女神フッラ
よろしくお願いします。
「ああ…。でも…何だかんだ言って自分の美貌が怖い気がするなぁ♡」
鏡に映った自分の姿。
ニンゲンとは思えない美貌とナイスバディ。そして露出の激しいお色気ビキニ。
ちょっと前まではすごく恥ずかしいっていうかドキドキしちゃったけど、どうしてだろう。今は自分の姿が普通っていうか…?
やっぱり自分の姿だから慣れたのかな?
それにしても、やっぱりボクってばすっごい美女なんじゃないかって思う。
長い銀髪を掻き上げて「うっふん♡」とか言いながら海辺の美女っぽいポーズをキメていると、突然ノックの音。
コンコン
「ッ!!??」
はわわッ。
褐色の肌でお色気ポーズしているとこと見られたら説明が面倒なコトに!!?
「と、取り敢えず、肌と髪とかを元の状態に!」
ボクの返事を待たずに部屋に這入ってきたのはフッラさんだった。
「…ジエラ殿。武装をはじめ異世界に出立するにあたっての準備が整いまし…。……なんですか、淫らな格好をして? …そんなにも若く美しい肢体を見せつけて、私に恨みでもあるのですか?」
しまった!
肌の色に気を取られて、お色気ビキニのままだった!?
「ち、違います! 着替え中だったんです! 誤解しないでください! …守護、全身鎧を」
そう言うと競泳水着鎧が瞬で着用された。
ちょっとサイズ小さめで、胸の谷間にスリットが入っているアレだ。
「お、お待たせしました。…なかなか手ごろな鎧が見つからなくて…色々試していたってうか。ははっ」
「…………」
フッラさんはジト目で「さっきまで紐をカラダに巻き付けていたと思ったら…また奇妙なデザインを…。なんて破廉恥な…。全く、イマドキの若い娘は…!」などと言いながら爪を噛んでいる。
ううっ。何だか激しく逆恨みされちゃってるみたい。
ボクがドギマギしていると、彼女はワザとらしく「コホン!」と大きく咳払いをして話を切り替えてきた。
「……ジエラ殿には戦乙女として恥ずかしくない恰好をしていただかねばなりません。…そういう意味でトール様がご用意なさった衣装が布地の様で幸いでしたね。私がお持ちしたヴァルキュリーの純正鎧を今着てらっしゃるモノの上から装着していただけますか?」
ッ!
さすがフッラさんだ。
腕輪から出てくる鎧がヘンなのばっかりなら、ちゃんとした鎧を重ね着すればいいんだ!
・
・
フッラさんの用意してくれた白銀の鎧。それは黒や金の装飾が入ったとても美しい鎧だった。
これこれ、こういうのが欲しかったんだ!
最悪、こんな水着系っていうか、露出系な恰好で異世界に行かなくちゃならないのかなって思ってたところだったよ。
水着鎧じゃ格好つかないよね。
「戦乙女は数多くいるとは申しましても、鎧は既成型なので鎧のデザインやサイズの種類はそれほど多くありません。ジエラ殿に合う型があれば良いのですが」
「わかりました。…じゃあ…このへんかな」
き、キツイ。
胸! 胸が押しつぶされそうだ!
「ふ、フッラさん、胸部装甲のサイズが…合わないです! 苦しい!」
「そうですか。ならこのサイズなら胸もゆったりかと」
「…今度は胸はなんとかなりそうですけど…腰装甲がぶかぶかで…」
「板金鎧は合いませんね…。なら鎖鎧にしましょうか。これなら遊びの部分も多いので何とかなるかと。胸回りと腰回りの位置は留め金で合わせられます」
「…んしょ。よし。かなりピッチピチですけど、ホックも留められたし、これなら…」
しかし鎖鎧を着用したまま身体を左右に振ってみると、ブチッっていう音と共に留め具が弾け飛んだ。どうやら胸の重量と揺れに耐えられなかったみたい。
「…………」
「…あの…やっぱりダメでした」
フッラさんは手元の机をバンと叩いた。
ビクッとするボク。
「ジエラ殿! 貴方は私をバカにしてらっしゃるのですか!?」
「ち、違います!」
「そんなにも豊かな乳房をこれ見よがしに揺らして! 私の胸が貧しいから心の中で笑ってらっしゃるんでしょう! それに何なんですかその絶妙に細い腰は! 私がスタイル維持にどれだけ時間と労力を費やしていると思っているのです! ワカリマシタ、もう結構です! ジエラ殿は異世界で男共の好奇の視線に塗れてくださいなっ!」
フッラさんはぷいっとあらぬ方向を向いてしまった。
ううっ。
そんな事言われても…。
何か…フッラさんのご機嫌をとらなくちゃ。
ええと…、ええと…。
「…そうだ! フッラさん、ボク、フッラさんにはお世話になってますし、お礼に異世界でフッラさんの理想の男性をさくっと殺っちゃってきます! きっと魂はフレイヤの城館か天界広間っていうトコロに召されると思いますから、その時に受け取ってください!」
「……」
「…フッラさんの理想像ってどんなタイプですか? 優しい男性? それともグイグイと奥様…フッラさんを引っ張ってくれる男性ですか? それとも甘え上手だったりしちゃったりなんか…あの…」
「……」
「………必要…ないですか?」
安易すぎるかな…?
やっぱりこれじゃあ…ダメか…な?
するとフッラさんは物凄く良い笑顔で振り向いた。
「ジエラ様、私に妙案が。ご自分に合う大柄な戦乙女用の胸部装甲を取り外し、其れのみをベルトでご着用下さい。それとこのフリッグ様の小さい頃にお召しになっていた『鷹の羽衣』をどうぞ。サイズは少々小さいですが、スリットもありますし、腕の動きも邪魔しません。肩から羽織れば丁度良いケープになりますワ」
「は、はい」
………知的な印象なのに何てチョロいんだ…。
じゃなかった。
良かった。機嫌を直してくれたみたい。
そうか!
一式まとめての装備が出来ないなら分解っていう手があった!
もともとこのヴァルキュリー鎧は全身鎧だから、腕とか足に相応の装甲がある。
腕と脚の装甲は丁度いいけど、問題はそれぞれサイズが合わない胸部装甲と腰回り。
ボクはフッラさんの提案通り、各部分を分解して装着してみる。
腕装甲……よし。
脚装甲……よし。
「よかった。これで胴体部分の大穴とかが隠せ……」
でも、ここで驚くべきことが起こった。
胸部装甲を胸に当ててみようとしたら、バキンッ!という音と共に鎧が壊れちゃったんだ。
「………え?」
まさか、『黄金の腕輪』の意志かナニか…それこそプライド(?)らしきモノが存在して、他の鎧を否定とかしているの?
さっきと違って今度は装備されそうになかったから、腕輪が胸部装甲を壊しちゃったのっ!?
な、ナニそれぇッ!?
ボクは次に『鷹の羽衣』をおそるおそる装備してみた。
………。
な、なんともない。
羽衣は鎧とみなされないからかな?
だけど、この羽衣…フレイヤのお下がりだけあって、かなり小さい。
丈はお尻をギリギリ隠せる程度だ。
「だ、だけど、これでも競泳水着のムネ部分のスリットが隠れるから…」
それにしても、他の鎧が装備できないのは困ったぞ。
今はコレで良いとしても、異世界に行ったら早めに対処しなきゃ…!
そしてフッラさんは何事も無かったようなニコニコ顔で次から次へとボクにアイテムを紹介してくれる。
「しかし防具だけではどうかと思いまして、武装については私からの餞別です。どうかお納めを」
フッラさんはどこからか取り出した長持の中から剣だの槍だの幾つかり出してきた。
「……これなど良い槍ですよ。グングニルと申しまして主神様ご愛用の神槍です」
「そ、そんな凄い槍を持ってきて大丈夫なんですか?」
「ええ。以前、お年を考えずに投擲されたときに足腰を痛めまして…。それ以来使われることなく宝物庫にてホコリを被っておりました由。それに他の武器も色々手を尽くして手に入れました」
「…色々って?」
「それこそ色々です。世界樹のてっぺんで雨ざらしになっているモノとか、使う当てもなく燃えているだけのモノなど…色々です。オーディン様のヴァルハラ宮で宴会するしか能がない戦士たちの武器も根こそぎ持ってきております。……それはもう苦労しましたとも」
そういいながら長持ちの中から武器が山の様に出てくる。まるで四○元ポケットみたい…。
でもどう考えても使いきれないよ。
だけど、せっかくフッラさんが好意で持ってきてくれたのだから、無下に断るわけにもいかない。ボクは有り難く全ての武器を受け取る事にした。ボクの黄金の首輪は追加であらゆる武器を格納できるっていうからね。
「馬もご用意しました。スレイプニルといいます。元々は八本脚の神馬なのですが、その姿では目立つと思いますので普通の馬に変化するよう指示しております。外に繋いでおりますので後でご確認くださいましね」
「あ、ありがとうございます」
「馬旅になるかもしれませんから、これを。『鷲の羽衣』です。汚れにも強く、外気温に関係なく内側は適度な温度に保たれるでしょう。透湿性や撥水性に優れていますので外套としてお使いください。本当はオーディン様の為の外套ですが、あの方の御召し物はただの普通の布製で、こちらが本物ですのよ。大丈夫。新品ですから」
「…………」
フッラさんてオーディンさんに恨みでもあるのかなぁ。
だけど、この『鷲の羽衣』なら丈も十分にあるし、十分にボクの全身を隠せそうだぞっ。
だけど…マントの下はエッチな競泳水着だ。注意しないと!
「…それと、野営に使用するアースガルズ謹製の簡易天幕に毛布ですわ。天幕は雨風に強いばかりでなく、同時に透湿性に優れています。毛布は常に衛生性が保たれ、保温性も素晴らしく、極寒時でも快適な睡眠をお約束できるでしょう。しかも纏めて折り畳めば、小脇に抱えられるくらい収納に場所を取りません」
凄い。
正に至れり尽くせりだ。
「……何から何までありがとうございます。感謝します」
「どういたしまして。…ところで人格者たるジエラ様は、私に感謝がしたいと、恩返しがしたいと、そうおっしゃいましたね?」
「は、はい」
「先程…私の理想の旦那様を連れてきてくださると…そうおっしゃいましたねっ!??」
「は、はい」
「ではこれを。人目の付かない処でお読みください。あと、お庭にてお客人がお待ちしておりますので、お早目にいらっしゃってください。では失礼いたします」
そういうとフッラさんはボクに一冊の手帳を手渡したのち退出していった。
…なんだろこれ?
それは『私が考えた最高の旦那様♡』だった。
それには「私より年上、背が高い、色白、細面、紳士的、理知的、節度ある方、飲酒は嗜む程度、詩歌がお上手、収入は平均以上、家事も協力的、他の女に目移りしない(私にだけ優しい。重要!!)、片眼鏡が似合う。物憂げな表情が最高…」等、彼女の好みの男性っていうか旦那様の設定が細かく書かれていて、オマケにフッラさんの甘々な新婚生活が一大叙事詩のように描かれているみたいだ。
ボクは脱力してへなへなと座り込んでしまった。
……フッラさん、貴方にお相手が現れないのは、フレイヤやトールさんのせいじゃないんじゃないですか…?