪な土地なのだ。あってはならない土地なのだ。



(…今まで己の鍛錬にしか興味がなかった結果がコレか。もっと早くに気がついていればこんな事には…。…ならば今までの罪滅ぼしのために徹底的にハージェス侯国の大地を止めてやる。農奴による開発すらも叶わぬほど絶望となるように、土地を放棄するしかなくなるように…!)



「サギニ様。ハージェス侯国での土と水の精霊の活動場所ですが、これは今までと同じように…?」


「そうですね。ナキア伯国はジエラ様とベルフィお嬢様がお世話になっています。かの国の大地を潤すのに役立ってもらいましょう。私はナキア伯国の正確な領土や位置は分かりませんから貴女に一任します」


「ハハッ! サギニ様の仰せのままに!」



ハージェス侯国の大地を豊穣としていた精霊たちは、ナキア伯国へとその活動場所を移す事となる。

これによってナキア伯国は長年の豊作が約束された土地となった。


なお、ヴェクストリアスは「邪悪なのはハージェス侯国の貴族だ。領民は被害者かもしれない」として、侯国でも比較的貧しい村々には「ナキア伯国は土地が肥えている」との噂をそれとなく流したのである。


ハージェス侯国が農奴の犠牲によって造られた不自然な土地であるのに対して、ナキア伯国がサギニの独断で豊穣の土地となるのも同じく不自然かも知れない。

しかし、そんな事はジエラの貞操を守る大切さと比べれば些細な事なのであった。

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