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ドラゴンスレイヤー

ヘルマンとドラゴンが戦った、その日の夜。

ナキア宮殿。



「ヘルマンさんっ。ヘルマンさんが帰って来ない!  どうして!?」



ナキア伯国第二公子であるエルランドは夜になっても戻らないヘルマンに焦りを隠せない。

そして翌朝になってもヘルマンは宮殿に戻ることはなかった。

兄であるグスタフに相談しても「わあっはっはっは! ヘルマン殿も色々と付き合いもあるのだろう!」と笑って取り合ってもらえない。


エルランドは父であるナキア伯爵アロルドに対して、ヘルマンの不在と彼が心配であるから街を捜索したいと訴えるが、アロルドの立場としてはヘルマンは配下ではないため特に慌てる事はなかった。

客人のヘルマンが外泊した程度の事なのだから無理もない。

それどころか、「ドラゴン討伐など大言を吐いたことを恥じて身を隠したのかも知れん。淫売(ジエラ)の弟子だ。所詮その程度の男か」とすら考えたのであった。


また、伯爵夫人であスザンナの機嫌が良いのは喜ばしい事だ。彼女はエルランドとヘルマンが共にいると不快感を露わにするのである。



エルランドの焦りは募る。



「ヘルマンさんが何も言わずに僕の元を去るはずがない。まさか、僕を置いて旅立った? いやっ。僕とヘルマンさんは相思相愛なんだ! そんなバカなこと…! ま、まさか、ジエラさんが嫌がるヘルマンさんを連れ去ったんじゃあ?」



⬜︎ ⬜︎⬜︎ エルランドの妄想 ⬜︎⬜︎⬜︎



「はぁはぁ♡ ヘルマン、ボクはヘルマンじゃなきゃ満足できないんだ♡ なのに、ボクを放置してお城での生活を満喫するなんてヒドイじゃないかっ?」


「ジエラ様、俺が貴女にお仕えするのは騎士爵家再興のためでは? な、何故このような事を…ッ!?」


「ナニ寝言言ってるの? キミはボクと騎士爵家を再興するんだ。だからボクと子作りするのも大切な仕事なんだぞっ♡」



なんと、ジエラはヘルマンをベッドに拘束する。

ヘルマンの想いなど気にもせず、強制的に事を成すつもりらしい。



「ジエラ様…俺は(エルとの)真の愛に目覚めてしまったのです。もう貴女とは…」


「だぁーめぇっ♡ ヘルマンはボク専用の情夫戦士なんだもんっ♡ キミは戦場で戦っていない時はボクを抱くのが仕事なんだ。そんな悪い事を言うヘルマンにはお仕置きだよ!」


「…くっ!?」


「うふ♡ ヘルマンが誰の物なのか、そのカラダに教えてあ、げ、るっ♡」


「お、おやめ下さいジエラ様!」





そしてヘルマンは昼夜にわたりジエラに監禁され続ける。

彼はまさに腎虚の危機に直面しているのだ。



「……すまん。エル。……俺は……帰れそうに…ない」



⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎




「兄上様っ! きっとヘルマンさんにナニか大変な事が起こっているに違いないです!」


「そうか? 心配し過ぎではないか?」


「いえ! ヘルマンさんはドラゴン討伐を目的に、この伯国にいらっしゃったんです! もしかするとジエラさん絡みでナニか事件に巻き込まれたのかも!?」



エルランドは思い出す。

ヘルマンの最近の出来事を。

ジエラがヘルマンを監禁している可能性もあると思うが、それ以上の可能性を考える。



「そう言えば…。父上様はヘルマンさんにドラゴン討伐は少し待つよう話をしたとか。なら討伐の下見での事件は薄い? なら何処に…?」



それを聞いたグスタフは「わあっはっはっは!」と立ち上がる。



「おそらくヘルマン殿は単騎でドラゴン討伐に赴いたに違いない! 」


「まさか!? 父上様はドラゴン討伐を待てとお話されたのですよ?」


「我が国に仕える立場にないヘルマン殿はナキア伯爵(父上殿)の命令に従う義務も義理もない。おそらく、ヘルマン殿はジエラ殿に討伐を命じられたのだろう!」


「ッ!?」


「ジエラ殿はしばらくナキア伯都から出られん。その代わりにヘルマン殿に「ドラゴンを見て来い。何なら斃してしまえ」くらいの命令を出したのではないか? いやはや、恐れ入った! わあっはっはっは!」


「なっ!? そ、そんな事って!?」



グスタフの推理によると、ヘルマンが領主による待機命令をジエラに伝えたところ彼女は従わなかった。そしてヘルマンに「待機する必要はない。ドラゴンを倒してくるんだ」と彼に命じた、という事だ。


ジエラとヘルマンは「ドラゴンを退治するためにナキア伯国に来た」と言っていたのだ。また、ジエラが娼館で働いている事はグスタフの部下が確認済みである。

また、ヘルマンの出国は確認されていない。

そのためグスタフの推理は的を得ているかも知れない。



「そんな…、そんな…。ヘルマンさんっ!?」



エルランドが慌てふためくなか、グスタフは相変わらず「わあっはっはっは!」と笑う。

そんな兄の態度、あるいはジエラの血迷った命令に憤慨したのか、エルランドが声を高くしてグスタフを問いただした。



「どうして兄上様は笑っていられるのです! ヘルマンさんの行為は自殺行為です! 今すぐ追いかけて止めないと!」



しかしグスタフは相変わらず上機嫌だった。



「わあっはっはっは!きっとヘルマン殿にとってジエラ殿はそれだけ仕え甲斐のある主人(あるじ)なのだろう。真に尊敬するジエラ殿(主人)に「私のために戦え」と命ぜられれば、ヘルマン殿は望んで命の限り戦わざるを得まい!」


「なっ!?」



エルランドは男であるが、そのような理解不能な男の理屈など考えたくもなかった。

相変わらずグスタフは「エルランドよ、戦士は主君のために戦うのだ! わあっはっはっは!」などと爆笑している。いつのまにか彼の取り巻きも「まことに、まことに!」「左様でございます!」と高速揉み手をしている。



「ヘルマン…さん」



ヘルマンはエルランドが「ドラゴン退治なんてやめて!」と懇願しても、彼はジエラの命令に従ったのだ。

そのような事は信じたくなかった。

そのような理屈は分かりたくなかった。

分かるのはジエラがヘルマンの命を軽んじているという事くらいだ。

いや、ジエラが無理矢理ヘルマンに命じたのかもしれない。


エルランドの思いなど知らぬ気づかぬとばかりに、グスタフと彼の取り巻きは相変わらず「夫は妻の為に、親は子の為に、臣下は主人の為に、傭兵は金の為に…!」「左様でございます!」「まことに、まことに!」などと盛り上がっている。


エルランドはそんな兄を一喝する。



「兄上様! 本当にヘルマンさんがドラゴンと戦っているのなら急がないと! でも塩田の衛兵たちからドラゴン来襲の報告は届いていませんから、きっと塩田とは離れたところにいると思います! 今すぐ向かいましょう!」


「…おおう。だが見張りの衛兵もそうそうドラゴンを見かけることもない程だ。恐らく戦いも始まっておらんから慌てる事もないだろう。それにヘルマン殿とジエラ殿の主従の絆に水を差すワケにはいかんではないか」



グスタフの言葉にもエルランドは聞く耳をもたない。



「ですから、兵士たちが見張っているのは塩田周辺の海だけではないですか!その他の岩礁地帯は見張りの兵士すらいないのです! 見張ってる場所にドラゴンが居ないなら、見張っていない場所に現れるのではないですか!? きっとヘルマンさんは岩礁地帯でドラゴンを待ち構えています!」



エルランドはヘルマンの身の安全が心配であったが、それと同じくらいにジエラとヘルマンの絆など考えたくもなかった。ジエラはヘルマンをフォールクヴァング騎士爵家再興の為の都合のいい男としか見ていないに決まっているのだから。



「ヘルマンさんが岩礁帯の海岸沿いに居ないと確認できれば良いんです! そうすれば別の場所を探すまでです!」


「だがな、居ないとなれば、死闘の末にドラゴンの腹の中という可能性も…



グスタフは口をつぐんだ。

エルランドの目が真剣そのものだったため、これ以上、軽口を言う事が憚られたのだ。

グスタフは己の手勢に沿岸部に向かう事を命じ、そしてグスタフとエルランドも馬車で同道する事にしたのである。






100名ほどの歩兵が小走りにナキアの海沿岸部に向かう。

その中にはオークの群衆暴動スタンピードを乗り越えたもの達もいた。

彼らはヘルマン捜索に駆り出されたのであって、決してドラゴンと戦うわけではなかった。



「…おい、聞いたか? ヘルマン殿がドラゴンに挑んだらしいぞ」


「誰だよ、そのヘルマンって。命知らずのバカか?」


「ヘルマン殿は美しい女主人をモノにした…じゃない。単騎で魔物の大群を殲滅した豪傑だ。…だが今度ばかりは無謀だろう」


「グスタフ様にはドラゴンとは戦うなと命ぜられてはいるが…ヘルマン殿を見殺しにするのか…」


「おいおい、気が進まんのは分かるが仕事だと割り切れ。ドラゴンなど斃せんのだからな」




巨漢のグスタフとエルランドは馬車に乗っている。

グスタフは体重故に馬がすぐに疲れてしまうため。エルランドは単に乗馬を苦手としていたためだ。



「わあっはっはっは! ドラゴン退治とはいうが、伝承によると彼奴は向かってくる人間を圧倒的に殺しつくした後、海に帰るのだという。ドラゴンの巣は海の奥地であり、海岸までやってくる事は稀だ。ヘルマン殿も海岸でいくら待てども待ちぼうけというオチかもしれんぞ!」



ヘルマンは陽気にエルランドを慰める。

さらに伝承によるとドラゴンはブライドが高いようだ。どうやら人間が己に挑もうという気配に敏感らしいが、過去幾度となく行われたドラゴン退治は主に軍によるものだった。時折、腕利きの冒険者が集団で挑んだ事もあったが、その場合ですら、ドラゴンをおびき寄せるのに剣や槍を鳴らしたという。


つまり、本来ならドラゴン退治の前にドラゴンをおびき寄せるのが先だ。

戦うのはヘルマン単独であるとはいっても、おびき寄せるには大勢の兵士の協力が必要なのだ。

よってグスタフはヘルマン一人ではドラゴンも無視するのではないかと考えていた。


しかし、ヘルマンは一晩外で夜を明かしたのだ。

外泊するなとは命ぜられていないが、今まで彼が外泊する事などなかった。

誰もいない岩礁地帯で夜を明かす可能性は薄い。

ならば、何らかのトラブルがあったと考えるべきだろう。



「ヘルマンさん…どうか海岸に居ないでください…」



エルランドは祈る。

海岸に居なければ、最悪の事態は免れたと考えて良いかも知れない。

無論、既にヘルマンが死体も残らずに死亡しているという可能性は、思考がそれを拒否していた。





「こ、これは…」



彼らは驚き、そして呆然とした。



塩田より遠く離れた岩礁地帯。

黒い鱗の巨大な生物…いや巨大怪物が倒れている。

グスタフ達はドラゴンを間近で見たことがなかったが、この巨大な怪物こそがドラゴンだと確信できた。



だが突然ドラゴンが起き上がるか分からない。

貴族であるグスタフ達は安全な場所に待機し、数人の兵士がいつでも退転できるように身構えながらドラゴンに近く。



「ドラゴン…。寝ているだけ…か?」


「ヘルマン殿はどうした? ドラゴンと戦っていたわけではないのか?」


「ま、まさか、既に喰われ…?」


「おいっ! ヘルマン殿も心配だが、それよりもドラゴンに注視しろっ!」



兵士は改めてドラゴンの生死確認に集中する。

周辺は凄まじいばかりの戦いの痕跡が残っている。

ドラゴンが暴れたのか岩礁があちこち破壊されていた。


ドラゴンは死んでいるのか、それとも寝ているだけなのか。


兵士達が恐る恐る近くと、ドラゴンの巨体が傷だらけなのが見て取れた。

鱗は砕かれ、ひび割れ、さらに肉体が斬り裂かれて、周囲の岩礁はドラゴンの赤黒い血で染め上がっている。

また、剣による傷跡だけではなく、魔術による攻撃痕も確認できた。



まさか(・・・)…本当に死んでる……。のか?」


「嘘だろ? あの(・・)、ドラゴン…だぜ?」



兵士達は目の前の光景が信じられない。

人間など十人ほど同時に噛み砕けそうな恐ろしい牙が、今にもガバッと襲いかかってくるような気がしてならない。

すると兵士の一人がドラゴンの脳天に大剣が突き立っているのに気付いた。

まさにヘルマンが持っていた大剣である!



「おお…、ヘルマン殿…偉業を成し遂げたのか…!?」


「しかし、肝心のヘルマン…龍殺しの英雄様は?」



兵士たちはドラゴンが斃された事に驚くものの、肝心のヘルマンが見当たらない事で、素直に喜べないでいた。



更に周辺を捜索すると、なんとコーリエ伯爵公子テオドールが発見された。

幸いにも外傷はなく、単に寝ているだけと思われたので、彼も兵士たちに護られて運ばれる事になった。



そんな時。

何処からともなくやって来た白馬…グルファクシが、まるで「こっちへ来い」とばかりに兵士たちを鼻先で促す。

兵士の一人がその導きに従い、ドラゴンから離れた岩場に向かうと、なんとそこに黒い鎧を着た偉丈夫…ヘルマンが倒れていたのである!



「ヘルマン…殿? ヘルマン殿だ! ヘルマン殿! …息がある? 生きてるぞ! おお、ヘルマン殿がドラゴンを…!!」


「「「なんだと!?」」」



その兵士の叫びに途端に周囲が慌ただしくなる。

兵士たちがヘルマンのもとへ向かっていく。

彼らはドラゴンの死骸を眺めるよりも、その討伐を成し遂げた英雄を助けようとしたのだ。



「おい! 英雄を、偉大なる龍殺し(ドラゴンスレイヤー)を早くお助けしろ! 倒れたまま動かんぞ!」


「大丈夫だ! ドラゴンを屠った英雄だ! これくらいの怪我では死ぬはずはない!」


「絶対に死なすな! 単騎で魔物の大群を屠り、さらにドラゴンを滅ぼした大英雄をおめおめと見殺しにすることがあってなならん!」






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