狂神
そして一番離れたところにいたグスタフ達にも兵士達が現状を報告する。
兵士は興奮冷めやらぬ様子だ。
「グスタフ様ッ! ヘルマン殿…いや、ヘルマン様がドラゴンを討滅したようでございます!」
「なん…だと?」
「え…、いま…なんて?」
グスタフとエルランドは聞き間違いかと思った。
ポカンとした二人を前に、兵士が改めて、大声で叫ぶように報告し直した。
「ヘルマン様がッ! ドラゴンを打ち滅ぼしましてございますッ! ドラゴンめの全身はヘルマン様に砕かれ、周囲はドラゴンの血臭で埋め尽くされておりますッ! ドラゴンはヘルマン様の剣の前に滅びたのでございますッッ!!」
「は、は…、わあっはっはっは! 」
「ドラゴンは滅びた」と何度も繰り返した兵士の報告の最後はグスタフの高笑いに掻き消された。
兵士はその高笑いを聞くや否や、グスタフに一礼して元いた場所に駆けていく。
彼はヘルマンが心配なのか、それともドラゴンの死骸を眺めたいのか、あるいはその両方なのだろう。
グスタフは馬車から降りる。
「さすがだヘルマン殿! まさかドラゴンすらも剣の錆びとするとは…。その武威は止まるところを知らんな! わあっはっはっは!」
賛美を惜しまないグスタフの後に続いて、のろのろとエルランドも続く。
グスタフと異なり、エルランドは素直にヘルマンの無事を喜べなかった。
「…僕は、ヘルマンさんの武勇を信じられなかったの? …でもジエラさんはヘルマンさんなら斃せるって信じてた? …そ、そんな」
・
・
そして彼らの前に、担架で運ばれてきたヘルマン。
そのすぐ後を、見事な白馬がウロウロしていた。
ヘルマンは満身創痍のように見えた。
全身が渇いた血で赤黒く染まり、それがドラゴンの返り血か、それともヘルマンの血なのか、混ざりあっているようにも見えて良く分からないのだ。
だが気を失ってはいるが、みたところ喫緊で命を失うような事はないようだ。
「あああッッ!? ヘルマンさんッ! しっかりしてくださいッ!!」
重傷のようなヘルマンを見て、エルランドは先ほどの懸念が吹き飛んだ。
ジエラにヘルマンは相応しくないとか、ヘルマンをジエラから奪うなど考える余裕はない。
担架にすがりつき、ヘルマンの手を握る。そしてヘルマンの命が助かる事を願う。
そしてグスタフはヘルマンを見てポツリと呟いた。
「…これほどの英傑が無冠の女主人に仕えている。…信じがたいが…だが愉快この上ない」
穏やかな表情でヘルマンを眺めるグスタフだが、エルランドはそれを呑気と思ったのかグスタフを一喝する。
「兄上様ッ! ボーッとしている場合じゃないですっ! 早くヘルマンさんを治療院に運ばなくては!」
「ん? ああ、すまんな。…しかし父上殿の待機命令を無視してのドラゴン討伐か! 父上殿がどのようなお顔をなさるか楽しみだ! わあっはっはっは!」
「兄上様ッ!」
「すまんすまん。おお、そこにいるのはヘルマン殿の愛馬か? …誰か! かの白馬を連れて宮殿に戻るように。ヘルマン殿が目覚めた時、側にいれば安心だろうからな!」
グスタフは白馬の首筋を撫でる。
「…お前も素晴らしい主人を持って幸せであろう! お前の主人は絶対に助けるから安心するがいい! わあっはっはっは!」
白馬はグスタフの言葉を理解したかのように、「ブルル」と鳴いた。
それは白馬が喜んでいるのか、それとも「しばらく面倒な戦士と付き合わなければならない」との悲観なのか、聞いた者は誰も分からなかった。
そしてグスタフは誰にも聞こえぬようにポツリと呟く。
「……素晴らしい主人…か。貴殿が羨ましい限りだ。ヘルマン殿」
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ジエラたちがいる人間界ではない、何処か別の人間界。
そこの酒場で隻眼の老人が酒を煽っている。
その酒場は荒くれ冒険者が屯しており、酔った者共が「ダンジョン踏破記録を更新した」だの「食人鬼討伐クエストを3人で成し遂げた」などと自分たちの戦果を誇っていた。
「……ふん。この人間界には大した戦士はいないようじゃ。なかなか儂のメガネに叶う者などおらんなぁ。…ヒック。…そろそろ帰るとするか」
無論、老人はこの世界の通貨の持ち合わせがない。
しかし老人が「『ツケとけ』」と言うと、店員は一見の客であるのにも関わらずツケに応じる。当然、老人に精算するつもりはなかった。
だが、帰ろうとする老人を冒険者たちが取り囲んだ。
冒険者たちはこの街のギルドの最上位パーティだ。
「おう、爺さん。さっき聞き捨てならねぇ事をほざきやがったな?」
「俺らが大したことないってなぁ、どういう事だ? あぁッ!?」
「その片目は節穴か? 何ならもう一つの眼も潰してやっても良いんだぜ?」
「お客さん。揉め事は困りますよ…。ジイさんも土下座でもしてサッサと謝ったらどうだね」
剣呑な雰囲気の店内だが、隻眼の老人は全く動じない。
「…未熟者が。お前らは儂の食客になりえん。何ら価値もない分際で儂に吠えるな」
「「「ンだとコラあぁぁッ!?」」」
「『お前らはここのギルドの最難関クエスト…海魔退治でも行って参れ』。敗れて死ぬがよい。結果によっては我が宮殿の下働きに雇ってやらんでもないぞ」
老人が言い放つと、彼らは夢遊病者のようにフラフラと店外に去っていく。
店内の客たちは呆気にとられて声も出ない。
「…やれやれ、難儀なことじゃ。真の英雄豪傑は魂が輝いているものだというのに…。ムウゥッ!?」
隻眼の老人はそこまで言うと、唐突に虚空を睨みつける。
彼の隻眼は見開かれ、爛々と妖しく輝いている。
老人は此処では無い、何かを感じたようだ。
「こ、これは…。まさか…。ヘルマンめが、悪竜を退けた…か!?」
彼はヘルマンの魂の輝きを密かに注視していたのだ。
「ふ、ふ…ふわっはっはっは! ヒヒ…ヒヒヒ…! ヒャアッハッハッハ!」
突如、狂ったように哄笑する隻眼の老人だが、既にその雰囲気は老人のそれではなかった。名状し難い威圧を放つ老人のような何かを前に、店内の者たちは恐ろしいモノでも見たように遠巻きに眺めるだけしかできなかった。
隻眼の老人は人間ではない。
その正体はオーディンという名の神である。
そして『死と戦争』を司るという恐るべき大神であった。
かつてヘルマンは老人に「お前は人間では決して敵わない恐るべき敵と戦うだろう」と予言されていた。
オーディンはヘルマンに死ぬつもりはなくとも、恐るべき敵によって殺されるに違いないと考えていたのだ。
「儂の誘いを断るばかりか、我が予言までも覆すとは…!ヘルマンよ、お主は素晴らしい!素晴らしい戦士じゃあッッ!」
いつのまにかオーディンの両肩に凶々しい烏が止まっていた。
烏たちはオーディンの言葉を煽るようにギャアギャアと不気味に鳴いている。
「グルファクシを返してもらうのはまだまだ先の話のようじゃな! ヒャハハ! 戦場を駆ける黒衣の戦士と黄金の鬣の白馬! ……おおおッ!」
オーディンはボサボサの髪を、髭を掻き毟る。
繰り返し「おお、素晴らしい! ああ、我慢ならん!」と叫んでは恍惚に酔っているようで、その有様は神というより狂人のようだった。
「ヘルマンよ! 儂が素晴らしい戦場を用意してやるぞ! そしてお前に相応しく壮絶に戦死させてくれようぞ!さすれば我が宮殿をあげてお前の魂を丁重に迎えてやろうではないかッ! ヒィィッ! ヒャアァッハッハッハッハッッ!!」
何という事だろう。
死と戦争を司るという大神オーディンに目をつけられてしまっては、最早、かの人間界に平和は望めない。
遠くない未来、恐ろしい戦乱と血の嵐が吹き荒れる事だろう。
その中心にいるのは、オーディンが見込んだ若き大英雄・ヘルマンに相違なかった。
◇
そして、龍殺しの戦士ヘルマンの師であるジエラはというと…。
娼館で、スレイにエロダンスの指導(?)を行っていた。
スレイはチップである砂糖菓子を得るため真剣にダンスに取り組んでいるのだが、現状ではエロ下品ダンスだったのだ。
そこで少しでもエロ格好いいダンスにするために、ジエラは生前の少ない知識からポールダンスをダンスに組み込もうと四苦八苦していた。
あまり芸術性に偏るとシンバの客足に影響が出るため、エロポールダンスとするにはどうすれば良いかを模索する。
最近、楼主であるヘキセンが自室に篭りきりなので、「明かりが勿体無いヨ!」と小言を言われることがなくなったため、こうして鍛錬に励むことが出来るのだ。
ちなみに彼女は徒手空拳ですら雷神と互角であり、その身体を傷つける事が不可能で、更には神性武器から魔性武器を自在に創り出すチートな戦乙女であるとは誰も信じないだろう。
「ほらぁっ。もっと腰をくねらせてっ。ポールを巧く使うんだ。そう、腰を…くいっ、くいっと…。いいねいいね! 素質あるよ! 凄くセクシーだ!」
お立ち台の側には鼻にチリ紙を突っ込んだベルフィががぶり付きである。
スレイのダンスが魅力的かどうかはベルフィが判断するようだ。
ちなみに彼女はあらゆる精霊を支配する白妖精であり、世界を海底とするのも、砂漠とするのも、樹海に沈めるのも思いのままというチート存在だ。先日も不快感を示しただけで巨大生物がくしゃくしゃに潰されたなど誰も信じないだろう。
「はぁはぁ♡ スレイお姉さまぁ♡ ベルフィわ、ベルフィわあぁ…♡」
娼館の踊り娘であるスレイも「ふふ。これでニンゲン共はもっと我に砂糖菓子を捧げるのだな」とばかりに気合十分で稽古に励んでいた。
彼女は魅惑的な美巨乳や美肉尻を見せつけるように踊っているが、その正体は最高神馬であり、あらゆる場所、あらゆる障害、そしてあらゆる世界をも踏破するというチート存在なのだと誰も信じないだろう。
「おい妖精よ。鼻血が飛ぶからもっと下がれ。蹴り飛ばすぞ。…表情と投げキッスとやらはこんなカンジでいいか? うっふん♡」(ちゅッ♡)
「キャアァッ!! お姉さまぁッ♡♡!!」ぶばっ♡ ぶばっ♡♡
ベルフィはスレイプの投げキスを受け、チリ紙を噴射させてしまっていた。
・
・
「…そういえば最近サギニはどうしたの? ベルフィは知ってる?」
サギニは「しばらくの間、お暇を頂きたく思います」として遠出していたのだ。
問われたベルフィはニッコリ笑う。
「さあ? 私には分かりませんけどサギニはお姉さまのために働いています。お姉さまを困らせる人間が減るのは間違いないです」
「…? どういう事?」
だがジエラの質問を誤魔化すようにベルフィは再びお立ち台にがぶり寄った。
「きゃあッ♡ スレイお姉さまぁ♡ 今のターンを見逃してしまいました!? もう一度! もう一度ぉッ!」
ジエラは知らない。
サギニが配下の元・冒険者であるヴェクストリアスの案内で、ハージェス侯国の位置を知り得たのだ。
現在彼女は侯国における大地の精霊の活動を止めるために奔走しているのである。
ハージェス侯国はアリアンサ連邦最大の穀倉地帯を有する大邦である。
そこが不毛の大地と化した時、如何なる災いが起こるかは推して知るべしだろう。
「…ま、いいか。怪我しないで無事に帰ってくれば。スレイ、もう一度最初から通していくよ! あ、そうだ。 『勝利』! レース製の透けてる扇子を!」
ジエラは黒レースの刺繍が鮮やかな、スケスケな扇子を創りだす。
このスケスケ扇子の骨部分は鉄でてきているため、鉄扇に分類されるだろう。
即ち武器である。
武器創造も彼女の得意とするところだ。
「よし、これを使って見えそうで見えないもどかしさをアピールしよう! これからは簡単に見せちゃダメだよ?」
「うむ。こうか?」(チラッ♡ チラッ♡)
「はぁはぁ♡ お姉さまぁ♡ 素敵過ぎですゥゥ♡」 …ぶばっ♡
「そうであろう。毎日男共の視線を浴びておるから、連中が我にナニを求めているかは容易に想像できるからな!」(チラッ♡)
無論、ジエラはスレイのエロダンスにばかりかまけていられない。
時折娼婦たちがやってくる。
「あら。今夜も練習? 精が出るわね〜」
「セフレさん。忙しいところ悪いけど、新しい下着を注文してもいいかしら? 馴染み客なんだけど最近マンネリなのよ。セクシーなのをお願いね」
「今よりセクシーですか? じゃあ単純に露出を上げれば …『守護』。オープンブラにオープンショーツで」
ジエラはグラマラスな娼婦に似合いそうなエロ下着を創造する。
その娼婦は大喜び。
それを見た別の娼婦たちも同じモノを注文していく。
更にはスレイのエロダンスに感化されて、あちこちのテーブルでエロダンスの練習をする者少なからずいた。
彼女たちは見よう見まねでスレイのダンスを模倣しているが、単に胸や腰を振るだけでも男は喜ぶに違いない。
「お、お姉さま♡ ここは天国…天国ですぅ♡♡」ぶばっ♡
エロ下着美女に囲まれたベルフィも鼻血の乾くまもない程に娼館生活を楽しんでいる。
ジエラは最近の英雄らしくない生活に思うところがないわけではないが、あれこれ自分に言い訳しながら今の状況に順応していた。
「そ、そうだね。ぼ、ボクは滞在資格を得るためっていうか、それに貴族様が諦めるまでここにいなきゃならないんだ。 ここでの生活は必要なコトだよね?」




